結界
ウサギは知っている。
この鈴は結界である。
思えば天根が野営からいなくなったのは結界の影響で攫われたのかはぐれたのか。
できればそのまま帰らぬ人になってくれればいいと思った。
問題は目の前にいる見知らぬ男である。
先程いた雷蔵と呼ばれる大男はではない。
「お前が誰だか知らんが、敵対する理由はあるのか。」
目の前の音は仮面を被っている。
犬の面。能の面というよりかはもう少しコミカルな面だ。
静かに短刀を構えた。
「そろそろ寝るところだったんだ。体を動かして興奮すると寝付きにくいのに。」
ウサギは近くに落ちていた小ぶりの枝を3本拾った。
犬面は短刀を右にやると同時に鈴の音が止まる。
結界は人の意識を混乱させる効果があるようだ。
音を止めたのは正々堂々と結界を使わずに戦うということだろう。
ウサギには戦う理由もないが、売られた喧嘩は必ず買うスタンスだ。
犬面が音もなく、返答もなく切りつけてくる。
その鋭さにウサギは少し慌てるのだ。
連続攻撃でウサギの首を掻っ切ろうとしたとき、犬面の背後から音がトンっという音が聞こえる。
少しだけ気を取られた、次に肩にコンっという軽い衝撃があった。
ウサギは背中の死角から枝を上に投げたのだ。それも適当に。
僅かでも気を逸らすためだ。
一瞬、ほんの一瞬だけ犬面は気を取られた。
瞬間、ウサギは残りの一本の枝を手の甲に突き立てた。
痛みと警戒で狐面は後ろに跳ねる、傷つけられても、それでも短刀は保持したままである。
「離さないとはやるね。」
犬面は腰につけた筒状の何かに火をつける。
すぐに辺りが煙で包まれた。
「煙幕か、毒や催涙効果はなさそうだね。せっかく視界を奪ったんだから、鈴も使えばいいのに。」
ウサギの耳は索敵用の兵器でもある。
だから、視界を奪うだけでは何も不自由はしない。
はずだった。
ジリリリリンと耳から音が響く。
『おい、ウサギ聞こえるか、どこにいる。こっちは交戦中だ。』
天根の大声だった耳経由で通信が入る。
「うるせぇ、いま通信してくるな。」
視界に加えて聴覚も封じられた。
『あ?なんだって?』
今度は逆に犬面に短刀突き立てられそうになる。
寸前にかわして戦闘体制を組むが、天根の声がまだ響く。
何度もその間犬面の男が攻撃を仕掛けてくる。
ついには右肩を負傷した。
足元も岩場で全てが最悪である。
『おい、おまえなにしてるんだ。』
「うるせー!黙ってろ。」
『なんだその態度は、くたばれ!』
ガチャンッという音がなり、通信が切断された。
通信が切断されてようやく、聴覚と索敵が回復した。
「あいつ絶対に嫌がらせしてやる。」
犬面の男は攻撃がウサギに当たらないことに困惑している。
面にはサーモグラフィーが搭載されており、視界は良好である。
前から、後ろから、はては上から攻撃を仕掛けてもウサギはギリギリで身をかわす。
少し距離とって、一気に首筋を切りつけようとしたとき、短刀の刃先をウサギの足の指がとらえている。
片足をあげて器用にバランスを取っていた。
体をくるっとまわして、刃先を捻る。
犬面の男は流石に短刀を離す。
奪った短刀を持つウサギにもう負け筋はなかった。
だが、再びジリリリリンという音が響く。
『おい、ウサギ、さっきは怒鳴ってすまなかった。しかし、いい加減にしろ。』
聴覚が再び封じられる。
「うるせー!!」
少しだけ、集中した。
頭に直接響く通信を無視する。
聴覚を遮断し、中途半端な視界を遮断し、空気の流れを読む。
考えをまとめる。
犬面の次の攻撃に合わせている。待っている。
そうして、あまりにも自然に地面に引き倒した。
「まぁまぁ、強かったよ。」
そういい、短刀を犬面に突き立てようとすると、体は葉っぱになって飛んでいった。
ウサギは知っている、この技法を。
「ちっ、風魔か。」
少し、別の場所で天根は猿の面をつけた男に襲われていた。
猿の男は三人もいる。
それぞれ連携をしながら襲ってくる。
天根は野営をしていて、気づくと一人になっていた。
自分の意思ではぐれたわけではない。
流石に三人は厄介だ。
天根はどの手だれでもある。
猿達は綺麗に連携している。
木の上から、岩の下から、土の中から、あらゆる不意打ちを絶え間なくしてくるのだ。
ウサギの耳のセンサーがあれば簡単に捉えれるのかもしれない。
もう一度コールする。
「おい、こっちにこい、早くだ。」
『お客様のおかけになった電話番号は現在では使われておりません。ピーっという音の後、腹をかっさばいて、死んでください。』
わりと深刻な状況だったので、いらついて耳から電撃を流す。
電撃を受けたウサギの悲鳴は四方から聞こえていた。方向が定まらない。
これが鈴の結界の力なのだろう。
しかし、ウサギの悲鳴は一定のリズムで動いていた。
それを天根は逃さなかった。
何か法則性があるようだ。
加えてウサギが電撃を喰らって焦げた匂いだ、この匂いも法則性があり、音の発生源とずれている。
しかし、このまま電撃を加え続けるとウサギの命にかかわるかもしれない。
「まぁ、それはいいか」
『おまえ、まぁ、いいかって何だ!絶対殺してやる。』
悪態ではない、本当の殺意である。
「大体法則がわかった。」
わずかな距離である、茂みを越えると、ウサギがいた。
「無事だったか!」
天根がそう声をかけると、全く動けないようだ。
「お前、いずれ殺す。」
ウサギの耳を掴み、索敵を開始する。
猿面の一人が姿を現した。
天根は宣言する。
「おまえは仲間を傷つけすぎた。ただで帰れると思うなよ。」
猿面の面が半分に割れた。
何が起きたのだろう。
天根の手には鎖があった。いわゆる鎖鎌だ。
鎖の先端の分銅が猿の面を割ったのだ。
猿面の男がその場に倒れた。
先ほど確認しただけでも、あと二人はいる。
さらに、ウサギの索敵に何人かいることがわかった。
次は二人同時に攻撃があった。一人は鎖をぶつけて吹き飛ばし、一人は鎌で攻撃を受けて、動きが止まったところを鎖で縛って捕縛する。
ウサギからチッという舌打ちが聞こえた。
すかさず電撃が流れる。
捕縛した男を含めて全員、葉っぱになった。
「おい、ウサギこいつらはなんだ。」
「昔見たことがある。厄介なやつらさ。」
天根は宗千佳の安否を気にしていた。




