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捨て猫を拾っただけなのに、隣にいた美人な後輩まで「拾ってください」と言い始めた。  作者: 為世 斐文


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第8話「これ、普通ですよ?」

 気づけば俺は、猫宮を抱きしめていた。

 このままどこかに行ってしまうのが怖かった。


「分かりました……ので、離れましょう」


 猫宮は俺の顔を見てはくれないけど、家にはついてきてくれた。

 家に入ってから俺はすぐに頭を下げた。


「急にその……抱きついたりしてごめん」


 猫宮は静かに頷いて、タルタルの頭を撫でた。


「私も……ごめんなさい」

「いや、うん……」


 うまく言葉がまとまらない。

 俺はなんで怒って、なんで焦って、なんで後悔して、なんで猫宮を抱きしめたんだろうか。

 でも一つ言えるのは、苦しかったということだけ。

 泣かせてしまったこと、怒らせてしまったこと、そしてその顔を見てしまったこと。全てが苦しかった。


「そのさ……言い訳になるんだけど、今まで連絡を取り合うような人がいなかったから、通知の設定してなくて……」

「そうだったんですね」

「ごめん……」

「いえ……もう、大丈夫です」


 そう言うと猫宮は、俺に近づいてきた。


「ちょっとだけ、くっついてもいいですか」

「え……?」


 俺が有無を言う前に、猫宮は俺の背中に手を回した。

 さっきよりも落ち着いているからか、猫宮の匂いも感触も体温も、全て感じる。

 小さく細く柔らかく、花の中に少しお日様の匂いがして、温かい。

 離したくないな……


「渉流先輩、心臓の音……聞こえますか?」


 猫宮の囁くような声が耳元で聞こえてくる。

 俺の心音はどんどん早くなっていく。 もう、何の音も聞こえないほどにうるさくなっていく。


「……聞こえないかも」


 そう言うと猫宮は優しく鼻でふふっと笑った。


「私は聞こえますよ」

「え……」


 俺の心臓の音が、猫宮に聞こえてる……?

 そう考えると余計に心音が早くなってきた。


「こうしてると、なんでか怒りを忘れられますね」


 こっちはそれどころじゃないけどな……

 しばらくすると猫宮から離れていった。


「怒ってすみませんでした」

「いや……こっちこそ連絡気づかなくてごめん。今度はちゃんと通知設定しておくよ」

「ありがとうございます」

「……夕飯、食べる?」

「食べます」




 猫宮と喧嘩してから一日が経った。

 通知の設定をしてからというものの、猫宮が朝からずっと連絡を送ってくる。


「私の声が聞きたかったんですか?」


 流石に弁当を作ったり色々としないといけないので、電話に切り替えると猫宮はすぐにからかってきた。


「そうだとしたらどうすんだ」

「嬉しくなるだけですよ」


 言い返してやったのに……

 俺が猫宮に叶う日はこないかもしれない。

 バッグを背負って外に出ると、そこには瑛大が立っていた。


「あ、おはよう渉流君」


 瑛大といると、どことなく聖母に包まれている感覚がする。


「おはよう、瑛大。というわけだから切るぞ」

「私より友達が大切ですか」

「仕方ないだろ」

「まあ、いいですよ」


 それを最後に猫宮との電話は切れた。


「朝から電話……渉流君、ほんとうに付き合ってないんだよね?」

「ん、まあ……そうだな。なんか、朝から連絡がすごいきて、家事しながらだとキツイから電話繋いでたんだよ」


 瑛大はゆっくりと数回頷いて歩き出した。

 何かあったんだろうか。


「そういえば、なんで一人暮らししてるの?」

「あー、親の仕事上、引っ越しが多くてさ。それに付き合うのは面倒だから高校からは一人暮らしする約束をしてたんだよ」

「凄いなぁ」

「いや、そうか?」

「僕も一人暮らしはしてみたいけど、高校生からはちょっと早いかな」


 まあそんなもんか……


「親が忙しいからよく家事手伝ってたし、そこのハードルが低かったのかもしれない」

「えらいね」


 教室につくまで瑛大と他愛もない話を積もらせた。

 こんないい人がいたなら、さっさと話しかければよかったかー

 なんて考えていると、スマホに通知が届いた。

 猫宮からか

 そこには猫の動画と共に「にゃん」の一言が送られてきていた。

 意図はなんだ……




 昼休み、俺は二つの選択肢に置かれてしまった。

 一つは瑛大含む、昨日カラオケにいった友達との食事。

 二つ目は猫宮との食事。

 瑛大ともっと喋りたい欲もあれば、猫宮の方に行きたい気持ちもある。


「どうしたの?」


 席について頭を悩ましていると、瑛大が席までやってきた。


「いや……そのさ」

「あ、もしかして」

「そう……」


 猫宮からの連絡を見せると、瑛大は頷いた。


「僕たちとはまた話す機会あるよ。行っておいでよ」

「いやー……分かった。ちょっと今日は行ってくる」

「説明は任せて」

「ありがとう」


 瑛大は親指を突き上げて、背中を押してくれた。

 本当に聖母だな……

 猫宮指定の場所に向かうと、そこには猫宮一人だけがいた。

 五階の奥の教室とか、確かに誰も来ないわな……


「猫宮」


 軽く手を振って近づくと、猫宮も手を振ってきた。


「友達にも誘われたんじゃないですか?」

「え? ああ、まあ……」


 猫宮の前の席に座ると、猫宮は立ち上がった。


「先輩、ハグしませんか」

「は?」


 微笑んで腕を広げる猫宮。

 誰もいない、静まり返った薄暗い教室。

 ここでならハグをしたところで誰にもバレはしない。


「早く」


 そう急かしてくる猫宮の笑顔に負けた俺はそっと猫宮を抱きしめた。

 柔らかい……


「今日、だけだからな」


 杭を打っておくと、猫宮はよりぎゅっと抱きしめてきた。

 それは……反則だろ


「た、食べるぞ。誰かにバレたら……」

「バレたらなんですか?」


 いたずらに、首下から上目遣いでこちらを覗いてくる。

 無理だ……

 我慢できなかった俺は、猫宮を手で押して離した。


「これは普通じゃないから」

「普通ですよ」

「じゃない」


 赤くなった顔を隠すようにそっぽを向くと、前から椅子の引かれる音が聞こえた。


「分かりました。じゃあ、食べましょう」


 はぁ……心臓がいくつあって足りない

 深呼吸で気持ちを整えてから、俺も椅子に座った。

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