柳生の家
ルルイエの連れの女は柳生宗千佳と言った。
毅然とした態度である。刀を腰に帯びて学生服のような服装をしている。
17歳になった。柳生の家業ではあったが、傭兵まがいの仕事である、若すぎる。
ラタトクス工業の戦術サポートに付けられたものの、それほどの荒事は起きないという見込みであろう。
幼少の頃から、柳生家の掟に従い、父に従い。柳生の技を稽古してきた。
柳生家の技は最高のものであると、教えられ、しかし自分の技は未熟である。
慢心をするような性格でもないから、そう思い生きてきた。
まだ子供であるから世の中には自分の知らない世界がある、自分よりマシな人間も多い、そう思って生きてきたのだ。
しかし、そして今日の日は屈辱的な日となる。
上海にいた。真夜中のことであった。
前話の通り、談迷子の事務所で探していた男、雑賀故我を見つけた。
雑賀に倒されて肩を刺された女はマリナという、自分とは違い、傭兵でルルイエの付き人である、その実力は宗千佳よりも強いと考えていた。
「無視するな」
雑賀に切り掛かる。拳銃よりも、長年稽古してきた刀の方が速いという判断だ。
しかし、柳生宗千佳の刀は当たらない。
左右に避けるならわかる、しかし、雑賀はすり抜けるように宗千佳の背後にかわしていた。
柳生宗千佳を無視して、雑賀は談迷子に何かを告げると。
フェンリルがウウウと、天井かに向かって警戒をしていると事務所の壁が崩壊した。
ルルイエはええっと驚きながらも、
近くにいた談迷子の飼い猫を庇い、背中に小さな瓦礫を浴びる。
「みんな無事?ね?」
肩を刺されて倒れるマリナ、背中を痛めてるルルイエ、無事ではないが最悪の事態でもない。
ルルイエは自分のことよりも、マリナの脇を圧迫し、店にあったストールで傷口を縛った。
「頑丈な子だから、命に別状はないとは思う、でも、ちゃんとした手当をしてあげたい。救急車を呼ぶね。」
ルルイエとは別に、どこかに宗千佳は電話している。
「そう、マシーンが逃げた、人質を連れて。どこへ?街中を軍用のマシーンが走ってるんだからすぐにわかるでしょ。抑えなさい。あとトレーラーも回してください。」
柳生宗千佳は、子供の頃から、伝統的な規範のもと、規則的な稽古、同じ稽古相手、そしていつも言われた。
お前より強い武道家はいくらでもいる。と
しかし、そんな人間はいなかった。社会は道場よりも厳しいと教えられた。しかし、社会は倫理が溢れて手順を守れば理不尽な稽古をする道場より、厳しいとはとても言えない。
初めての強い敵、難しい任務に興奮しているのかもしれない。
やがて、大きなトレーラーが2台到着する。
ルルイエは同じく到着した救急車とラタトクス工業の同僚にマリナを任せた。
宗千佳の元に連絡が入り、柳生家のマシーン2体が交戦中という。
ルルイエと宗千佳はトレーラーに乗り込み、現場に向かった。
ルルイエの肩には、談迷子の猫のフェンリルがくっついている。
「その猫連れて行くの?危険じゃない?」
「危険なことは私はしないし、あの崩れかけの建物に残すのも忍びない。もともと、我々が尋ねなければこうはならないし。」
といいつつフェンリルの首をコリコリと撫でる。
ただの猫好きだ。
なーご、という声がトレーナーの中を充満させた。
トレーラーが走り出してから少し時間がして、
2体のマシーンからの応答は途切れた。生命反応はあるようだ。
ルルイエは宗千佳を怒らせないように言う。
「柳生十七衆だったんでしょ、すぐやられた二人。いまトレーラーに積んでるのもマシーンも2体、増援の到着を待った方がいいんじゃないか。」
中途半端な数字である。十七という数字は。
四天王とか、十二神将とか、語呂も良くない。
戦争や戦闘が減って、誰が強いなんてわからない。
そしたら、みんなが尊重しあって、柳生家で最強の部隊として、十七名も選抜されたのである。
宗千佳は若いから入ってはいない、入りたくもない。
四名が宗千佳のサポートとして、大陸に派遣されていた。
今やられたのは、高田と浜口の2名だった。
残りはトレーラーと一緒にやってきた村田である。
宗千佳は判断をすることになる。軍か、警察の増援を待つか、このまま突っ込むか。しかし、談迷子
「旧型の重いマシーンだかは、すぐに追いついて、私が仕掛ける。村田は様子を見てから攻撃しなさい。」
無線越しに村田から了解と回答を受けた。
ルルイエはこの判断に口出しはしない。
ラタトクス工業が雇った戦術アドバイザーだし、宗千佳もある程度は強いことは知っている。
トレーラーから宗千佳のマシーン、雷煙と、村田の雷光が起動した。
「イグドラシルに戦闘許可を求めます。」
「本日はよろしくお願いします、柳生さん、本日サポートさせていただく、戦鬪倫理アドバイザーのキャシーと申します」
若い声だった。戦場には不釣り合いである。しかし、それよりも宗千佳は若い。
「サポートを頼みます。」
「目標の機械は、市民を誘拐したUDAのパンサー、重戦用。柳生さんのマシーンの装備であれば遠距離からでも動きを止めることができます。距離を稼ぎながら時間をかけて無力化しましょう。同僚のマシーンとの連携は戦闘が複雑になり、目標の撤退を許す可能性があります。」
了解と宗千佳は回答する。
「イグドラシルへの接続手続きは完了しています。柳生さんの戦闘哲学の宣誓をお願い致します」
法律とは国のルールである。風習とは地域のルールである。倫理とは個人が正しいと考える規範である。
そのため戦闘倫理アドバイザーはパイロットの倫理観を求める。それに従い、戦術を組み立てるのである。
マシーンを動かしたまま、静かに宣誓を行う。
『柳生宗千佳の戦闘哲学は「古式と伝統こそが、理にかなっている」です。誓います、倫理に従った戦闘を』
「ありがとうございます。秩序のホーラは戦闘を承認しました」
イグドラシルから戦闘が可能なレベルでエネルギー供給が開始される。
戦争をするには兵器が必要である。通常の重油等のエネルギーで動く機械は、イグドラシルから支援を受けたマシーンには決して勝つことはない。
通信速度、単純な馬力、センサー精度どれもが違うのだ。
元々はイグドラシルのエネルギーは戦争向けに開発されたものではない。しかし、世の中から戦争や殺し合いはなくならない。せめて綺麗な戦争として管理するために、戦闘倫理アドバイザーのサポートが必要という事になった。
非倫理的な行動をおこなったものは戦闘倫理アドバイザー経由でデータベースに登録されて、戦闘によるイグドラシルへの接続は制限される。
この仕組みにより、戦争は倫理的に管理されることになった。
「見つけた。」
雑賀のマシーンを発見する。
宗千佳の雷煙は、雷の名前を持つ通り高速に動くことを目的としたモデルである。
火の名前を持つものは重武装、と言った形で分類がなされる。
ある程度パイロットの素質にあったマシーンが柳生本家から支給されるのだ。
戦闘倫理アドバイザーのキャシーは宗千佳を諌める。
「柳生さん、私は遠距離から攻撃すると提案しました。接近しすぎです。」
雷煙に搭載された巨大なハンマーを取り出して、才賀のマシーンに殴りかかる。
イグドラシルに接続されたマシーンはエネルギー供給によって装甲が増す。そんな装甲を突破するには、同じエネルギーで強化されたハンマーは効果的である。
「柳生さん、人質がいるんですよ、落ち着いて。」
2回3回、と攻撃するが、ハンマーは当たらない。
技量差があるように見えるが、避けた後に攻撃をしてこないところを見ると、宗千佳の間合いの管理は正確なのだろう。
遠くから、様子を双眼鏡で眺める、ルルイエがいた。誰かと無線で話をしている。
「映像をおくるね、相手マシーンのホーラへの申請を確認して、そう。人質をとってるんだから非倫理的でしょ。すぐに4条に従い、エネルギー供給停止申請を送信して。」
無線を切って、呟く。
「バカ正直に戦うなんて倫理的じゃないよね」
宗千佳は攻撃が4度目にもなると、攻撃が当たらないのが偶然ではない事に気づいた。
「キャシー、全然攻撃が当たらない」
「はい、加えて相手からの攻撃がありません。一度距離を取ってください。」
指示通り、火器を放ちながら後ろに下がる。
「何かを待っている?こちらのヘイトを稼がないように時間稼ぎとか。」
談迷子のデータ転送は始まっていたから、この推測はおそらく合っている。
一部だけだが。
もう一体のマシーンが介入してくる、村田の雷光だ。
村田は宗千佳が苦戦していると察したのだ。
「接近しすぎないで、何か変。」
すでに二体がやられて、今も攻撃は当たらない。
警戒というより畏怖なのかもしれない。
宗千佳は村田のおかげでさらに距離を取って発砲する。
イグドラシルからエネルギー供給を受けたマシーンは装甲が強化される。
ハンマーのような近接武器が利用されるのはそのためである。遠距離からの攻撃は大量に被弾すれば違うが、一対一では足止め程度にしかならない。
戦いが始まって大体10分程度経過した。
足止めできているのだから、時間が経てば警察や、軍も集まってくるだろう。
村田も、ハンマーで攻撃をしかけるが、今度は受け止められて、雑賀がマリナを倒したように、地面にマシーンを転がす。
「何あれ、マシーンの動きじゃない。」
キャシーが先ほど違い、若い女性らしい声を出す。
「えっ、そんな、ありえない。」
宗千佳は、いいから、状況言ってと急かす。
キャシーがルルイエからの伝言を中継する。
「貴方の同僚のルルイエさんが、民間人を人質にした戦場倫理違反に抵触するとイグドラシルにエネルギー供給の停止を申請しました。しかし、イグドラシルは該当のマシーンを確認できないとのことでした。」
「あの動きを見た?どう見ても戦闘レベルでのエネルギー供給を受けている。」
雑賀の乗っているマシーンはUDAのパンサー、軍に配備されていて、装甲が厚いいかにもマッシブな機体だ。対して宗千佳と村田のマシーンは軽快な動きが特徴である。
倒された村田のマシーンはイグドラシルに敗北判定を受けて、機能停止されている。
すでに3体もの柳生家のマシーンが雑賀一人にやられていた。
宗千佳はこの事態を飲み込めずにいた。
雑賀のマシーンがこちらに向かってきたら自分が抑えることができるのか。
ルルイエは未だに安全な距離から、ラタトクス工業と交渉していた。
「今暴れているマシーンがわからなければ、イグドラシルの管理会社なんて看板を下ろすんだ。早くエネルギー供給を止めるか、秩序軍をこちらに送って物理的に止めろ。正義の軍なんだろ。いいか、・・」
抗議の電話を止めるほど、いきなりそれは現れた。
日本の武者のようなマシーンが、ルルイエの眼前を通り過ぎた。そのマシーンは青く発光している。
「今目の前をマシーンが通過した。どこの所属だ?」
無線の先から、イグドラシルへの接続申請受理番号3、地球警備会社SYBKと登録されていると回答が返る。
「地球?警備会社ってなんだぁ。」
宗千佳は相変わらず距離を取っていたが、青く発行するマシーンが、ライフルで雑賀を攻撃する。
マシーンの登場には驚いたが、すかさず雑賀もライフルで反撃した。先程までは自分の攻撃は無視に近い状況だったのに、今は普通に対応している。
宗千佳は自分が同じ戦場にいるのか、それもわからない。それほど、青い発光するマシーンは雑賀にとって脅威なのだろうか。
間をおかず、雑賀のマシーンは鉈で関節を破壊されて行動を停止した。
キャシーは報告する。
「柳生さんの目標が達成されました。戦闘レベルのエネルギー供給を終了します。サポートを続けますか?」
宗千佳は不要である旨と、礼を伝えた。
宗千佳に残ったのは、マリナを刺された事実、人質を自分で救出できなかった事実、3人の同僚の損失、自身への無力感だった。
これが屈辱の日々の始まりでもある。
その後、雑賀は死んだと聞かされた。
人質の談迷子は戦闘中に失神しており、ラタトクス工業に保護されることになる。




