目覚め
グランが事故に遭ってから60と数日、ミリアは献身的に毎日グランの下を訪れていた。そしていつ目覚めるかわからない彼にその日の出来事を話すのが日課になっていた。
「・・・そしたらね、怒られると思ってビクビクしてたらお父さんが急にお母さんに謝ったの。あの皿を割ったのは私だって言ってね。私もびっくりしちゃって後でお父さんに何で?って聞いたら『お母さんは怖いからな。』だって。それで明日お父さんに日頃のお礼も兼ねて何かプレゼントをしようと思うの。それでね、・・・グランにも一緒に選んで欲しいんだけど、どうかしら?」
ミリアは意識の戻らないグランに話しかける。しかし当然のように返事がない。
「グラン、いつ起きてくれるの?・・・もう大丈夫に見えるのに。何で起きないのよ。」
ミリアは瞳に涙を浮かべ一人悲しげにつぶやいた。グランは事故当時に比べかなり治癒していた。流石に怪我の酷かった左半身はまだ包帯で覆われているが、頭部等は顔の包帯が外れ事故前の素顔と何ら遜色ない様子だ。ミリアは目元の涙を拭うと未だに昏睡するグランに気丈に振る舞った。
「私にこんなに心配かけて、目を覚ましたら覚えてなさいよ!あなたが目を覚ましたら心配した分、かなりわがまま言うから付き合ってもらうからね。」
気丈に振る舞う内にミリアは妄想の海へと潜っていく。
「まずは買い物に付き合ってもらおうかしら。それからマルットさんの店でスペシャルハニースフレを食べながら今までの事を散々愚痴にして、夜はちょっとお洒落なレストランで夕食。よし、これがいいわね。勿論、全部グランの奢りよ。これを1週間ってのはどうかしら。短いかな?」
「・・・3日で勘弁してくれないか?」
「えっ?」
何度話しかけても一向に返事が返ってこなかった。いつも一方的な会話ばかりだったが、それでもいつかは返事が来る。そう思い過ごす日々が突然の返事によって終わりを迎える。
「流石に財布がもたないよ。」
「グラン!!あぁ、グラン!やっと、やっと・・・!」
ミリアはあふれる涙を抑えきれずに顔をくしゃくしゃに歪ませながら横になっているグランに抱き着いた。
「すごく久しぶりに会った気分だ。」
「ひっぐ、うっ、ううぅ。あなだが・・事故にあっで、ぞれがら・・・ぞれがら!」
嗚咽で声にならない言葉を吐きながらミリアはグランの胸元へ顔を埋める。
「ミリア、心配かけたみたいだな。もう大丈夫だから。」
「う、ううっ、うわあああああ!」
ミリアが耐え切れなくなったのか堰をきったかのように泣き、それを聞いた看護師達が慌てて駆け付け、状況を見た彼らもまた慌てて主治医を呼びに行くのだった。
★ ★ ★ ★
「ふむ、反応も良好。別段後遺症などは無いように見えるな。」
そう言って白衣を着た医者は消毒用に置いている酒精の強い酒を煽った。
「おい、それは消毒用だろ?」
グランが医者に問う。
「この病院にある酒は全て俺のモンだ。どうこう言われる筋合いはねえよ。」
「ったく相変わらずだな。シェード先生は。」
白衣を着た医者はカルゴ・シェード。後ろで束ねた髪に鋭い目つき、はっきりした目鼻立ちに無精髭が似合う彼は白衣を着ていなければただの浮浪者と間違えられそうな風貌だ。彼は長寿と言われるエルフだ。その長い生で培った医術は王族の専門医を凌駕すると噂されている。ただし、彼はあまりに酒が好き過ぎて患者の不安を買い苦情を受けた組合は周囲を納得させるために彼を辺境の地へと追いやったのだった。
「コレがなかったら俺は医者なんてすぐに辞めてやる。なんせ経費で酒が落ちるんだからな。」
「よく組合も許してるもんだな。」
「アイツらもな、もしもの時の為に俺を置いてるんだよ。まぁ黙認だな。」
グラン達が世間話に花を咲かせる横でミリアが気まずそうに声を掛けて来た。
「あのぉ。」
「ん?どうした、嬢ちゃん。」
「結局の所、グランはどうなんでしょうか?」
「あぁ、コイツは大丈夫だ。最もしばらくはリハビリがいるとは思うが、俺が酒を抜いて治療したんだからな。まぁ、それでも良くて3割って所だったが生きてて良かったな!」
「俺、そんなに酷かったんだな。(確かに一度死んだっけか?)」
「もう!他人事みたいに!私がどれだけ心配したかわかってるの!」
「喧嘩は後にしてくれや。とりあえず、俺も一応医者としての仕事をな。質問をいくつかいいか?」
「あぁ。」
シェードは真面目な顔をしてグランに言った。
「お前達、どこまでヤッた?」
「「・・・」」
一瞬の間をあけてミリアは顔から火が出たかのように赤面し、グランは額に青筋を浮かべた。
「このっ!酔っ払いめ!真面目な顔するから真剣に聞いた俺がバカだった!」
グランはシェードに掴みかかろうとしたがのらりくらりと逃げられてしまった。
「はっははは!まだまだ甘いなグラン!そんだけ動ければ問題ないぞ。俺が保証してやる。退院だ!」
シェードはそう言うと笑いながら病室を出て行った。
「ったくあの万年酔いどれ医者め!まぁ、退院だってよ。帰ろうかミリア。ミリア?」
まだミリアは顔を赤面させて心此処に在らずといった状況だ。
「・・・へっ?あ!そうね!行きましょうか!」
いそいそと片づけを始めるミリアとグランに一人の看護師が話しかけてきた。
「すいません、グランさんですよね。」
「はい。そうです。」
「この度は退院おめでとうございます。」
「ありがとうございます。お世話になりました。」
「ご無事で何よりです。それではこちらが今回の治療及び入院費の請求となります。」
「あ、どう・・もおぉぉ!!」
請求書にはグランの年収近くの金額が書かれていたのだった。




