外伝 回顧録 1
少し昔の話である。
ルルイエの所属しているラタトクス工業はイグドラシルというエネルギー供給の仕組みと、それに対しての接続を管理する。
ラタトクスというのは神話の悪口を伝えるネズミである。
つまりイグドラシルに悪いことをしているやつらの告げ口をするのだ。
それが世界の倫理につながるということだ。
崇高な仕事と捉えることもできる。
ルルイエは戦闘倫理アドバイザーのフランとミラノで開催されているマシーンの格闘大会の会場に来ていた。
もちろん、マシーンはイグドラシルの戦闘レベルのエネルギーではなく、通常の電化製品レベルで実施される。
このエネルギーレベルであれば犯罪に使われても問題とされない。
問題はそこで勝ち残ってるやつが問題だ。
勝ちすぎている、各所で噂になった。そいつはイグドラシルに違法接続して賭け試合で勝っている、と。
イグドラシルに違法接続なんてできるわけないのだ。
全く無駄な調査である。
できない理由は複数ある。
そもそも、イグドラシルの戦闘レベルの接続は都度、戦闘倫理アドバイザーがオンにする。
だから無理がある。
では、戦闘倫理アドバイザーが買収されていれば可能ではないか。
事前に戦闘倫理アドバイザーの大御所のフランに意見を聞いた。
「戦闘倫理アドバイザーに不正者がいる可能性は?」
「ありえませんね。戦闘倫理アドバイザーの仕事は全てチェックされていますし、権限の付与の承認も多階層ですし。」
侮辱されたと思われてもおかしくない指摘だが、システムに自信があるのか特に表情を変えない。
それはそうなのだろう。
あるとすれば組織全てが不正をしていればだが。
格闘大会で好成績を出しているのはチームライジングという名前だった。
「チームライジングのパイロット、マリナね」
確かに強い、相手の動きを見切り、いなし、そして関節を丁寧に破壊して無傷で勝利していってる。
ルルイエに格闘大会の主催者イワンから話しかける。
「強すぎるんですよ、流石に不正じゃないかって言われて、こちらも困っています。ラタトクス工業のお言葉で不正がないと言ってもらえると助かります。」
「そういうのは興信所の仕事でしょうね。」
フランにも意見を求める。
「相手のパイロットの質が悪いからなんとも言えませんね。」
「だから、こちらも良いパイロットをぶつけてみたいんだけど。」
フランの方に目線をやる。
「ダメです、私は賭け試合なんて。」
「ラタトクス工業からの協力要請は出ているんだろ。だったら、仕事と割り切ればいいんじゃないの。倫理的に問題あることの調査を拒否するのは倫理違反じゃないの?」
フランは少し睨みを効かせる。
イワンが横から割り込む。
「チームライジングはかなりレートが高いですから
、通常戦では無理でも、来週のバトルロワイアルに参加してもらえれば戦うこともできると思います。そういう話だったはずですし。」
フランはまだ不満そうだ。
「我々主催者側としても、ラタトクス工業のチームが参加してくれれば盛り上がりますから、是非ともお願いしたいんですよ。」
その予定でレギュレーションに問題のないマシーンまで持ってきている。
「私はパイロットをするために戦闘倫理アドバイザーに就職したわけじゃないのよね。」
「フランさんの勝ちに賭けておくよ、勝った分でご馳走するよ。」
「賞金は?」
「職務中なんだから、会社の雑収入になるでしょ。」
「それはとても倫理的ね。」
ルルイエはイワンにマリナに面会を求めた。
しかし、試合前の選手に余計な負荷はかけたくないと拒否した。
これは、単純に興行の邪魔をするなということだ。
「結局、戦ってみて判断するしかないね。」
「来週って、それまで何をするの?」
フランは勝つ気もないから準備すら眼中にない。
逆に嫌味をルルイエは言う。
「余裕で勝てると言うこと?」
「勝ち負けに拘るのは倫理的と言えます。しかし、それは真面目に試合をしている人がです。私は適当に引きますよ。」
イワンは割り込んで。
「試合にはお金がかかっているのですから、手を抜くような発言はやめてください。」
「・・・中途半端もできないのね、じゃあ、少しだけ練習をしましょうか、どこか場所があるの?」
「飛び込みで一枠空けましょうか。」
イワンは係のものを呼んで、ブックを変えろと伝えた。
係が言うには明日の試合には出れるとのこと。
対戦相手はB2の戦士である。
全体をA1、A2、B1、B2、B3、B4、Cとランク分けされる。
A1は全体の3%となり、あとは大体ピラミッド状の人数になる。
B2は低いように聞こえるが、それでも全体の上位層と言ってもよい。
「マシーンは何を持ってきたんでしたっけ。」
「キャバリエだ、昔乗ってたんでしょ。」
「至れり尽くせりね。」
【ミラノ 格闘大会 スタジアム】
翌日である。
フランは久しぶりにパイロット用のサングラスをかけて、マシーンキャバリエに乗り込んでいる。
「こんなに反応が悪いマシーンだったかしら、戦闘レベルじゃないと別物ね。」
格闘大会という名前だから、飛び道具は禁止である。
近接武器もである。
「地味な大会だね。」
ルルイエの声だ。
「地味かどうかと、人気かどうかは別みたい。」
客数はかなりの数である。
スタジアムは満席だ。
実況が鳴り響く。
「特別試合を行います。明日のバトルロワイアルに飛び入り参加する機体です。展示試合となります。所属はラタトクス工業です。技術交流を目的とした参加で、パイロットはフランとなります。現役時代は戦場では久我流と何度も戦い抜いたことで知られます。」
その実況を聞いてフランは嘆く。
久我流には何度も煮湯を飲まされた。それをライバルみたいに表現されるのは少し違うと思う。
実況は続ける。
「そして、相手はミラノが誇る新人、リックジャガーだ。2年前から参戦し、勝率8割を維持しています。機体は旧連合の払い下げのドラッケン」
ドラッケンは昔の機体である。
この時代は科学が行きすぎたのでマシーンの能力進化が非常に遅い。
古いマシーンでも十分に戦えるどころか、職人が作った昔のマシーンの方が優秀な成績を残すことも多い。
長い前口上の後で、やっと試合がはじまる。
かなり地味である。武器は使わないのだ。
ドラッケンが右ストレートをフランのキャバリエに加える。
フランはギリギリで防いでいた。
「このパイロット、強いね。」
久しぶりに戦闘倫理アドバイザーではなくパイロットとして戦いを始めて、自身が高揚していることに気づいたのだ。




