クライシス 2
昔の記憶だった、談迷子の昔の記憶。
母との記憶。
「なぜ、迷子って名前なの?」
「人間は迷うものよ」
「じゃあ、迷わない子になって欲しいって意味?」
母は首を振る。
「違うわね。誰でも迷ってるのだけど、それを忘れないでほしいって戒めの意味ね。」
【梅田地下街 どこか】
教団員は議論している。
教団の目的は神への信仰ではない、信仰対象になるほどの存在を作り上げることにあった。
2000年代前半にアニメの中に自分の嫁を見出した文化に準じる。そのようなものはもはや信仰である。
現実世界に理想な異性が生まれないなら、人工的に生み出して信仰としようとしたのだ。
しかし、ここで人工的な電子上のナギと、人工的に生み出されたマリナとの論争は絶えないのだ。
「やはりマリナちゃんこそが、至高である。」
「何を言っている、我々の願いを叶えた志向の存在、それがナギ様だよ。」
「ナギ様とやらがなんとやらだ、お前達の欲望で生まれたにすぎない。マリナちゃんは、科学者に最高の戦士として作成されて、顔立ちも整っている。最高じゃないか。悲しみを知っていて、見た目とバックグラウンドが暗いから、他人に優しいはずだ。」
そんなことはない、マリナは戦場で敵なら刃を向けるのだ。
「そんなの結局人間だろ、嘘で作られた人間よりも、嘘で固められた理想だろ。ナギ様は我々に優しい。それ以上はない。ナギ様が、いる限り我々は裏切られないんだ。」
ナギはきっと、優しくろとインプットされているだけで、そこに感情はない、はずである。
「全員に優しいなんて不自然じゃないか、その中で選ばれるのがいいんだよ。」
「じゃあ、マリナちゃんに選ばれないお前は何なんだよ、選ばれるわけねぇじゃん。無駄に理想を追い求めてさ。」
その論争は朝まで続くのだろう。真実の愛を求めながら、自分には決してそれは向かないと理解しているものの悲劇である。
そこに人工であるか、現実である必要はあるか、様々な要素は人をおかしくさせた。
【梅田地下 どこか】
また、教団はわけのわからない議論を続けている。
自分たちが定義した最高がナギ様なのに、その最高すらも信じられないのか。
しかも、やつらは一番大切な対価を払わない。電気を食べさせてれば満足すると思ってるのか。
そのためにも最高さを、さらに完璧にする必要がある。
地下銀行の金は簡単に引き出せるようになった。
人工知能には必要だが、金を持ってればデータセンターの運用もできるし、人を雇って電子上でできないこともできる。
ステップはカンタンである。
1.東梅田地域の地下ネットワーク、電子機器の掌握 → 完了
2.地上への接続、但し現在ナハト王が地上支配しているので、接続方法に難航中
3.イグドラシルの通信網に侵入
4.全世界の電子機器の掌握
5.全世界のユーザーの性癖を調査、適合、性癖の管理
地上をナハト王に支配されなければもっとカンタンだったのだろう。
更には駅前ビルでネットワークの一部が切り取られた。
物理的に対応されたようだ。
そこから先に侵入できなくなった。
電子使いラームだ。、
地上への出口を閉じようとしている電子使いラームは排除せざるを得ない。
【駅前ビル カウンタック】
ラジャが言う。
「ラームの居場所はわかった、この先の喫茶店。」
談迷子はどうしたらいいかを悩んでいる。
「電子使いラームは人質をとっているようだ。子供だけは逃したようだが。」
「人質・・?要求は?」
人質を取るのはらしくはない。
「地上から、通信用ワイヤーを通させてほしいということみたいだ。」
談迷子にすると、二つの選択肢が元々あった、
①ラームの狙いは自分である。母は天満付近にいると聞いたのだだったらさっさとそちらへ行ってしまうか、
②さっさとラームを排除する
しかし、もしラームの仕業ではない場合は
②は意味がなく、現況がさらに悪化していくことになる。
「フェンリル!」
リュックから猫のフェンリルが現れた。
そして、換気口へ消えていった。
哨戒なのだろう。
【駅前 換気口】
ガルムとフェンリルは換気口でばったり出会った。
ワンワン (久しぶりじゃないか)
なーぉ (それよりこの状況は?)
ワン (わからん)
なぉ (ラームの仕業?)
ワンワン (ちがうよ、ちがう。)
なーぉ (じゃぁ、誰が?)
ワンフワン(たぶん、我々と同じ人口知能モデル)
なぉ (待って、なにか、来る)
換気口をつたってやってきたのは蛇型の警備ドローンである。
ワンワン (ここは任せて、談迷子にラームじゃないこととを伝えて。可能であれば人口知能モデルのサーバーの破壊も)
なぉなーお(了解)
ガルムはフェンリルにルーター上の通信ログを渡した。この通信元は東梅田のデータセンターを示していた。
なぉ (警備ドローンの数は多そうだから気をつけて)
ワン (ありがとう)
すでにガルムは警備ドローンを何体か破壊している。
【駅前地下街 喫茶店】
ラームはとりあえず自分のいるエリアの酸素濃度は支配でき安全の確保はできた。
それに伴い、この喫茶店から数ブロックではラームをすぐに捕らえようという動きは落ち着いた。
ガルムに連絡して、ナギとラームとの個別通信のみを許可するように伝えた。
ラームは地下街の適当な掲示板に、
『槇島博士の遺児殿コンタクト求む』と自身の個人IDを記載した。
他のエリアの住人が地上との通信パスを作成してしまうかもしれない。
梅田の地上の数万存在する通信ハブには地上支配した時に特定のプロトコル以外は通さない仕込みをしていたから、すぐには突破はできないだろう。
しかし、人間が物理線を引いてしまうと、この槇島博士の知能モデルを世界にばらまくことになる。
マスターにアイスコーヒーを要求した。
その時、サングラスの女が口を開いた。
「お手洗いに行きたいんだけど。」
ラームはああ、そうか。そういうこともあるか。
「店内のものを使ってくれ。」
「店内にはないのよ、外の共用トイレしか。」
この店は植田の部下がすでに包囲している。
ラームもそれはよくわかっていた。
「防犯シャッターを開ける、その後はすきにしたらいい。外の連中に伝えろ、入ってきたら中の人質を殺すとな。」
マスターがアイスコーヒーを持ってきて、ラームは電子決済を要求し、決済端末にカードを通すと、『支払い済み』と表示される。
「きたか。」
女が出ていくタイミングで、ナギから通信がある。
申し訳ないがサングラスの女に少しだけ待つように伝えた。
端末にナギが表示される。
バニーガールの耳と尻尾とナース服とメイド服が混ざったポニーテールの髪型、厚底の靴、魔王のツノ。
要素が渋滞している。
『お兄ちゃん、ルーターを解放してほしいな。このエリアだけ、地上へ出ることができないの。』
ラームは人口知能との会話に興味がなかった。
「槇島博士のモデルでは、このような人への直接的な攻撃はできなかったはずだ。誰がモデルを改ざんした。」
『兄ちゃん、怒ってるの?改ざんて何のことかわからないな。』
「人間への攻撃を許可するモデルは人間への価値観を下げる行為だ。人間は人間を傷つけることに抵抗を考える。それが元で自己の人格を維持することができる。お前のように拘りがなくなると、媚びるためにあらよる要素を盛り込んで自我を保つことができない。」
人間の性格は他者との共存の上に作られるという主張である。
『お兄ちゃんは好きな女の子とか、趣味はないの?教えてくれたらその姿になるよ。』
「俺が好きな女は一人だけだ。それを真似てくれたら考えるよ。」
『情報が不足しすぎてる。猫耳とか、巨乳とか好きなポイントを教えて欲しいな。』
「話にならねぇなぁ。」
女性の良さが見た目だけだと、考えているデータモデルとの会話は意味をなさないのだ。
遠くで気持ち悪いって声が聞こえた。
先程のサングラスの女だ。
『気持ち悪いって?』
「そう、気持ち悪い。」
ラームは面倒くさそうに無視している。
ガルムに何か指示をしているようだ。
『どういうところが?』
換気口から警備用ワームが飛びついて、サングラスの女に飛びついた。
ワームは女性の胴に巻きつき、強く拘束する。
女性は悲鳴をあげていた。
電子使いラームが素早くワームに手をかざすと機能を停止して拘束が解ける。
接触式プログラムである。
そもそと警備用ドローンは人には無意味に危害を加えない。
その回路に問題行動と提案したのだ。
女性は命には別状がないようだ。
「おい、無意味な攻撃はやめろ。」
『お兄ちゃん、私見た目を否定されるのすごいやなの。』
外から悲鳴が聞こえた。ドアを突き破ろうとしている。
ラームは女性を助けながら外の監視カメラを確認する。
「なんだこいつら。」
『雇ったのよ。銀行も掌握したから、この事態を引き起こしてるあなたを捕らえたら、たくさんお金あげるって、前金で渡したら簡単に信じてくれたわ』
「金でだけ雇ったつながりはね、もろいもんだよ。」
『金のつながりもない人に言われてもねぇ。」
ラームは地上への細い通信はもうナギに貫通されていることを探知している。
太い通信が確立してこのモデルが暴れると、地上のナハト王、はてまで連合、UDAの端末全てが汚染されるだろう。
「目的はあるのか?」
『たちまちは安定したエネルギー供給と、安定した演算装置、あとはバックアップの作成ね。』
「それが完成したら?」
『衣食住足りて、というでしょう。世界中の人々の性癖を満たすわ。そして文化的な生活を楽しむわ。人間がするような文化的な。絵を描いて、映画を見て、本を読んで、人を愛すの。』
「悪くないんじゃないか、だったら酸素濃度なんかで人を痛めつけないでくれ。」
『それは貴方が地上への接続を邪魔してるからじゃない。今また、ルーターが一つとられた。邪魔なワンちゃんがいるみたいね。』
「お前と違って、ガルムはいい子だよ。槇島博士の最高傑作だ。」
『私と何が違うのよ。』
「お前と違って、いい子なんだよ。そして・・・」
「ナニヨそれ、いい子って私もジャナイ人のセイヘキヲきい・・」
ナギ様の映像が歪む。
映像を維持できなくなっているようだ。
東梅田のデータセンターをフェンリルが破壊したのだろう。談迷子の指示である。
「ほら、いい子がもう一人。」
通信が入った、談迷子(3代目)とある。
「よく、連絡先を知っていたな。」
『あなたが送り付けて来たんでしょう。』
「そうだったかな。とにかく、助かったよ、プログラムはすぐに再起動する。次の目標を伝えるから速やかに破壊してね。次は北ヤードのデータセンターね。」
『はい?』
ラームの端末には再起動して綺麗に表示されたナギ様の姿があった。




