黄昏の王
「あの子供はどこにいった」
巨人の司令室では、青い髪の子供がいなくなったことが問題になっている。
それは、さきほどナオミがトランクで連れ出した子供である。
よほど大切な人物なのであろう。ざわつきがとまらない。
指揮をとっていたナハトは部下の初老の男に伝える。初老の男はジャハムという。
「もう計画が固まってやることがなくったから、避難したんだろう。計画には影響ないさ。」
巨人は沈黙している。僚機のマシーンが出撃して巻き込まれるから動けないのだろうか。
ジャハムは様子を見て。
「しかし、あの子供がこの計画の立案者でありますから、日本人の男とウィンフレッドははたしてナハト王に従いますかな。計画もまだ初期の段階ですから。」
「指揮は私、ナハトに任せられている。他のやつらの信用がなくて、揉めたときは奴らに主導権は渡すさ。少なくとも展開している兵達は私の仲間だから、今のところは大丈夫だろう。」
ナハトは大連の工業地帯の各部隊に指示をしている。
指示は輪を広めながら展開して、工業地帯のインフラを使えるようにすることだった。
ジャハムはナハトにマイクを渡して準備ができたと伝える。
カメラはない。
「この音声はどの程度まで乗るのだ?」
「日陰博士が作っていただいたam電波です。単純な機構ですが、100キロは問題ないかと。先程から広い範囲でクラシックを流していますが、いくつかのメディアは存在に気づいているようです。何度か繰り返し流せば気づくでしょう。」
ナハトはうなづき、マイクに向かって語りかける。
「この放送は天意である。
私ことナハトは遥かタクラマカン砂漠より、この大連の工業地帯で天意を示す力を蓄えた。この巨人の力である。
今の世界のシステムを支えるイグドラシルというシステムは神話のような世界を作り上げている。
しかし、戦争は終わらない、貧困はなくならない。
諸君らが知る神話の世界はそもそもが神々の戦いの世界なのだ。
人間が神話の世界をデザインして、何が倫理的なのかを判定する。
倫理観自体をラタトクス工業が管理するのであれば、この世界を自分たちが考えるように誘導する洗脳ではないか。
我々はそれに対抗するためにこの巨人、盤古を制作した。
すでに大連の工業地帯は支配して力を示した。
これからは支配地域を増やしながら仮初の押し付けられた倫理観を世界から排除し、お互いの倫理観を闘争のもとに発露できる世界を作るのだ。
先程、手始めに抵抗があった上海の連合の基地を消滅させた。
ラタトクス工業が悔い改めるか、廃業することで世界は正常化される。この放送に賛同するものは私、ナハト王に従うのだ。」
ジャハムは正しく放送されている旨と、録音で繰り返し流し続けることを報告した。
ナハトは言う。
「天を語って武力を行使して民衆を煽る、これでは王ではなく革命家かテロリストだよ。こんなロクデナシがいい死に方はできんな。」
ナハトは続けて、威嚇以上に相手を倒しすぎるなとも指示をした。必要以上に刺激すると死刑囚のようなイグドラシルから切り離された人間を使ってABC兵器を行使される期間もある。
後ろで聞いていた若者は日陰博士に言った。
「ヤマトじゃないの?盤古って名前でいいの?」
日陰博士はとてもとても不満そうな顔をしていた。
ナハトの統治する国は滅びかけていた。戦争でもない、飢餓でもない。元々数万くらいの国であり、国の主な産業は交易である。シルクロードの間の道、それだけである。
王政が残るのも、民主的な機運が高まらなかったからで、大きな問題も、ましてや戦争をしてまで奪われる価値もない地域である。
世界がイグドラシルの恩恵を受けてはいたが、ナハトの国はシステムのムラで、エネルギー供給が抜け落ちた地域であった。その地域を欠落エリアと呼ぶ。
ラタトクス工業の主張はこうである。井戸のようなもので、水を汲むように、エネルギー供給を受けれる地域まで定期的に行けばいいと。南米のある地域では同様の欠落エリアについては、有線で供給エリアと繋いでカバーしている。
この方式はコストと、有線接続に限られるためやはり不便である。ラタトクス工業は善意で行っている事業であるから、不便であっても恩恵を受けていることには変わらないという主張だった。
改善にはイグドラシルシステムの今の三つの星の他にあと三つの星が必要だという。
大事業であり、そもそも設計できる人物がもういないのだ。当時初期理論作成と設計を行った槇島博士はもうとうの昔に亡くなっている。星を増やすことに対する副作用についても誰も予知できるものはいない。
結局、欠落エリアという扱いの地域は言葉のままケアされることはなかった。ラタトクス工業は善意の組織だからそれ以上ナハト王は主張ができなかったのである。
ラタトクス工業にも悪意はなかったことが更に解決を困難とした。
そこに解決策を持ってきたのが青い髪の子供であった。
----
柳生宗千佳は10体ほどのマシーンが連合の部隊と交戦に入ったのを確認した。
先程、1体を5体がかりで倒したのにである。
しかし、連合のマシーンはラタトクス工業から見ればいわば傭兵の柳生の隊よりは連携しながら戦えている。
数が多い上に強い、まだどれだけいるかはわからない。
連合が持たなくなるのは明らかである。
ルルイエから通信が入る。
「下がっていい、連合もそのうち後退するはずだ。状況がわかるまでは何もするな。」
この指示は談迷子の分析による結果である。
大連の定点カメラの情報を確認した結果、巨人の動きが止まってから、大連の工業地帯のインフラを確保するように動いていることがわかった。
長期戦を考えている動きだ。
柳生宗千佳はその指示に安心した。
----
この指示で良かったの?
談迷子は多分と回答した。ラタトクス工業の目的は監視と被害の最小化であるから、インフラを確保して長期化させるのであればそれはそれでいい。
敵の動きはテロリズムではなく、支配を目的に実施しているからだ。
その背景でトレーラーのスピーカーからナハト王の演説が流れている。
「ナハト王については調べられる?」
軍属ではないルルイエが部外者に意見を聞くことは本来ないが、ルルイエは談迷子がデータマイニングで一流であることを理解している。
才賀故我が狙う気持ちがわかる。ラタトクス工業は軍ではないから、そのあたりはゆるい。
さて、これからどうしたものか。
「あとで請求はラタトクス工業に送りますからね、戦争に民間人を巻き込む倫理観はどうなってるんですか?」
「うーん、俺も民間人なんだけど。」
談迷子が、ナハト王の情報を引き出そうとすると、ほとんど情報がない。簡単な国の概略のみにとどまる。
小さい国である。誰も興味がないのだ。
データがないことを伝えた。
「見えない支配、ヘゲモニーを主張してるんだと思うけど、おかしいよね。」
思想についてはわかる。
文化ヘゲモニー、文化倫理観を浸透させることでラタトクス工業が見えない支配を成立させているという主張である。
ただ、これほどの大規模な作戦をするのに、事前にそのような思想を世の中に発信しないことはありえるのか。
先に主張して、受け入れなかったら行動を起こすのが普通である。
なにより、欠落地はラタトクス工業の設計によるものではないから、行動を起こしても意味がないのである。
ラタトクス工業のデータベース上は何度か欠落地の解決について相談されている記録は残っている。
有線接続によるカバー提案をした。実際には費用がラタトクス工業もちで、ある程度有線でのエネルギー供給はなされたが、無線でエネルギーが供給される世界と、供給されない地域だと不便さが全然違うのだ。
有線でもエネルギーが供給されないよりはもちろん良いが、要は比較なのだ。
若者はよりよい土地を目指して、年寄りは残る。
そうして国は衰退していく。
「逆恨みだなぁ」
ルルイエは最悪の事態が起こる予感がしている。
とりあえず、もう自身の手に負えるレベルは過ぎているのである。
だから談迷子に意見を聞く。
「色々と矛盾がありますね。まず、上海基地からの弾道攻撃はほとんど巨人に着弾しています。また、巨人自体の起動だけで連合のマシーンが壊滅していますから、加えて自分たちのマシーンを展開させたのは。」
「つまりどういうこと?」
「ナハトさんは巨人を戦力と考えていないということです。」
対空が不十分なままの実践配備、攻撃のみに特化した巨砲、自らの動きを制限する僚機達。
「じゃあ、この芝居の意味はなんなんだ?」
談迷子はそこまではわからないと伝えた。しかしながら、情報としてはこれ以上巨人が悪さをしないことを表している。
宗千佳とビリーに対してはそれ以上無駄に交戦しないことを伝えた。
しかし、戦略的に時間稼ぎをしているなら、何か目論見があって時間を与えること自体が不利になる。
ラタトクス工業としてはこれ以上の事態は防がないといけないのではないだろうか。
トレーラーの外からマリナがコンコンと窓を叩く。
真剣な顔をしている。
どうしたとルルイエはドアを開けると、マリナに押し返して閉められた。
外を見ると犬のような機械がいる。
軍事目的にドローンを利用するケースは今でも多い。
かっては空を飛ぶのがドローンのスタンダードだったが、いまでは対空兵器の充実から地面を行くドローンが主流である。
マリナは人間離れした動きで、犬型の機械を追い回し、両断する。素手である。
今度こそルルイエはドアを開けて、外に出た。
マリナが出てくるなと注意をすると、少し離れたところに、ボロのコートを着た男が座っていた。
「すごいすごい、人間離れしているね。可哀想に悪の組織に改造人間にされたんだね。」
改造人間とはマリナのことだろう。確かに人間離れしている。
ボロの男は拳銃をゆっくりと、とてもゆっくり構えてマリナに発砲した。
マリナはその弾丸自体を簡単に避けたが、視覚から先ほどの犬型のドローンが襲いかかる。
気づけばドローンの数は20程度はいた。
牙があり、両手両足に爪がある。
マリナは簡単に3体を無力化していた。
談迷子はルルイエに助けないと!と伝えるが、助けられる状態ではないことは明らかである。
「千佳ちゃん、ちょっとこっちがやばい、戻ってきて?」
「もうすでに後退しているから、やばいって何?」
「ハウンドに襲われてる、それも大量の。電子使いがいる。」
20体のドローンでも、マリナには敵ではなかっただろう。
しかし、精度が高く連携している。これは魔法使いの一種、電子使いの特徴である。
マリナは、まだ余裕が見えるが少し呼吸が荒くなっている。
ボロのコートの男は挑発して言う。
「そこの女を渡してくれないか、かわいい女の子が傷つくのは見たくないんだ。」
談迷子は、談迷子であの子を助けないと死んじゃう、と伝える。
ルルイエは自分たちでは無理だと伝えた。
しかし、しかしであった。
この物語の主人公の一人、談迷子は普通ではなった。
その日ルルイエが一番驚いたのは巨人でもない、ドローンに囲まれたことでも事でもない、ルルイエの上司が仕事をサボってバカンスをして自分に全て丸投げした事でもない。
談迷子が外に飛び出してマリナを助けようとしたことだ。
狙われているのは談迷子なのに。




