うごく耳
宗千佳は一人になった。
ルルイエとマリナはラタトクス工業の作戦があるとかでどこかに行ってしまった。
自分といえば、柳生が世界の敵となり、犯罪者予備軍のような扱いである。
ルルイエの要請で上海のホテルに準監禁状態となっている。
仲間の5名も同様であった。お互いには連絡はとれない状態である。
日本が前よりも遥かに遠い。
日本の近畿圏はほぼテロリストに支配されたと聞いた。
メディアの報道もまちまちで、再び国連軍を結成するとか、大連の陰謀論とか、ちゃんとした情報は誰もわかってはいなかった。
騒乱前の宗千佳であれば、なんとか日本に渡ろうとしたのだろうが、今はダメだ。
あの時感じが強く残っている。体が鉛のように重くて、息苦しくて、ホテルの部屋のマットレスに転がると何もする気が起きない。
それに日本へ行く術もなかった。
船も、飛行機もどれもが封鎖されている。
「これからどうなるのかな。」
どうしよう、という次元は超えていた。周りが自分をどう扱うかである。
トントン、と部屋のドアをノックする音が聞こえる。
連合の兵士だろうか。
覗き窓から外を見ると、不思議なウサギのような耳だけが見える。
「どなたでしょうか。」
「雑賀といいます、少し話を聞きたくてやってきました。ドアを開けれますか?」
「見張りの兵士たちがいたはずですが。」
「許可をとってはあります。どうか開けてもらえないでしょうか。」
非常に怪しい。
「すみません、気分があまり優れなくて。」
「そうですか。」
そう聞こえたら、もう声はしなかった。
「女性の部屋に勝手に入るのは偲びないんだが。」
部屋の中に中年の男が椅子に座っていた。
「開けてもらえないと思ってね。悲鳴は苦手だから落ち着いてほしい。」
そこにいたのは久我天根であったが、宗千佳はだれかはわからない。
「曲者!」
花瓶を久我天根に投げつけた。
が、久我天根は優しく受け止めて、一滴の水もこぼさずに、机の上にそっと置いた。
「聞きたいことがあるだけだ、すぐに去る、いいね。」
実力差があるのだ、大連で感じたものと同じくである。
「見張りの兵士は?」
「見張りなんていなかったよ、ずっと張り付けるのもコストがかかるんだろうね。」
天根はニコニコしている。
「質問しても?」
宗千佳に選択権はなかった。
私でわかることならとうなづいた。
「今回の事件の首謀者は柳生だと思うんだけど、君の家ね。いつから準備してたと思う?」
「わからない、今回みたいな大規模な作戦なら2年はかかると思う。」
「では、2年間で怪しい男の出入りはなかったか?」
怪しい男?家にはいろんな人がいる。
父の克久は分家だ。現在の宗家は柳生軍蔵であったから、準備していたのは本家なのかもしれない。
「本家筋の人の出入りはあまり把握してないから、あったのかもしれない。柳生庄にはほとんどの機能はなかったから、私は知らない人がいてもおかしくは・・」
はっと、口に手を当てる。
「何か思い出した?」
「怪しい男がいた。天元。苗字はわからない。父と何回か面会はしていた。」
「何が怪しかった?」
「上海の談迷子さんの事務所で会った男と雰囲気が同じなんだ、年配で確かに別人なのに。」
「天元か、あいつが名乗りそうな名前だな。」
どこで出会ったか、背格好はどうか、知ってることは全て話してほしいと、天根は懇願した。
「誰なのですか、あの人は。」
「雑賀故我、ただの犯罪人だよ。これで日本に行かないといけなくなったな。」
耳を疑う言葉だった。
「日本へ行くの?」
「まぁ、そうだね。」
宗千佳はさっきまで無力感に苛まれていたのだ。
それとは逆に自分でも驚く言葉を出したのだ。
「私も連れていって。」
「なぜ?」
何故というのは、天根が何故連れていく道理があるという意味である。
「大連ではたくさんの人が亡くなりました。父に今回の事件の真相を問いただすためです。」
回答の趣旨は違う。
「君のような女の子を危険性がある中で戦地に連れていくこと、私が君を連れていく義務がないこと、この二つにおいて何故と、聞いたのだ。」
宗千佳は本来は気丈であった。
しかし、現実を突きつけられて、自分は柳生の門下でも強い人間だった。
それなのに戦力としては数えられず、柳生本家からは見捨てられて、ルルイエからも作戦から外されて、無力感が込み上げてきた。
はじめて表情を崩さない天根はまずいと思った。
こいつもしかして、泣くんじゃないか。
師匠の先代久我幻魔から、男は女性の涙には勝てないから、まず泣く前に会話を切り上げろと教えられていた。
そもそも女性と口論をするなと。
「では、そろそろ、私は失礼する。有益な情報に感謝を。」
「待って、連れていって。」
ドアの外からケタケタという笑い声が聞こえる。
「待って連れていって(笑)」
天根は無言で、耳から電流を流した。
しかし、そのスイッチを押す刹那が命取りだった。
気づくと柳生宗千佳は泣いていた。




