第6話「知りたいです」
もうすぐ夏休みで、俺は今わくわくしている。
この気持ちを誰にも邪魔されたくはない。
そう思っていたのに……
「なあ鳥、あの美人さんとどういう関係なの?」
俺は今クラスメイトに囲まれている。
「いや、友達というか……」
クラスメイト達は牽制の目を向けてくる。
「はっきり言えよ。あんな無表情でクールな美人、どうやって落としたんだよ」
「いや……」
正直な事を言ったところで多分誰も理解できないし、ましては俺が変人だと思われかねない。
どうしたものか……
「渉流先輩いますか」
頭を悩ましていると猫宮が教室に入ってきた。
「おいおい、やっぱり付き合ってるんだろ?」
「別に茶化さないから正直に言えって」
「いや、付き合っては……」
言葉を濁す俺の肩に、小さい手が乗っかかった。
「先輩方、ちょっといいですか」
俺を囲むクラスメイト達を無表情で見つめながら、猫宮は俺の腕を掴んだ。
「猫宮?」
引き離してくれたのかとも思ったが、猫宮の力が異常に強く感じる。
まるで怒ってる……?
「なあ猫宮?」
「はい」
「なんか、怒ってる?」
「いえ」
そういう割には俺に目もくれないで、どんどん前に進んでいくばかりで圧を感じる。
んー……
「ごめん」
「何がですか?」
「いや……ごめん。分かんない」
周りの目が気になり始めた頃、猫宮がやっと止まった。
「渉流先輩」
「はい」
「今日も家行きますね」
「あー……はい。分かりました」
こっちを向いてくれない猫宮に終始怖気付いた様子で話すと、猫宮は手を離した。
そして溜息交じりにこちらを向いた。
「にゃん」
周りに誰もいなくなった廊下、猫宮が猫化してしまった。
「は?」
「ちょっとやりたくなっただけです」
「お前とうとう、本当の猫になりつつあるんじゃないか」
「そしたら本当に飼い猫になれますから、本望ですよ」
あーそうか……猫宮ってこういうタイプか
「でも、私がいて面倒くさいなら切ってくださいね」
「え……?」
窓の外を見て、無表情のまま口で息を吐く猫宮。
「嫌なら言ってください。いつでも捨てられますから」
「いや……」
「無理されると嫌です」
俺は本当に馬鹿な人間だ。
猫宮と居られて正直楽しいと感じていながらも、口に出すことが出来ない。
「質問……変えます。今日も行って、いいですか?」
どこか悲し気な顔を浮かべる猫宮に、俺は頷くことしかできなかった。
放課後、俺はまたクラスメイトに囲まれていた。
「まじで、今日は聞くまで帰らないから」
「なんでそんなに聞きたいんだよ……」
「可愛いからだよ」
「可愛い女の恋事情を聞くのは、男として当然だろ」
そう言って無駄に誇った様子のクラスメイト達。
そんなもんかね……
実際、俺はやぬを拾ったあの日に猫宮と出会わなければ、この高校に居ること自体も知らなかった。
そんなもんだ。
そんな人だった。
俺はみんなに語れるほど、彼女のことを全く知らない。
「知りたいんだよ……頼むって」
「彼氏なのかどうかだけでも教えてくれよ」
いつもは変な彼女なのに、誕生日の時や朝に見せてくれるあの人間味のある顔。
彼女はいつも本当にふざけているだけなのか?
俺の家に来る本当の理由は?
さっき悲しそうにした理由は?
「なあ頼むよ」
「ごめん……」
そうか……俺も、知りたいのか。なに意地張ってたんだ俺……
「俺も、知りたい」
「は?」
「俺も知らないから、もっと知りたい」
「あー……彼氏ではないってこと?」
「まあ……」
「ここまでもったいぶって、彼氏じゃないのかよ」
「ごめん。俺、帰るわ」
「お、おう」
走って教室を出た。
今日もどうせ「にゃん」って言ってくる後輩が家にいるだろうから。
家の鍵を開けていると、後ろから声が聞こえてきた。
「渉流……先輩、遅かったですね」
「あー……ちょっとな」
猫宮は何か買ってきたのか買い物袋を手にぶら下げていた。
「持つよ」
「あ、いや」
断りそうな態度を見せてき猫宮から袋を奪って、玄関扉を開けた。
猫たちの声が聞こえる。
「猫宮入らないの?」
扉前で止まっている猫宮に声をかけると、猫宮はぎこちなく中に入ってきた。
「俺、猫宮の事嫌いじゃないよ。遅い返事になったけど」
「ほんとですか?」
まだ迷っているようで、でも嬉しそうな顔をこぼす猫宮。
「あいつらにもちゃんと話したし、心配かけさせてごめんな」
「……にゃん」
「はい」と、
「嫌いじゃないって知れて、よかったです」
猫宮は笑顔を見せた。
……なんか、だめだな俺
猫宮の笑顔を直視できなかった。
「猫宮、俺も――知りたいことあるんだけど……」
猫宮は俺の言葉に首を傾げた。
「なんですか?」
「猫宮ってさ、俺のこ――」
いや……やっぱ無理だ
「――家に来るほんとの理由は?」
言い終えた瞬間に、力が抜けていく感覚があった。
言えそうだったのに、言えなかった。
「猫に、会いに来るとか、義務感じてるとかなの? 本当に」
初めてあった日のように、歯切れが悪くなってしまう。
猫宮は表情を崩さず、口を開いた。
「――会いたいからです」
「それっ……」
言い終えた猫宮はそそくさと台所の方に行ってしまった。
え、会いたいって……なんで?
疑問にまた疑問をかぶせられた気分だ。
「先輩、早く持ってきてくださいにゃん」
猫宮はいつも通り、語尾に「にゃん」を付け始めた。
ここでまた問いただすのは野暮だろうか。反則だろうか。
「今日はオムライス作ります」
「あー……手伝うよ」
頷いた猫宮の隣に立つ俺。
でも心音がうるさすぎて、猫宮に聞かれないかと焦ってしまう。
そしてまた心音がうるさくなる。
「猫宮、家の夕飯は?」
「お母さんにちゃんと言ってるので大丈夫ですよ」
「そっか」
お母さんにな、
「それなら大丈夫か」
「はい」
ん……?
「待て、お前、なんて説明してる?」
「……にゃん」
「おい待て猫宮?」
猫宮はそっぽを向いてまた野菜を切り始めた。
「なんて説明してるかだけは教えてくれ……!」
「……にゃん」
※この作品は他サイトでも掲載中です。




