戦闘哲学
何よりも遠い遠い場所を目指した無人探査機があった。
誰かに何かを探せと飛ばされて、200年間宇宙の果てまで何かを探していた探索機は、何らかの生命を見つけた。
見つかった生命をロマンチックに受け取った者もいたが、不気味さを感じた者もたくさんいた。
【上海 郊外】
残暑の日差しのせいで喉の渇きがより強く感じられた。
「白洲?しらす?」
年配女性の声だった。
「そう、しらす、きょうじ」
若い男は答える。
「本日はよろしくお願いします、白洲さん、本日サポートさせていただく、戦鬪倫理アドバイザーのフランと申します」
「フラン。よろしく」
コクピットに白州キョウジはいた、浴槽の中のような狭い空間。
戦闘用の機械の中にいた。
機械は人型で灰色と青色、7メーター程度の高さだった。東洋の鎧武者のような風貌。ライフルを背中に、大きな鉈を腰に備えていた。尻尾があり、躯体のバランスをとっている。
フランの声はキョウジのヘッドセットから聞こえていた。特に広い空間でもないので、声が空間を支配しているようで不快に感じる。
「目標の機械は、民間人をさらって逃亡したUDAのパンサー、重戦用。残念ながら白洲さんのマシーンのライフルではダメージはほとんど通りません、ミサイルでの牽制の上で、鉈による関節系への攻撃が必要です。」
キョウジの眼前には、対峙する人型の機械がいた。
距離は150メーターくらいだろうか。
「イグドラシルへの接続手続きは完了しています。白州さんの戦闘哲学の宣誓をお願い致します」
『誓います、倫理に従った戦闘を』
「ありがとうございます。秩序のホーラは戦闘を承認しました」
声とともに2体の機械は行動を開始した。
キョウジの機械が、ぼんやりと青く発光する。
「白洲さん、エネルギーの効率が悪いようです。漏れている様に見えます。」
エネルギーは機械の各ユニットに直接イグドラシルから転送されている。
イグドラシルは、ワイアレスで機械へのエネルギーの供給、高速通信、制御の演算を行なっている。
エネルギー供給を体の各箇所のレシーバーがうまく受信できない場合にバーナーの不完全燃焼のように、発色することがある。効率が良くないということだ。
「フラン、問題ない、仕様なんだ」
対峙する敵はライフルを腰に構えると、キョウジに向かって攻撃する。
キョウジのマシーンに比べて機敏な動きである。
マシーンの差が明らかでありつつも、キョウジは相手から射出された弾の軌道を数センチで外しつつ距離を詰めながら同時にライフルで牽制をする。
フランはキョウジのマシーンが関節から青い光がさらに大きく漏れて、加速しているように感じた。
「すごい、どうやって避けてるの」
マシーンの性能差ははっきりしているのに、敵の攻撃はキョウジのマシーンには当たらない。
人の形をしていると言っても重機であるから、ある程度の被弾が前提としてあるものである。
フランの提言通り、キョウジの鉈が相手のマシーンの股関節に食い込み、行動を不能にさせた。
キョウジは鉈を振り上げてコクピットごとパイロットを潰そうとした。
そのそぶりを見せたところでキョウジのマシーンはガクンと崩れ落ちる。
「白洲さん、戦闘は終わりです。秩序のホーラは貴方の勝利をイグドラシルに申請して相手の機械を無力化します。これ以上は私闘として見なされ、貴方のマシーンも無力化されることになります。」
キョウジは、怒るでもなく、悲しむでもなく、淡々と言う。
「このドライバーは私事でたくさん人を殺している、これからもたくさん殺す。今すぐ殺すべきだ。放置すると被害が増える。」
フランは慣れていた。このような問答こそが戦場での仕事なのだ。
「他人が何人と人を殺そうと、貴方が人を殺す理由にはなりません、司法に委ねるべきです。特に戦争犯罪は複雑に物事を捉える必要があり、貴方の感情が更に戦場をややこしくすることになります。司法の裁きであろうと、貴方の裁きであろうと被害を受けた遺族には変わらないと理解してください。」
「だめだね、だ」
キョウジはコクピットから刀を持って飛び出した。
相手のマシーンに取り付き、ハッチを強制的に開けようとする。
「無駄です、コクピット部分はイグドラシルのサポート無しには開けることはできません。落ち着いてください。」
フランの言う通りだった。マシーンは人命を優先するため、内部からまたはイグドラシルの支援がないと開かない。機械であれば破壊することも可能ではあるが、決着がついたあとには、ただコクピットを破壊するだけの行為を検知すればイグドラシルはその犯罪行為を許さない。
「問答は必要ない」
ヘッドセットを通してフランは説得を続けていた。
「白洲さん、貴方のマシーンへのイグドラシルからのエネルギー供給を停止します。落ち着いてください。白洲さんの証言は記録されていますし、相手のドライバーの犯罪の記録もあります。司法に委ねるべきです。」
キョウジのマシンはエネルギーが停止して行動不能になった。
フランは白州がコクピット内のドライバーに手を出せないと思いながらも説得を続ける。
「白洲さん、ここで貴方が殺すのも人殺しの罪を増やすだけであることを理解してください。」
キョウジは刀を抜いて、フッと短く息を吐いた。そして吐いた息よりも多く吸う。
ひとーつ、ふたーつ、みっーつ
息を吐きながら、数字を数える。心を落ち着かせるように。
ゆっくりゆっくり、キョウジはコクピットに刀を突きつけて
バターにナイフを通すように、コクピットの外側からコクピットの壁面ごとパイロットを刺し貫いた。
フランには状況が信じられなかった。マシーンのカメラから鮮明に映像が送られていたが、銃火器も爆弾も持たず、コクピット内のパイロットを害した?イグドラシルに提供されているパイロットのバイタルデータは死亡を表していた。
この時点で、キョウジの戦闘犯罪の証拠は完成していた。
「最悪だわ・・」
フランは自分の管轄で死者を出した事実が受け入れられなかった。
【青島 拘置所】
西暦2884年
戦争はユーラシア大陸全土に広がっていた。
西側のUDAと、東側の東部連合は長く戦いすぎて戦線を合理化し、支配地域も複雑化していた。
キョウジはチンタオの拘置所に収監されることになった。
少し経ってからら、軍服の将官が現れた。
看守にしろ、所長にしろ、本来なら尋問をする場合でも軍の施設に移送してからするもので、拘置所のようなところに偉い人が来られると受け入れ側の対応が面倒だったから施設からは歓迎はされなかった。
拘置所の人間は普段、それほどの激務ではないが仕事が増えること自体が嫌なのだ。
それが表情に現れた所長の不遜な案内で、白州の檻の前に将官は案内された。
「何も、こちらまで来ていただなくても、役所の方に移送しましたのに」
役所とは基地のことを含んだ軍事拠点全般をいう。
「お手数をかけてすまない、こちらの都合だ」
将官は礼儀として答えたが、何も感じてはいない。
檻の中から窓の外を見る収監されたキョウジの姿があった。
両手両足に電子の腕輪型の手枷がついていた。警戒されているのだろう。
窓の外は運動場、外を見ても拘置所であることは変わらないが、それでも息抜きにはなった。
「お前が白洲キョウジか?」
男は東部連合の軍服を着ている。
白州は窓から外を見たまま答えなかった。
不機嫌になる様子もなく、将官は続けた。
「窓から何が見える?」
なぜ殺したか?どうやって殺したか?後悔はしていないのか?
色々と尋問されたが、こんなにどうでもいいことを聞かれたのは初めてだった。
キョウジは特に何も答えず、振り返って将官の顔を見る。
スタイルがよい、鼻筋が整った金髪で長髪の男だった。
それも軍属とは思えない長い髪。
声は落ち着いていた。キョウジは自分と同じように若いように見えるのに自分との違いに不思議だった。
キョウジは檻の中で立ったまま答える。
「要件は何です?懺悔を聞いてくれるの?」
キョウジは早く話を切り上げてしまいたかった、
「説法は苦手でな、ただの取引だ。釈放させる代わりに作戦への参加を要請する。」
「作戦?」
将官は、そうだ、と相槌をして続ける。
「作戦の内容は承諾しなければ詳しくは言えないが、イグドラシルシステムに問題が起きている。解決のために行動する人間を探している。」
断った場合どうなるのだろうか、作戦への参加よりそちらの方がキョウジには重要だった。
キョウジの起こした犯罪はイグドラシルの倫理違反に加えて戦闘殺人と極刑が一般的である。釈放と言っても一時的な処置に過ぎないのだろう。
「もし、断った場合は?」
将官は、
「何もない。」
この後、将官は考えておいてくれとだけ言い、帰っていった。
キョウジには選択肢はなかった。




