大きなトランクケース
とても大きな、大きな巨人が現れて、連合の包囲は弱まっていた。
しかし、そんなものがあっても、たかがテロリストの組織である。そんなに長くは持たないだろう。
誰もがそう考えている。当事者達は戦場が理不尽な状態になると、自分が戦火に巻き込まれないことだけを考える。
情報収集のために潜入したシャオミはそんなわけにも行かなかったのだろう。
潜入してしばらくして音信不通になった。最後に交信があった地点にキョウジは向かっていたのだ。
UDAの日創少尉はマシーン数体と兵隊数十名の小隊を率いていた。
多くの人が働く地域である、逃げてくる人もそれなりである。
本部からは一帯を封鎖しろと指示があったが、実際この広域をカバーするのは何人の人間が必要だろうか。
しかも、民間人を傷つけるなとも指示はある。
リソース不足でかつ満額回答を求めるのはどの組織も同じである。
日創少尉はテントを作って連合が来たら、テロリストが来たらどうしようかという、無難にかわす選択肢を考えていた。
真面目な男である、親の言いつけは守って生きてきたし、学問は地域でもトップであった。
軍学校でも、そこそこの成績や規律のもと貢献してきた。
軍属になった理由はこれもまた真面目で市民を守るためである。
戦争の歴史を勉強して悲劇が繰り返さなれないように、戦火に巻き込まれることがないように。
そういう気高い思いがあったが、実際にはすでにそういう戦争はなくなっていて、倫理的に世界は調整されている。
例えば連合が戦争犯罪を起こした場合はイグドラシルからのエネルギー供給が停止される。
これは連合の戦力の消滅を意味し、倫理違反抑止と呼ばれる。
日創が軍に入る前、戦火から市民を守る前にイグドラシルが市民を制度として守っていたのだ。
これは大人になってからみんな気づくものだが、軍属として生きる事が決まるくらいの年齢で気付いても手遅れである。すでに正義のヒーローの芽はなかった。
日創は戦火の被害者を無くしたかったがすでにイグドラシルが達成している。それ自体は素晴らしいが、自分が達成したかったのだ。
子供の時の崇高な目的は居場所を失って、そうして真面目に職務をこなすことのみが残った。
封鎖の命令に従い一応は避難民を誘導して、一箇所に固めるフリをした。部下には逃げても追わない指示をしていた。これが一定のラインだ。保護を求めてきた人はもちろんそれなりの対応もしている。
工業地帯であるから、避難者の大体は成人以上が多い。少し前まで車列ができていたが、巨人の登場で道が機能しないとみんな気付いたからバイクや、徒歩での避難が基本になっている。
日創は避難の様子を見ながら、混乱が起きなければとくに何もしなかった。
しかし、異様な光景を見た。
戦火の中のことである。
慌てて逃げてくる人が多い中、大きなトランクケースを引いた女?が悠然と歩いている。
美しい女?である。背が高く細身である。長い黒髪をこの轟音と埃が舞うなか、まさしく悠然と歩いている。品性があるのだ。
日創はその姿に見惚れていた。
その時だった。連合のミサイルが、その女?の近くのビルに着弾する。
爆発したビルの破片が女?の上に降り注ぐ。
日創はすぐに飛び出して、インカムでマシーンに補助を依頼しながら、女?の救助に向かおうとした。
しかし、女?は日創の後ろを歩いていた。
爆発があったのに、また悠然とである。
爆発が起きたのに、まるで舞台のようなわざとらしさ、美しい姿、変わらない歩行速度。
ま、待って。思わず声をかける。
助かっていれば声をかける必要はないのである。
異質に対して体が反応したのだ。
轟音が響く中である、日創の言葉は普通の人間には聞こえないし、また、相手の声もそうは聞こえないはずである。
しかし、女?は小さな声で、何か?と後方で爆発をが起こったのも気にせず笑顔で答えた。
日創は思わず手を握ってマシーンの影に誘導する。
女?は同様する気配もない。
怪我はなかったのか?と聞くも、回答は、いいえ?であった。
この女?こそが、三谷の指示で先行して潜入したシャオミであった。
それにしても大きなトランクである。
旅行者がこのような工業地帯にいるのだろうか。
尋問をした方が良いのか、明らかに異常である。
悩んでいる間に、連合の攻撃は少しずつ弱まってきたようだ。
シャオミは表情をニコリとして喋り出す。
「軍の検閲があるのですか?この攻撃の中、こんなところに留まるのは怖いので、母が先に避難してるし、急いではいるのですが。」
もちろん嘘である。しかしまた、嘘と分かるように言っているようにも見える。わざとらしいのだ。
シャオミは自分が怪しいのはわかっているから、違うところで隙を逆に作っている。
「いえ、この様子でしょう?ご婦人一人では危険ですから、お声がけさせていただいたのです。もし、お母様が避難されているようであれば軍に探させましょうか?」
シャオミは微笑む。連絡は取れているから不要ですよ、と端末を見せながら丁寧に回答する。
少し周りが静かになった時、トランクの中からゴトッという音がした。
多分先程からしていたが、環境の音でかき消されていたのだろう。
シャオミは相手から聞かれるより先に、犬が入ってましてと伝えた。
しかし、シャオミの不幸は日創は犬好きだったことだ。
「犬が?そのトランクにそれは可哀想だ。すぐの保護をしましょう。」
日創は犬がそのような環境にいる事が許せなかったというより助けたい気持ちだった。
さっきよりトランクがガタゴトと揺れ出している。
明らかに大きな振動。小型犬ではない、まるで人間の子供くらいの音である。
「すみません、本当に犬ですか?まるで人のような」
日創は戦場のどさくさでだれか誘拐をしているのでは?または、どんな犬かを見たかった。
とりあえずトランクを確認させてもらえるかを尋ねた。
当然ごまかす。
「大変デリケートな子なのです。このような埃だらけの空間で爆発もあるでしょう。」
日創はそこまで怪しんではいない。自分の持ち場もあるから、爆発が完全に止んだら開放しようと考えている。
なるほど、とだけ答えた。
その時に信じられない音を聞いた、ヘリである。
イグドラシルの管制下でのヘリである。
しかも、黄金のヘリである。
今着弾しているミサイルは大体は1/20くらいである。
理由としては、ミサイルはイグドラシルの対空網に完全に捕捉される。
しかし、稀に着弾するのはミサイルの数が迎撃より多すぎるからである。
対空防御がそれほど完璧な戦場で、ヘリを飛ばしているバカのため、インカムで、ヘリの所属と連絡がつくなら危険すぎるから、すぐに着陸させろ、指示を出した。
しかし、ヘリは上空で旋回して何かを探しているようだ。
シャオミは小声で
「いけない使いすぎた」
と呟いた。
先程のヘリのローター音が、その言葉をかき消した時、ヘリにミサイルが着弾する。
シャオミは日創に逃げてと、肩を掴んだ。
ヘリは少し離れたところに墜落する。
負傷者を確認したいが、墜落して少しして大きく爆発して、生存者がいないことは誰でもわかった。
しかし、日創の部下が墜落したヘリの消化と救助に向かう。
シャオミは慌て言う。
「部下を下がらせて、みんな死ぬ」
説明が不足しすぎていた。しかし、説明する時間もなかった。
日創りの部下の一人が、袈裟懸けに切断される。
その隣にいた男は横一文字に。
スーツの男?赤いスーツの男がそこにはいた。
不思議である、男は素手で何も持ってないのだ。
それなのに、人一人が斜めに切断された。
「6号!!私は25号。そこにいるんだろ。」
同じであったナオミと同じく環境音に関係なく耳に入ってくるのだ。
日創は動揺した、部下を殺されたこと、自分が危険な状況であること。銃を赤いスーツの男に構えてシャオミに動くなと伝えた。
シャオミは日創の銃を無言で抑えて、下がるように、トランクを見張るように言う。
そうしないとみんな死ぬと。すごく優しい声で。
赤いスーツの男はふわりと空中に浮遊した。
イグドラシルの魔法使いの話は知っている、主には発火、情報操作、怪力のいずれかである。
目の前の男はそのどれでもない。
気づいた時には、横に赤いスーツの男がいて、その男に、シャオミがナイフで切り掛かっていた。
その表情はさっきと違い全く余裕がない。
金属音が何度もし、撃ち合っていることはわかる。それ以上の情報知覚できない。
何度も、何度も音だけが響く。
シャオミも、スーツの男も何かを喋ることはない。
少しして、ボトッという音がした。そこに落ちているのは赤いスーツの男の首だった。
シャオミはかなり疲弊した様子だった。
日創の耳元に近づいた。妖艶?な声を出す。逆らうことができないような。
「このトランクを連合の三谷に渡して、すぐに取りにくるはずだから。」
日創は動かない、動けなかった。
すぐに、3機ヘリが近づいてきた。先ほどと同じヘリである。
日創はヘリを確認してシャオミへ視線をやると、すでに姿はなかった。
そのあとは、ヘリは3機とも同じ方向へ去っていった。
残ったのは、惨殺された部下、自分とは敵陣営に渡してくれと頼まれたトランクだけであった。
少し考えて、トランクの中身を確認する。
本当に犬なら、いつまで閉じ込めておいていいかわからないからだ。
簡単にトランクは開いて、中に入っていたのは拘束された青い髪の子供だった。
「渡せっていう連合の三谷って、あの三谷秀一のことか」
三谷の名前はUDAでも有名である。
軍属が不測の事態でやることは一つである。
大きな巨人、女?、赤いスーツの男とヘリ、青い髪の子供、部下を失ったこと、色々なことが起きたが、更に一番驚くことが起きた。
無線を使い、UDAの上司に全てを説明した。
そして与えられた指示は「トランクを三谷秀一に渡せ。」であった。
日創を構成する世界の定義は壊れていく。




