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近未来梅田地下街紀行  作者: 川中太一
プロローグ
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3/77

恥ずべき日々

話は戻り、キョウジがUDAのパンサーと交戦する少し前


中国大陸にある、UDAの公共施設、国立電子記録館には世界中のインターネット公開情報が記録されている

図書館だといわゆる文書だが、この施設は記録センターと呼ばれる、飲食店の口コミ、街のカメラ、企業の公開可能な情報を保存している

インターネットは一世紀以上前に、どっかの国の大統領が自分の批判を逸らすために破壊を考えた

破壊の方法は実に簡単である、人間が作成するよりはるかに多く、似ているがやや違う情報を大量に流し続けた

検疫は都度されたがイタチごっこである、ある程度対策がなされたが、インターネットを使う危険性と、単純に偽情報を選抜する疲労により、ネットは地図などの特定の団体の発信や、各個人間でのプライベートネットくらいになり、やがてはイグドラシルの検閲された情報網によって移行されることになった

オープンな空間よりも、管理検閲された空間を望んだのである


そういった経緯に伴い不思議な仕事も生まれた

インターネットの情報を掘り起こし、それが本物であることを調べる仕事、マイナー。データマイニング、データクレジングを扱う仕事である。


談迷子という名前の女史はそういう仕事をしている。

談は、かたりと読む。

自分の名前で電子記録館の近くに個人事務所を構えている。同業他社がほとんどいないので、大した営業もせずに自分の食い扶持は確保できている。


事務所は殺風景とは言わないが、仕事道具だけが雑然と並んでいる。


「先生、いかなごのくぎに?のレシピの注文が入ってますよ」

何人か、社員がいて、仕事を仕分ける。


料理のレシピ、ある年の地図や映像、職人のノウハウ、過去のデータには価値があるのだ。


「いかなごのくぎにのレシピは過去に記録しているな」


料理のレシピであっても、10年単位で調理法が変わることは普通だし、地域や、料理人によって様々である。

手順としては、対象の情報を探す、大量の偽情報を省くをして、顧客からデータの統合を求められた場合は似た情報を統合し、件数、情報源の信頼性のスコアを出し、考察を添えて提出する。

下手をすると数週間かかることもある。

過去のデータを掘り起こすのが仕事ではあるが、顧客から照会された情報は顧客に提供した後に事務所のデータベースに保存される。

類似の依頼があった場合はデータベースから情報提供を行い、時短を計る。ライブラリアンの役割もあるのだ。


「あったあった、兵庫の郷土料理だったね。儲け、儲け」


データベースからデータ提供は、コストがかからないから、マイナーとしてはとても嬉しいのである。


データの仕訳は主観にも左右されるし、工程とデータベースが充実していることがマイナーとして差別化要因であった。つまり顧客は自分の考えに近いマイナーを探す必要もある。

客観性が高いか、特定の宗教観、科学に基づいて、等々あるが、談迷子は構造物の情報のデータマイニングが得意である。

談迷子は3代目、データベースと、主観を引き継いで事務所を経営している。

談迷子という変わった名前も受け継がれている名前であった。


寒い日だった。その日は事務所の職員を帰らせて、決算を確認していた。

事務所には白い猫と談迷子だけになった。

決算の仕事は本当に面倒だ、何回やっても何回やっても数字が合わない。

全てのデータがデジタルで管理されてもそうなのだ。

機械に任せて自動的に整理させてもなぜか合わない。結局は運用する人間に問題があるからだ。


決算処理をしながら、半年がかりの仕事を抱えていて、納期を考えると本当はそっちも着手したい。

少し疲れて、休憩のためコーンスープを作る。

「フェンリル、あんたも飲むかい」


猫はフェンリルというようだ。猫用のスープも作り与えると、談迷子のことを一瞥もせず、飲み続ける。

「あー、私も猫になりたい」


事務所のドアが開く音がした。

「ごめんください」

男が立っていた、その後ろに不機嫌そうな若い女性?女子?が二人。


談迷子は閉店していると告げるか迷ったが、話だけ聞くことにした。

「はい、はい、なんでしょう」


男は写真を見せて言う

「何日か前に、この男が来ませんでしたか?探してまして。」


談迷子は写真を見もしない、写真を見ると反応で知ってるかがわかるかも、変に勘繰られるかも、顧客情報を第三者に出すことはない、面倒だからでもある。

「警察の方?ですか?」


立ち話のまま話は進む。

「すみません、倫理的ではありませんでした。怪しかったですね、ラタトクス工業のルルイエといいます。お会いできて光栄です。談さんは、データーマイニングでは並ぶ人はいないと聞きます。」

ビジネススーツを着た男は名刺を差し出して、さらには社員証を出す。

社員証のチップを談迷子は読み取って、顔や背丈を照会し、嘘ではないことを理解する。

ラタトクス工業は民間企業であるが、イグドラシルの接続を管理する役割があって、永世中立企業と呼ばれる。

身元を証明しても顧客情報を渡すことはないが、不審者ではないことで談迷子の緊張をほぐした。

とはいえ、定時後に現れて、どうも雰囲気はうさんくさい男である。さらには人を探しているとは。


追い返してもいいが、顧客情報は渡せないというやりとりをもう少し続けた。

ラタトクス工業は世界基盤を管理しているため、行政に近い立場だから、蔑ろにするのも憚れる。


「では、写真は良いとして、青い髪の少年はこちらにこなかったですか?」


確かに依頼人の中に青い髪の少年がいた。

「答えかねます。」


ルルイエはその回答時の表情から知っていると判断した。

「なるほど、尋問は倫理的ではないですから、ちゃんと説明しますね。われわれの探している人が倫理犯罪行為をしていたとしたら?」


「イグドラシルの定義する倫理は個人に依存するはずです。契約した人・・していない人でもその情報を他人に渡すという仕事を私はしていないのです。もし、必要であれば令状を取ってもらえば、市民の義務として情報提供に応じます。」


猫のフェンリルは退屈になったのか、ルルイエに近づこうとするが、迷子が持ち上げて静止する。

触ろうとしたルルイエは少し寂しそう。

そんなやりとりをしていると、事務所のドアがまた開いた。


あっ、声をあげる。


黒髪の中年が事務所に入ってきた。写真の男である。


半年前のこと、青い髪の少年と、中年の男が大阪梅田の地下空洞の構造マッピングの依頼に来た。

梅田の地下といえば世界最大の広さで、常に構造が変化する。

あまりにも掘りすぎて作りすぎて正確な広さは誰にもわからない。

年代別に過去にインターネットにあった情報をもとに整理するという依頼だ。

この依頼はよくあるのだ。そもそも、梅田の地下空洞は迷宮と呼ばれるほどに広い。

元々は太閤秀吉が、巨大な堀を作り、湿地帯を固めて掘って、時代が進んで商業施設が入り、大阪の中心になって、更に人が流入して、掘って掘って掘りまくった。

データマイナーという職業では梅田の地下空洞はよくある目標となる。

世界には10弱の梅田大空洞の推論図が存在し、その中のどれが本物に近いかというのは議論されている。

談迷子は初代が作っていた地図作成を先代から引き継いで行っている。そもそも、上海に事務所を置いているのはインターネットアーカイブがある、国立データセンターの情報を参照するためであった。

納品用には作っていないし、まだ途上のため、前述の推論図以上の精度は出せないと断りを入れたのだ。

それから何度か繰り返しこちらに依頼内容を変えて訪問している。

その内容は、いずれも梅田についてだった。当時の美味しい中華は?泉の広場はなぜ泉がなくなった?等の地図とは別の依頼だ。


その依頼者の中年が事務所に入ってきたのだ。


ルルイエの連れの女が、人間離れしたスピードで間髪入れずに掴み掛かったが、逆にすてん、と地面倒される。間をおかず、地面の女の肩へ、どこからか出しだナイフを突き立てて動きを封じた。

ルルイエは驚いてか恐怖で動けない。


談迷子にゆっくりと向かい中年はニコリと笑いながら言う。

「物はできましたか?楽しみでして」


目の前で人が刺されて、気が動転している。

「あ、あと半日ほどで完成します。」


「へぇー、すごい!本当にすごい。」

中年の男は子供のように喜んでいた。


「無視してんじゃぁない」

ルルイエの連れのもう一人の女が、中年の男に腰の刀で抜きながら切り掛かる。

一瞬ルルイエは静止しようとしたが、運動神経悪いので全然間に合わなかった。

ひらりと、かわされて、中年の男は迷わず、談迷子の手を掴む。


「邪魔が入りましたので、我々のところに、お連れして仕事を完成させてもらえないでしょうか?」


「えっ?」


そう言った瞬間、事務所の壁が割れて、マシーンが現れた。

ええええ、自分の賃貸事務所が破壊されている。

ラタトクス工業は警察に準じた活動も実施している。荒事の対応もあるかも。

それにしても予想外だった。


刀を持った女はどこかに電話している。仲間だろう。

「マシーンに襲われている、急いでこちらに来い」


事務所は瓦礫だらけになって、談迷子はマシーンのコクピットに詰め込まれていた。

狭い空間に、先ほどの中年と一緒に。

「雑賀さん!これはどういうことですか?事務所を破壊して」

談迷子はかなり怒っている。普段は感情を出す人ではない。


街の大通りをマシーンが走っている。

運転はほぼオートであった。雑賀と呼ばれた中年は特に気にしている感じもなく答える。

「すみません、修繕費と迷惑料は支払わせていただきます。どうしても仕事を完了してほしくて。」


金の問題なのだろうか、しかも、一人ナイフで刺されて、事務所は事故物件になったのでは?

「その、金にはあいにく困っていません。」

反社の人間からの振り込みはそもそもどういう扱いになるのか、とかを考えていた。


「じゃあ、ラタトクス工業のいう倫理の話かな?そこに関しては私が悪い、悪いんだから謝るし、金も払う。それ以上は何もできないよ。少し揺れるよ」


大通りを曲がったところで、マシーンが2体立ち塞がる。

左右のコントローラーを巧みに操作したかと思ったら、マシーンは沈み込み、跳躍し、立ち塞がったマシーンの首を蹴り飛ばした。

特になんの感情もなく。

大きく揺れたコクピットの中で談迷子は目を回す。

もう一体のマシーンは、目の前の光景に驚いて固まっていた。

その隙を見逃すわけもなく、もう一体のマシーンもすぐに無力化された。


軍用の機体の運用について談迷子は知らないことだが、本来はイグドラシルへの申請が完了しないと、イグドラシルからエネルギー供給が不完全になり本格的な戦闘はできない。

このようなお互い不意での戦闘は距離をとって申請をするのが決まりである。

つまり、あり得ないことだったのでもう一体のマシーンは驚いていたのだ。


「目を回しているところ悪いんだけど、仕掛かり中のデータをもらえないかな?元々の報酬は満額だすから」

威圧も何もない言葉だった。


少し迷ったが、梅田の情報でしょ。

犯罪者に梅田の情報を渡して悪用される?

私は渡して無価値になったら殺される?どうでもいい梅田地下街の情報を?


自分でも思わぬことを聞いた。

「雑賀さんは犯罪者なのですか?」


「ラタトクス工業の規範ではそうだね、彼らの倫理観には属さないから。」


「人を刺して、事務所破壊して、街中でマシーン同士やりあうって、どこの倫理観ですか。」


「関西人?ツッコミがうまいね。だから、僕の倫理観だってば、安心してよ、データをもらっても殺しも危害も加えない事は約束するよ。報酬も払う」

正直迷うところだ、後からバレて犯罪者とわかっていてデータを渡したログを警察に詰問されたら、お金ごと凍結されるかも。


「追われてる理由がこのデータじゃなければ渡してもいいですけど、その証明はできないだろうし、報酬も使えないお金じゃ意味ないです。」

賢明な問いだった、その人ではなく対価に対する価値を疑う。


「約束するよ。彼らが追いかけているのは僕。そして君の店に出入りしている事がばれてやってきただけ。君の情報を楽しみにしてたから、ややこしいことになる前に受け取りたいんだよ」


うーん

少し悩んで、今回依頼のあった梅田の郵便ポストの位置情報と写真についての情報を転送することにした。

この情報が犯罪に利用されるとは考えにくい。

渡さずに危害を加えられるよりも従う方がいいか。

改ざんした情報を渡すことも考えたが、職業上偽のデータ作成は信用問題になる。


雑賀はデータをここに送信してと、送信先を示した。

転送時間残り時間15分。


談迷子は後で情報を渡したことを後悔することになるが、字の通り実際はそれは後からの悔いであり、今は最善を選んだ結果でもある。


「ありがとう、また依頼お願いしますね。」


やりとりをしていると、また、一体、二体とマシーンが現れる。


ルルイエもようやくトラックで追いついた。

「柳生のマシーンがすでに二体潰されてるじゃないか、脆すぎないか、お嬢ちゃん」

先ほどの刀を持った女がイラついた顔をしている。


騒ぎの夜はもう少し続く。

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