ブリキの巨人
大連はUDAの支配地域である。
そこに倫理的問題があると、連合の上海基地の部隊が攻撃を仕掛けていた。
湾岸の工業地帯はただの民間のエリアだったので、UDAの反撃は薄かった。そこに現れたのは大きな何かだった。
全てが巨大だった、歩く音、映し出される影、そしてそれを見た人に去来する畏怖。
300メートルに近いその巨体は、大連の工業地帯の地下から現れたのだ。
それは巨人である。
更に異質がマシーン自体にあった。
かっての戦艦に搭載されていたような長い砲が両肩に三門ずつ。
頭の位置には短い砲が一門。
腰には円形に広がった空母のようなスペースがあり、そこに取った付けたような大きなマンモスのような太い足がついている。
連合の軍がぐるりと工業地帯を包囲して、空爆を実施していたが、
その包囲は崩壊していた。巨人が歩くだけで、道、建物、全ては崩壊する。
歩くと表現していいのだろうか速度は非常に遅い、まるで地震が歩くように世界を粉々にする。
その振動で建物は崩れて、連合のあらゆる兵器は少しも動くことができないのである。
連合は初期の巨人の起動だけで、30はいたマシーンの機械大隊がほとんど行動不能に陥った。
上海の基地のマシーンの数が70であるから甚大な被害である。
ルルイエはラタトクス工業の客人として、その様子を後方から呆気に取られながら眺めていた。
ラタトクス工業はイグドラシルが倫理的に利用されているかを監視する必要がある。
ルルイエが雑賀故我を監視していたのもその対応である。
しかしながら、この巨人はもはや倫理の枠を超えている。振動だけで生きた心地がしない。
横にはマリナという小さな女の子と談迷子がいた。
「どう判断していいか迷うところだね。」
爆音が鳴り響き、ルルイエは連合の作戦司令官に話しかけるも、声はかき消される。
現場から20キロは離れた本部テントでも、双眼鏡を使わずとも視認ができ、この振動である。
談迷子も何か大声でルルイエに話しかけている。
「あのー」
ルルイエには聞こえない。
「あのー」
何かを談迷子が言っていることに気付き、トレーラーの中に移るようにルルイエはジェスチャーする。
やっとトレーラーの中に入るとまだ会話は可能な状態になった。
「なんだい?談迷子さん?」
先に中にいた猫のフェンリルはルルイエの膝に飛び移る。これだけの振動の中、肝の座った猫である。
ルルイエは正直今目の前のことを理解したかったから、後回しにしたかったが、それは倫理的ではないのである。
「なんで、私がこんなところに連れてこられてるんですか?大きな、山のように大きな機械がいて、何をしているんですか?」
なんでも人に聞いたらわかると思うのも厄介である。
世の中のことで自分がわからないことで、他人がわかることはどれだけあるだろうか。
「先日あなたが拉致されたじゃない。また拉致される危険があるから、マリナの近くにいた方がいい。」
それが親切なのか建前なのかわからない。
外にいるマリナの方に目をやると、どもっと軽く会釈される。
「この現状の方が危険なんじゃないですか!あんなのと戦争なんてできませんよ!」
ルルイエはちょっと待ってと、話を遮った。電話のコールがあったようだ。
携帯の液晶には、宗千佳ちゃん、と表示されていた。
はいはいと、気の抜けた声で電話に出る。
「少し離れてたから、私たちの部隊に影響は出てないけど、どうしたらいい?あまりよく見えないけど、巨人の腰のデッキ部分にマシーンがいるように見えるから、攻撃がはじまるかもね。」
柳生宗千佳の部隊は5体のマシーンでラタトクス工業の監視団として作戦に参加していたり
監視任務なので、作戦本部と巨人との中間くらいに待機していた。
「待機だね。本社には巨人の倫理違反で行動停止を申請してみるけど、巨人は倫理違反なのかな。しかも、先日の雑賀故我事件のように倫理規定違反での停止に失敗するかもしれない。まぁ、でかいだけで戦略兵器扱いってのは聞いたことないからね。連合側も戦略の立て直しをすると思うから、その時は何か一緒に行動する必要があるかもしれない。」
ルルイエは顧客で、柳生宗千佳は柳生家から作戦コマンドとして雇われてるわけだから、本来は柳生宗千佳が状況を組み立てる必要があるが、その全てを任せるには宗千佳は若すぎたし、ルルイエが頼りになり過ぎるのだ。
宗千佳は電話の先で待機の旨を了承した。
尤も、巨人と戦えと指示を受けても戦えるのかどうか。そもそも規格が違う。
また、別の轟音が鳴り響く。
巨人に向かって連合の基地から無数の弾道ミサイルが発射されたのだ。
全てのミサイルが巨人に着弾する。
大きな的。外す方が難しい。
【巨人内部】
「おい!全部食らってるぞ、こんなに食らって持つのか?」
巨人の内部、コクピットと言っていいのか、司令室と言っていいのか、
何人ものオペレーターがいた。20名くらいだろう。
そこに老人と若者はいた。老人の名前は日陰博士という。
「大丈夫なわけあるか!防空は完璧じゃないと最初から言ってるだろうが!ナハト王!ミサイルの発射地を割り出してさっさと反撃をしてくれ」
日陰博士はそうは言ったものの、あまりにも大きな機体のため、影響は軽微のようだ。
それにしても完璧じゃないという表現と、全弾着弾はかけはなれている。
「割り出す必要もない、上海の連合の基地からだろう。全砲撃ち込め。」
オペレーターは了解しましたと返事をして、砲撃を開始した。
そうこうしている間に追加のミサイルが着弾する。
轟音とともに、巨体が揺れる。
しかし、巨人の主砲の轟音は、比べるレベルではないほど、大きなものだった。
あまりの威力と発光で観測することすらできない。
巨人から発射された火の玉は、上海基地に向かって飛んでいった。
「着弾したか?」
オペレーターからは確認できませんと、回答があったが、ミサイルの追撃がなくなったので、打撃を与えたのだろうとナハト王は理解した。
発射したあまりの衝撃で砲の一門は自壊していた。
「こんな無茶苦茶な作戦でうまくいくのか?防御機能がないなら、ただのブリキ人形じゃないか。」
若者は上海基地の映像をニュースサイトで確認しながら、当然の疑問を感じていた。ともかく、連合の機械化部隊は壊滅状態のため、優勢ではあった。
ナハト王は
「これでしばらく落ち着くかな。今のうちに体勢を立て直せ。できるだけ皆をマシーンに搭乗させておけ。マシーンを展開させて、インフラと一帯を制圧する。展開中はこの基地はこのまま待機させて少しも動くんじゃない、少しでも動くと味方がいなくなるぞ。」
基地とは巨人のことである。
そんな様子をつまらなさそうに見ていた日陰博士は、ナハト王の出自を若者に聞いていた。
タクラマカン砂漠の南側にある少数民族の王様。王と言っても、近代化された制度の王で地主というか、社長というか、その辺りの経済を管理している。
イグドラシルへの接続は無限のエネルギー供給をもたらすもので、三つの静止衛星が地球にエネルギーを照射している。
規模が大きいため、ムラがあるのだ。ナハト王の住む地域にはほとんどエネルギーが届かなかった。
イグドラシルは平等であるが、システムが完璧というわけではない。そういったエネルギーが行き届かない地域を枯地と呼ぶ。
もともと、貧しい地域だったから、それが現状維持されただけといえばそうだったが、他にも豊かな地域があれば人はいなくなっていく。
そうして人口が減って産業が成り立たなくなっていったのだ。
「それで、エネルギー供給を強化が勝ち取るために、この作戦に協力してるんだって。」
日陰博士はつまらなさそうな顔をしていた。
「自分もその土地から離れればいいのに、イグドラシルから切り離された土地なんて、ね。」
故郷を失う気持ちが若者にはわからないのかもしれない。戦争で故郷を守ることしか考えたいなかった日陰博士はそれについて説明する気もしない。
「ナハト王のことはわかったよ、ついでに聞くが、おまえさんは、なんでこの作戦に参加したんだね。」
若者は答えた。
「規模が大きいからね、これくらいの規模になったらきっと、楽しい戦いができるかも。倫理に管理されない、本当に位の高い戦いが、さ。」
「倫理的管理の外に生の高潔さを求めるか。まぁ、それもわからんではない。」
その横に青い髪の少年が立っていた。自身より年上たちが慌てる中誰よりも落ち着いた表情で。無感情、無表情ではない。落ち着いているのだ。
その目はモニターの先のルルイエと談迷子の様子を観察していた。
少しして、青い髪の少年は姿を消した。
【ラタトクス工業トレーラー】
「なんじゃありゃ」
ルルイエは自壊している巨人を見て理解が追いつかない。
「ヤマト・・戦艦大和です。」
談迷子は呟いた。
「知ってるの?あれが何か。」
それに応えてうなずく。
太平洋戦争と呼ばれる戦争で、超弩級戦艦として建造されて、パフォーマンスを発揮できないまま生涯を終えた戦艦。
大和のインターネットアーカイブの情報は人気だったから、何度かデータマイニングをしたことがある。
構造についても大体わかっていた。
とはいっても、見えている巨人は戦艦ではなく歩いている。
ルルイエは上司からのメッセージを受け取った。
倫理的かどうか審査中なのでしばらく待て、と。
審査の間も現場の人は傷ついていく。
とりあえず停めるという判断ができないのが大人である。
「やっぱり、大和だ。あの形、基本思想が大和なんです。戦艦大和を地上用にリテイクしたんだと思います。」
端末画面を見せて説明する。
構造を明らかにすることが仕事の談迷子は理解している。
「そういう分析は専門家からすると必要なのかね。」
再び、宗千佳からコールが入る。
「巨人から大量のマシーンが出艦、展開されている。この数、い、異常だよ。」
ルルイエは呆気に取られながらも、さきほどの上司に繋いで状況に対する指示を仰ごうとするが、上司は今日は有給で、その上の上司は客先とゴルフ、その上の役員は、自分にはわかるわけがない、たちまちは倫理に則った現場の判断に委ねると伝えられた。
便利な指示である、個人の倫理が誤っていれば、個人の判断ミスとして処分されてしまう。
この異常事態に対しても、ラタトクス工業は皆、冷静であった。現場のルルイエ以外は。
とりあえずは状況が倫理的であれば静観、非倫理的であれば介入それがルルイエの仕事となった。
談迷子にルルイエは震え声で語りかける。
「あの巨人を構造分析して、対処法を探すのを頼める?」
専門家には分析が必要だった。




