大魔女
南コーカサスにある城があった。
門番はいない。召使いもいない。ただ一人の人がいた。
その人物は女性て赤い服を着ていた。
若々しく太陽のような黄金の輝く目をしていた。
大きなテーブルで一人で食事をしている。
エントランスでさえ埃が溜まっている。
あまり人の出入りもないのだろうか。
蜘蛛の巣が張っている箇所も多い。
食事を終えて食器を洗っていると、カンカンと、入り口の鐘を鳴らす音が聞こえる。
部屋着であったから、来客用の服に着替えて、エントランスに出迎えに行く。
「どなたでしょうか?」
訪問者も女性である。
名刺を渡してこう言った。
「燕雀朱美と申します。ビジネスの話をしたく伺いました。」
城の女はエントランスの脇の応接室で待つように伝えた、
しばらく燕雀朱美は待つと、ティーカップを用意した城の女が現れた。
燕雀朱美が言う。
「あなたがメディアさんでよろしいでしょうか?」
「ええ、そうですね。」
「ずいぶん、若い、神話の時代から生きているとは思えないです。」
「それはありがとう。でも、この城と同じで埃がたくさん溜まっているわ。」
「じゃあ、本物の魔女メディア?」
「魔女っていう呼び方はあまり好ましくはないわね。でも、あなた方がいうならそう。どうやってここまで?人避けの呪いがあったはずだけど。」
紅茶がちょうどできたようだ。メディアは紅茶を注ぐ。
窓の外の木には人ほどはある大きな鳥が止まりこちらを見ている。
監視しているのだろうか。
思えばこの城の中は様々な仕掛けがあるのだろう。
「用事があって、先代の久我幻魔の記録にあったのです、あなたの城の位置が。」
「ああ、あの子の仲間なのね。よく見ると魂が似ているね。」
あの黄金の眼には魂の形が見えるのだろうか。
嘘には思えない。燕雀朱美は交渉には敬意と慎重さが必要であると感じた。
「ビジネスの話をしても?」
「ええ、構わないわ。談迷子さんのことでしょう。それは分かるわ。」
燕雀朱美はぎょっとした。
全て見透かされているのだ。
「そうです。あなたが力を貸していましたか、日本に現れた談迷子は明らかに若返っていました。そんなことができるのはあなたくらい。」
「あら。貴方も十分若いわよ、年齢にしては。」
「これは科学的な処置ですから。」
メディアは少し笑ったようだ。
「で?交渉というのは?若さ?」
「いえ、何もしないでほしいのです。しばらくの間です。」
「どういうこと?」
「正直戦局は無茶苦茶です。神の兵器を使う談迷子が現れて、日本の深部に辿り着こうとしている。これを私達は鎮圧したいのです。」
「すれば?」
「私の仲間、次代の久我幻魔がそれをしようとしています。だから、手が離せなくて私が来ているのです。」
「談迷子に私が手を貸すって?思ってるってこと?」
「はい、すでに神の兵器を複数持って、若返りも行っている。これは貴方の仕業だと我々は考えています。」
メディアは紅茶の2杯目を注いだ。
「ビジネスと言ったわね?私は彼女に加勢するつもりはないから、じっとしているだけならビジネスに応じれると思うけど。」
感謝を燕雀朱美は丁寧に伝えた。
「では、もし日本の事変が落ち着くまでここにいていただければ、南コーカサスに投資しましょう。」
メディアは少しきょとんとした。
「意外ね、それが交渉条件になるの?」
「城から一番近い村はほとんど過疎状態でした。農作物への投資と、経済的な流通経路の整備を約束しましょう。」
「私への影響は?」
「食品を買うのも、掃除を頼むのも苦労しているのでしょう?そんなになんでもあの村で揃うわけでもないし。ワインセラーもほとんど空に見えますから。」
わかりやすく言うと家の近くにスーパーや、コンビニを作るという交渉である。
メディアはそれを聞いて大きく笑う。
「ハムや、チーズも簡単に手に入ると言うことか?家政婦も。」
燕雀朱美はうなづいた。更にアタッシュケースを開き、中の金塊を見せた。
「そう、加えてこれを差し上げます。だから、日本への参戦はしないようにお願いしたく。」
「神との交渉を心得ていますね、あの談迷子も同じだった。」
メディアとはギリシャ神話における、太陽神の孫、魔女キルケーの娘とか姪とも言われる。
この女性がメディアそのものなのだろうか。
差し支えなければとメディアに談迷子がどのような交渉をしたかを聞いた。
特にメディアは隠す気もないようだ。
「取引の条件は神の存在を守ること。要はあの空に浮かぶ球体の破壊だよ。」
「イグドラシルシステムの破壊?なぜ?」
メディアは少し考えて言う。
「この城を見てみろ、古くて暗い、そして陰気だ。しかし、住むには不自由ではない。一時期は都会に住んで3LDKのタワマンに住んでいたこともあるが、特に都会に住むメリットは感じなかったな。」
「しかし、ここでは流通に不満があるのでは?」
メディアは窓を開けて、外の撮りにエサをやる。
あまりにも大きな鳥だったため、エサをやるのが怖そうだ、
飼っているのだろうか。
「そりゃ、不満はあるさな。でも、そこで生まれたから、それが普通なのだよ。」
「不便さに慣れると?」
「生物には帰巣本能というものがあるだろ。生まれた土地は住みやすく、愛するという性質があるのさ、しかし、この近くの流通を良くしてもらう提案には賛成だがね。故郷が便利になるならね。」
「その話がイグドラシルの破壊にどう繋がるのです?」
段々と燕雀朱美は交渉を進めていく。少しでも情報は欲しい。
メディアはわかりやすい言葉を探している。
はっと思いついた。
「例えば戦争をすると科学が進むのはなぜかな?」
「それは相手を排除するためにお互いが試行錯誤するからでしょう。」
「その通り。戦争に限らず、災害、害虫、犯罪者、それらの敵に対して人間は科学力を磨いてきたのだ。しかし、平時はなぜその科学の進みが起きない?」
燕雀朱美は何を言ってるか理解しようとしている。しかし、問いかけが難しい。
そうするとメディアが続ける。
「毎日流れてくる政治ニュースでは政治家の裏金、政権争いばかりだろう。新しい政策、革新などの議題なんて上がらないんだ。なぜだと思う?」
燕雀朱美は先程の故郷の話を思い出した。
「人間は現状に適応して、その現状を元に考えて生きていくから?」
「そう、その通り、変化っていうことをする必要がないのさ、今の人口、今の生活水準を維持して欲しいっていうのが民衆の考えなのさ。だから、明確な敵が現れないと変化の必要がない。様々な問題は起きるだろうが、それに必要なのは改善策ではなく、変化ではないのだ。」
故郷の生活が不便でも人間はその故郷の生活に慣れる。食べるものがない、あまりにもきつい対価に見合わない労働、そのようなことがない限り人間は新しい変化を求めるのではなく、日常のサイクルに没入していく。
SF映画や、小説のコンセプトが新商品、新技術、着想に至ることはよくあることだ。
そういったものから新たな発想が生まれるのは物語を面白くするために必要だからだ。
「なんとなく言いたいことは分かりますが、なぜイグドラシルの破壊になるのですか?」
「イグドラシルが造られるための変化をなぜ、望んだか、だね。あれは敵を明らかに想定している。」
「あんな巨大なシステムで戦うべき敵って、もしかして異星人でしょうか?」
メディアは笑う。
「それもあるかもね、でも、あの規模になると神との戦いに備えているとしか思えないよね。」
神々の立場からすると、神を倒す変化のために生まれたイグドラシルが邪魔なのだ。
燕雀朱美は理解した。
「しかし、イグドラシルのおかげで人々の生活は良くなっています。」
「生活なんてそんなに変わらないよ。寝て起きて死ぬだけ。その死に方が良くなって何の意味があるのかな。」
シニカルな言い方であるが、人間は環境に適応するという意味を提示している。
「チーズや、ワインはたくさん食べれるかも。」
そう言い、燕雀朱美はチーズとワインを取り出した。
グラスがあるかと聞いて、棚からメディアが二脚テーブルに置く。
「ロゼね、高そうなワイン」
メディアは目を輝かしている。
「チーズは安物だけど、お気に入りなの。」
燕雀朱美の言う安物は決して安くはない。しかし、神に奉納するのだから気を使いはする。
ぷはぁ、とメディアはグッとワイン飲んで美味しいという仕草をした。
同じくらいの量を燕雀朱美も飲んで友好を示した。
「ま、デメリットもないし、取引には乗ってあげる、日本には手を出さない。でも、談迷子を止めもしない。それでもいい?」
燕雀朱美は十分ですと、伝えた。
そして、気になっていることを伝える。
「貴方は魔女なのですか?神なのですか?」
「どっちだと思う?」
「わかりません。」
「どっちだと思うかってのが重要なわけ。」
「私には人間に見えますが。」
「じゃあ、人間でいいじゃない。そもそも神と人を分ける区分はあるの?」
実際メディアは半神とも呼ばれることがある。
しかし、これは問答である。
「そりゃあ、全ての存在が神であれば神という表現が不要なわけですから、何か超常的な存在を神としたんじゃないでしょうか。」
「私の祖父が太陽神なんだけど、貴方たちで言うところの天照大神かな。同一のようで実は違うよね。」
「それは別の考え方での存在なのでしょう。」
「そういうこと、考え方で神の定義は変化する。八百万の神は貴方の国の言葉でしょう。なかなか的を得た言葉だわ。」
八百万の神の八百万は無限に近い数を表す。
全てのものに神が宿っているという考え方である。
生物の種類は170万種程度である、であれば800万もあれば人間が入るのは理屈であった。
「だから?」
「人間も神の内に含まれないとおかしいでしょってこと、じゃあ、私を神としての貴方の違いは何?」
「圧倒的なパワー?」
「あら、貴方も大分強いようにみえるけど、特にそうね、久我幻魔って人は神と言ってもおかしくないくらいには強かったわ。」
そんな話をしながら、時間は過ぎていった。
燕雀朱美は日本の問題が解決するまではこの城に滞在し、メディアを監視することにした。
監視するまで言ってメディアが許可したのは、掃除当番、買い物当番を条件だったからである。




