騒乱のはじまり
【マカオ 連合訓練基地】
機械の整備室にはギークと言われる若者がいた。
若者?いや、少年にも見える。
音声放送を聞きながら、何かの機械を解体または修理していた。
音声放送からは何かの対談が流れていた。
「では、槙島博士はなぜ、人類が人工知能を完成させれないとお考えなのですか?」
「ご質問ありがとうございます。その質問に対しては何度も考えてきました、答えてきました、しかし、何度でも同じ結論になる。それは人間側に欠陥があるかです。」
「人間の欠陥?人口知能と、どういう関係があるのですか。」
ギークは何度も、何度もはるか昔に行われた、この対談を聞いてたので、同時に口ずさむ。
『人間は完全を求めるが、自身が完全ではない。そればかりか知能とは悪質な混沌です、完全ばかりで、そこを目指さないからだ。』
インタビュアーはそれに対して
「ではなぜ、それを理解した槙島博士は人工知能を生み出していないのでしょうか?」
なるほど、と少し間をおいた博士は
「悪質な混沌なんてものは私も、誰かしも、少しも欲しくはないからでしょうね。」
そう締めて対談は終わる。
キョウジを檻から出した将官は、三谷と言った。
季節は早春。キョウジの檻を訪れる前の話。
三谷はマカオの連合軍基地から呼び出しをくらっていた。
マシーンの戦闘訓練ができる基地はアジアに三ヶ所しかない。シンガポール、クアラルンプール、そしてここマカオ。
世界基盤イグラシルに接続することが前提の人型兵器は、接続許可を受けれる大規模訓練施設が限定されている。
イグドラシルのコンセプトではそもそも軍事訓練自体が戦争を助長するものであると考えられているためだ。
そうした理由もあり、ここで行われる訓練の内容はまちまちだったが、災害救助の連携や、メカニックの訓練といった、戦争とはあまり関係のないことがメインだった。
とはいえ、三谷は訓練施設なんてものは、油臭いし、男臭いし、煙草も吸えないし、で気に入らなかった。
実際、三谷のような金髪で長髪のモデルのような男は軍事施設には似合ってはいなかった。
「三谷さんじゃないですか、珍しい、訓練なんて興味ないと思ってました。」
青年だった、好青年というのはこのような男を言うのだろう、三谷がこの場所に不似合いであれば、正しく軍人らしい風貌だった。男はバトと言った。
「ギークとアポイントを取ってある、不機嫌そうな顔をして三谷が来たと伝えてくれ。」
バトは少し待つように返答の後、どこかに電話連絡をして、了解を得たようだった。
「機嫌を直してから、整備棟の事務室まで来てください、ですって。」
ふーん、と三谷は呼びつけられて出迎えもされないことが不満だ。
バトは案内する。
「三谷さんのような有名人が来てくれたら、基地のみんな喜びます。また前線に出るんですか。嬉しいです。前回の作戦での活躍も、今でも嘘なんじゃないかっていう人がいるくらいです。そういうやつらに見せつけてやりましょうよ。」
無邪気な青年だった。
「どうだろうな、最近は大きな役目も回ってはこない、書類の整理くらいだ。」
三谷は、軍の中でも叩き上げとして有名で、2年前に劣勢の中で遊軍と傭兵を取りまとめてudaを大きく押し返した事が伝説だった。実際は軍の広報が努力したと三谷は言うが、イグドラシルで戦争が効率化した中では数の不利を覆した実績は大きく扱われる。
いつまで経っても実際のところは誰もわからないので、三谷の存在はミステリアスな扱いを受ける。
ここに、いるはずです、と、整備棟のドアをノックする。すると整備エリアの方から声がした。
「違う違う、こっちこっち」
ギークと呼ばれる男は、整備中の横たわった機械のコクピットの入り口に座っていた。
端末を機械に接続している。メンテナンスの途中だったようだ。
バトは軽く会釈して私はこれでと、引き上げていった。
「いやー、将官殿ほどの方がこのようなむさくるしい場所に来ていただき光栄でございます。」
お前が呼んだのだろうと、三谷は心の中で思いながら適当に流した。
ギークは、メカニックというより、学者とかそのような風貌だ。
元々は大学で教授をしていたらしいが、研究に没頭していき最後は研究の時間を学生にとられるのが嫌になって自分の自由にできる軍属になったらしい。
三谷とは古い付き合いもあったから、会話が軽かった。
「こんなオイル臭いところに呼び出してもらってこちらこそ嬉しい限りだ、腹が減ってるんだ。早く要件を言え。」
へいへい、と
「この機械を見てくれ、ニュースで見たか?4日前に上海で暴れてたUDAパンサーのコピー商品だ。どうだ、すごい精度だろ。」
パンサーはUDAが配備している標準的な機械だった。
「機械に興味はない。」
「これほどのコピーはなかなか出会えないぜ、でもそれだけじゃないんだよ。見てみろよ」
接続された端末のモニターを指差して、ここだよと。
三谷が眉を歪める。
「イグラシルコネクト?コピー商品が?」
真面目な顔をしたギークがうなづき、空を指差す。
そこには昼間にもかかわらず、はっきりと星が見えていた。
その星はイグドラシルと呼ばれるエネルギー供給システムの演算装置だった。
今、目視できる物と、あと二つ、合計三つあり、各星が超高速通信、運営規則をもって運営されて、総じてイグドラシルと呼ばれる。
イグドラシルに接続する機械は動作のほとんどを、イグドラシルの演算装置の自動制御に依存している。更には、マシーンの各制御ユニットはケーブルではなく、イグドラシルの超高速通信で相互連携を行なっている。
この構造がマシーンというもの、もっと言えば戦場の定義を決定づけていた。
航空戦力への的確な迎撃、足場を選ばない機動力、全ての戦略はイグドラシル搭載マシーンを中心に考えられるようになっていった。
イグドラシルへの接続には強度があり、戦争で高い強度の接続をする場合にはラタトクス工業の戦闘倫理アドバイザーに戦闘オペレーターを務めてもらう必要がある。
工事現場の重機や、一般車も接続してエネルギーを得ているが接続強度は低く設定されているのだ。
コピー商品に対して、戦闘レベルでエネルギー供給されることはない。それが決まりだからである。
「そう・・・、イグドラシルへの接続を完全に行えている、まさに神を騙している、魔法使いか、悪魔の所業さ。」
イグドラシルは、ラタトクス工業が運営している、80年前には、全ての接続機器がイグドラシルへの接続時にラタトクス工業への申請と承認が必要となる。
その管理は何よりも厳重で、接続の監視がプログラムとオペレーターで年中24時間体制で行われて、不正利用は即時遮断される。
この運用体制がUDA、連合のどちらでもフェアに利用でき、戦場の秩序の維持にも貢献している。
「どれくらいのパフォーマンスを接続で得ているんだ?」
三谷は問題の深刻として理解しつつあった。
過去に一度だけ、ハッカーがイグドラシルをハックしているのを見たことがある。それでも、15分程で異分子として切断されていた。
完璧な接続は見たことがない。
「このマシーンは連合のマシーンを3機破壊するまで大暴れした、最後は破壊されたけどね。」
ギークは興奮しながら続ける。
「ホーラの戦闘許可すら記録がない。しかも、しかも3機を撃墜とくれば、アクセス権限が・・」
三谷はまさかと思い
「管理者権限を利用している?」
ギークは指をパチンと鳴らす。
三谷の飲み込みの良さを好ましく思っていた。
「このデータを見て、俺もバックドアを最初は疑ったんだ。でもね、驚くべきことに正規接続よりいい状態なんだ。」
バックドアで入ったとしても状態が正規よりよくなることはない、それはより高度な権限が割り当てられていることを意味する。
三谷は息を飲む。
「イグドラシルからのエネルギーを戦闘濃度を超えて引き出している?」
「だからこそ管理者権限なんだろうね。中継ポイントから管理者権限で接続して、コピー商品に連携しているんじゃないかな。」
三谷はなぜ呼び出されたのかを理解し、事態は重大だった、ラタトクス工業に管理されないマシーンをUDAが戦場に大量投入すれば戦場の秩序もそうだが、連合は圧倒的不利になるだろう。
「で、この話をしてどうしてほしいんだ?諜報部への連携か、ラタトクス工業へのクレームの報告書作りを手伝えばいいのか。」
「それは・・」
聞き慣れた声が聞こえる。三谷には最悪に感じただろう。
このような上位の役職が来るような場所ではないからだ。
「だれよりも早くこの中継ポイントを確認し、速やかに破壊してほしい。」
声の方向には壮年のマクマホン中将がいた。
「わたしは軍事の専門家ではあります、これは諜報部の仕事では?」
「繰り返しになるが、誰よりもだ。諜報部よりも早くということだ。そのために軍の資源と資産は制限なく自由に利用して構わない。」
ギークは口を挟む。
「そういうこと。こんなややこしい荒事の適任は一人しかいないの」
この世界では倫理的ではないことの逆を荒事という、管理された世界の住人は荒事の対処には通じてはいない。
要件を伝えられず、呼び出された時点で、元々ろくでもない事が起きるとは思っていた。
三谷はすぐに断るメソッドを持ち合わせていなかった。
書類整理の仕事が好きではなかったが、中央から遠ざけられてフィールドワークを今更するのは正直しんどい。
少なくとも今の世界の戦争は平和である。
戦争が平和というのは歪な表現であるが。管理された兵器、管理された戦術、全て倫理的に問題ないかを評価されての戦争である。
人死も過去に比べると極端に減った。人を殺傷する兵器、戦術は倫理的ではないからである。
今回の事件では、明らかに倫理的ではない兵器が使われている。
中将は、
「このイグドラシルを用途に関わらず無制限に利用できる権限は人類にとって脅威だよ。連合の中にも悪用を考える人間がいるはずだ。双方どちらかのパワーバランスが崩れれば望まな事態になる。」
静かな声だが、低くて聞き間違えのない落ち着いた声であった。
三谷の背筋は伸びて、上官の言葉を聞いている。
自分の得意分野ではない諜報活動のような任務は不服であったが諦めた。これ以上やりとりをしても、断る事はどうせできないのだから。
「理由は想像できました。とりあえず、このマシーンのドライバーはどこです?早急に尋問する必要があります。」
中将はそれが、といい。
「死んだ、機械同士の戦闘で民間警備会社のドライバーに殺された。」
民間警備会社のドライバーの名前はキョウジと言った。




