大峰山脈
【大峰山脈】
天根と宗千佳とウサギは大杉谷から吉野に向かって歩き出して、半日が過ぎた。少しずつあたりが暗くなってきている。
大峰山系は山深い。
この山中で敵に見つかるのは気にしなくていいだろう。誰もここには来ないだろう。
見渡す限りどこまでも山だ。
あまりの雄大な景色に吸い込まれそうな自然と表現する人もいる。
人が立ち入ることはないような深い山だが、道は不思議と整備されているように見える。
現地の人か、それとも修行僧か。
山中は和歌山から多くの行場があり、山伏や修行僧の憧れの地でもある。
いつの時代も山岳信仰の中心とされる。
加えて大きな自然の中と思えば、広く広がる杉からは、人が植樹した形跡も見られて、人の文化が大きく影響している。
人とすれ違う事はほとんどない。
ところどころの木に鈴がつけてある。
現地の人が迷わないように道を案内しているのだろう。
それにしても、山があまりにも深い、ここで怪我をしたらもう自力では帰れない。
「ねぇ?」
宗千佳は天根に語りかける。
「ねぇ、聞いてるの?」
天根は少し休憩しようと、岩に腰掛けた。
「で?なんだ?」
「今日はどこまで歩くの?ずっと、ずっと、ずっと、登りばっかりで。」
「嫌になったか?」
「気持ちの問題じゃなくて、身体の問題なの。そのうち歩けなくなる。」
どれだけ科学の力が進んでも人間の道は人間しか歩けない。
マシーンでは進めないような悪路である。
柳生忍軍の小型マシーン風起クラスであれば可能かもしれない。
天根は悩むところだ。
「まともな宿にありつけるのは吉野についてからだよ。早く進めばその分、まともな寝床にはなる。もう少し進みたかったが。」
鳥羽では寝袋と、3日は飲み食いできる分の物資は調達している。
宗千佳が弱気に見えるが、大きな荷物を持っても影響もしない、天根とウサギが異常なのだ。
先程まで鈴を鳴らしていた風の音が止んだ。
ウサギが何かに気付いたようだ。
天根はどうしたと聞く。
「虫がいないぞ。」
確かに先ほどまでは虫が多くいた。
今は見なくなった。このあたりは針葉樹林でもない。
天根はウサギに問う。
「何を言っている、虫がなにかあるのか?」
「ゴミにはわからんのか、これだけ虫がいないということは、誰かが何かをしている。」
「・・古風な。」
そのやりとりのあと、少し悩んで、天根はこれ以上動かずに、ここで野宿することを宗千佳に伝えた。
宗千佳は自分の希望通りになったが、天根達が感じた違和感については知らない。
完全に日が落ちて、あたりは暗闇になった。
ランタンひとつと、夕食を作るバーナーとカレーの香りが辺りを照らしている。
気候も良くそれなりに快適に寝れそうではある。
しかし、天根とウサギはずっと警戒しているようだ。
虫が何かと言っていたが。
先程とは変わり風に揺られて鈴の音が増している。
シャンシャンシャンと、リンリンリンと。
実は木によって、鈴によって少しずつ形状と音が違うようだ。
とてもうるさくて寝れないはずが、むしろ心地よさを感じる。
音が静かさを強調することなどあるのだろうか。
横になりながら故郷を思い出す。
田舎ではあり、何もないところ。少しずつだが、故郷に近づいている。
落ち着いて心が休まる。
・・・
気づくと天根の姿はなかった。
ウサギはすぐそこで気にせず寝ている。
ザザザと茂みの方から音がした。
山の中で会う生物は猪か熊か鹿か、ろくでもないのである。
その茂み近くにも鈴があった。
宗千佳は武器を何も持っていない。
何かに襲われたら・・・
「助けて・・・」
現れたのは男の子である。こんな山の中に男の子がいる。
宗千佳の後ろに回り込んだ。
何かに怯えているようだ。
いつのまにか起きていたウサギが言う。
「宗千佳、おい、そいつから離れろ。」
「何を言ってるの?」
「この子、怯えている。何かから追われているのよ。」
「それは別の問題だ。」
宗千佳は子供の肩に手を置いて。
「ねぇ、1人?どうしたの?」
聞いた宗千佳も、1人だった。上海に軟禁されて、日本に戻ることもできずにいたのだ。
だから、少し優しくなっていた。
「追われてて、大きな熊みたいな男に。」
「大丈夫だから、私こう見えても強いから。」
ウサギが言う。
「おい、熊が来たぞ。」
更に茂みから現れたのは巨大な熊ではなく、作務衣を着た大男だった。
「おい、お前またんかい!」
大男が大きな声を出すと、男の子はさらに怯えているようだ。
宗千佳は子供をなだめながら。
「この子は怖がっています。あなたは?」
「ええから、その子供を渡せ。」
ウサギを見ると、さっさと渡せとジェスチャーしている。どうも大男を見て青ざめているようだ。
知っている男なのだろうか。
「ダメです、この子は怯えてます。この状況では。」
大男は無理矢理でも引っ張っていこうと言う雰囲気である。
宗千佳の立ち振る舞いを見て何かに気づいたのか。
「ガキ!わざとここに逃げたな。たまたまこんな山奥に人がいるわけない。」
せめて武器があれば対抗できたのかもしれないが、何もない。
しかし・・・
宗千佳は大男の前に立ち塞がった。
男の子は口を開けた。
「このおっさんが、俺をいじめるんだ。何時間も追いかけてきて。」
「こんな山の中を何時間も逃げれられる子供がいるかよ。鈴を使った結界を張ってなにをしようとしている?お前のボスに会わせろ。問いただす。」
反面、大男は宗千佳を排除することを躊躇っているようだ。
子供を捕まえようとした大男を見て、宗千佳は仕掛けた。
前蹴りで、鳩尾に一撃を加える。
しかし、まったく大男には効いていないようだ。
「凶暴やな。」
次にこめかめに当身を加えた。しかし、これは防がれて、掴まれて、膝から宗千佳は崩れてしまう。
見事な繊細な立ち関節技である。
一瞬で勝敗は決した。
ウサギが見かねて割り込む。
「雷蔵さん、連れが失礼しました。その子供は渡しますからどうか離してくれませんか。」
「おまえ、天根のところのやつか。おお久しぶりだな!」
大男はニカッと笑ってどうでも良さそうに宗千佳を離した。
子供が何か呟くと。
周りの鈴の音が大きくなっていく。
その音は全体を飲み込むように、そうすると、宗千佳は子供と2人になっていた。




