無念の念を念として
【烏丸御池 柳生本陣】
宗千佳と書いてある通信に克久は柳生宗家に断りを入れた。スピーカーモードで話すように指示を受ける。
『あ、よかったよかった、繋がった。』
男の声である。
「誰だ?」
『ルルイエです、覚えてませんか?流石に個人の回線番号まで知らないので、千佳ちゃんの端末を借りてしまいました。』
ルルイエは宗千佳が攫われた後に残した端末から緊急電話機能で克久にコールした。
「用件は?」
ルルイエは敵の親分でもある。緊張するのも無理はない。
『千佳ちゃんが、いきなりいなくなりまして、何か知らないかなと、』
「こちらで保護をしている。」
『怪我は?』
「怪我など一つもない。」
『本当に?私にはボロボロのズタズタに見えましたがね。』
「何のことだ?」
克久は何か試されているのだろうと考える。
『心ですよ、柳生に、家族に裏切られて、たくさんの人死を見て、そんな中、正しい心を持つ人は苦しいんです。』
克久は唇を噛んだ。
「繰り返す、何の用だ?」
克久はつまらない小言と受け流している。
それがルルイエにはたまらない。
『一つはもう終わった、千佳ちゃんの安否確認、もう一つは柳生の目的を教えてほしいということ。』
柳生宗家が割り込んでいう。
「目的なんて一つに決まってるだろう。柳生の繁栄のためだ。」
『もう少し詳しく、繁栄とは何ですか?』
「貴様らのような、非武家が世界の戦争をコントロールしている。だから、世界から戦争の被害者や悲しみが減らないのだ。本来の日本人の魂というのは、刀にこそ、武にこそある。倫理とは武より派生するのだ。だから、世界を武家中心の世界に改変するのだ。」
『あなたのいう、武家、いや、柳生宗家のいう武家と軍人の違いは何ですか?軍人も誇りを持って魂を持って職務にあたります。」
その問答に柳生宗家は笑うのだ。
「我々を見たか?この世界に不満があれば、耐えられなければ武装蜂起すらするのだ。それが武の心だ。その強さを立証できるのは柳生の他はない、貴様らラタトクス工業の御用聞になっているのは本懐ではない。」
ナハト王の尻尾になって、反乱を起こしている。
しかし、柳生宗家には不都合さは見えない。
『目的は柳生の本来の力を世界に見せつけるためであると?』
「短絡的に聞こえるが、そう捉えてもらっても、何も問題はない。もうすぐラタトクス工業の倫理維持軍に対抗できると知れば各国は我々の味方になる。」
『大変よくわかりました。しかし、うまくいくとはとても思いません、あなたの方いう、弱くて、武家ですらない我々すら殲滅できず、比叡山に強固な陣地を形成されてしまいました。我々は各国の倫理観を信じて、ゆっくりと、補給をうけながら貴方達を削っていきますよ。』
「交渉ではないのだな、用件が済んだのであればこれで失礼する。」
少し、柳生宗家に言葉は響いている。
『いえ、千佳ちゃんの無事を教えてくれたから、最後にひとつだけお礼というか、助言というか、気づいたことをお伝えしたい。』
「なんだ?」
『柳生の本来のさを立証するという目的、それだけは達成できる事に私は賛同しますよ。』
そう言いルルイエから電話を切った。
柳生宗家と、克久はなぜ、最後に柳生に媚びるような発言をしたか、理解できなかった。
【木屋町 民家座敷牢】
柳生宗千佳は木屋町の民家の2階にある座敷牢に閉じ込められていた。門番すらいない。
宗千佳を子供扱いしているのだろう。
比叡山では同胞を殺したから、宗千佳は処刑されてもおかしくはない。
克久の娘という事実に生かされている。
宗千佳は強さとは何かという事を起点にここまでやってきた。
久我幻魔、天根、電子使いラーム、マリナ、ウサギ、燕雀朱美、風魔、雷蔵、都子、そして今回自分を誘拐した人、みんな自分より強かった。
なんとか風魔の一人は倒す事はできた。
樽井に関しては元が雑魚だったが、いつのまにか仲間に刃を向けることも躊躇がなくなっていった。
少しは強くなったのだろうか。
燕雀朱美の問いかけを思い出した。
『なぜ刀は両手で持つのか』
何が言いたいのだろう。
父は剣を教えてくれた。
しかし、常に先に来るのは心だった。
それは誰も教えてはくれなかった。
座敷牢の外の天井がガタガタいっている。
埃が落ちてきて、ガラッと開いた。
降りてきたのはマリナだ。
「ごめんなさい、探すのに時間がかかって。」
マリナは宗千佳が誘拐されてからずっと、宗千佳を探していた。
天元を追跡していたが、鴨川付近で見失い、花達の会にも頼んで場所を特定してもらっていたのだ。
ルルイエの電話で無事を確認して、継続してやっと見つけたのだ。
マリナは宗千佳が寝巻きであることで思い出して、背中のリュックから荷物を取り出す。
宗千佳の服である。
それを座敷牢の隙間から渡した。
マリナは座敷牢を見て、鍵がないと開かないと判断する。
電鋸を取ってくるから少し待って欲しいと伝えた。
2階の入り口には中から錠とワイヤーで固定して誰にも入れないようにした。
マリナがいない状態であれば誰が来ても身内の宗千佳に何かする事もないだろうが、念の為である。
加えて紙に書かれた伝言をマリナはルルイエの声を真似して言った。
「千佳ちゃんが、仲間と殺し合いをしているのを見るのはつらいから、もう戦わなくていいよ。後は大人がやるから。」
伝言の紙を宗千佳に渡した。
少し似ていたから宗千佳は笑ったのだ。
宗千佳は逆に言う。
「だから千佳ちゃんて言うな!」
って伝えてね、って。
「ごめん、刃物か何かない?できれば貸してくれない?」
マリナは身を守るものが必要なのだろうと判断した。
うなづいて背中の大型のタクティカルナイフを手渡した。
「本当にそのまま待っていてね、電鋸くらいすぐに手に入るから。」
宗千佳の通信端末をおいて、なにかあったら連絡してねと、
どこかにマリナは行ってしまった。
あのマリナも自分より弱いルルイエも宗千佳を気遣っている。
それはすごく嬉しい。普通の女の子であればこの座敷牢で泣いて座っていればいいのだろう。
この太い木でできた牢に諦めるのだろう。
しかし、宗千佳は見てしまっている。
天根はこの木よりも遥かに大きく硬い一刀石を袈裟懸けに切って落とした。
また、それを神妙剣と呼んだ。
それが柳生の技であれば自分にもできるのだろうか、そう宗千佳は考えている。
タクティカルナイフを正面に構えて、牢の扉に大きく切り掛かる。
タンっという音がして、扉に少し食い込んだだけだった。
「全然違うじゃない。今のはただ強く切っただけ。思い出せ、あの日の夜を。」
天根の呼吸はどうだったか、手の握りは、姿勢は、刃の角度は、心は。
全てを真似るのだ。
何度も、牢に切りつけた。
しかし、結果は変わらない。
ナイフと刀では違うのか?そう考えもしたが、天根は神業を話に持ち出していた。
神業の前で、ナイフと刀の違いなんて変わらないだろう。
一度足の位置を整える、呼吸を整える。
姿勢を整える。心を整える。
再び扉に切りかかった。しかし、先程と変わらない。
何かが違うのだろう。筋肉量であろうか、体格であろうか。
違うのだ、そういう次元ではない、あの時の天根の技は人外の技である。
そんなときに、先ほどのルルイエの伝言メモが見える。
ルルイエの顔を見て少しホッとして。
宗千佳は、「千佳ちゃん」と書かれたメモを宙に投げた。
「だから千佳ちゃんて、呼ぶな!」
といい、ナイフで切りつけた。
そうすると、牢の扉に当たり、牢の扉は縦に切れたのだ。
紙という軽いものを斬ることが宗千佳の心と体を軽くさせ、ルルイエへの感情に内包させた。
偶然ではなく、宗千佳がこれまでしてきた稽古と経験と出会いの産物であった。
宗千佳はくだらないきっかけに自分の感情の未熟さが技を完成させたことに少し笑った。
武道では気剣体の一致、果ては天地人という考えである。
「だから、両手で持つんですね、刀って。」
燕雀朱美が直接答えを教えなかったのは、意味がある。
教えとは本来人が後から知覚するものだ、人が努力した後に理解するからである。
そのまま牢の扉を切断し、人が通れる隙間を作った。
このとき不思議なことに、ルルイエのメモだけは切れずに宙を漂っていた。




