第5話「誕生日」
ある日、俺の玄関前に巨大な段ボールが置いてあった。
特に何か頼んだ覚えはない。親からも仕送りがくるなんて話も聞いていない。
なんだこれ……
部屋に運ぶにはデカすぎて運べなさそうだったため、その場で中身だけでも確認しようと上の部分をカッターで切った。
強いていうなら、今日が誕生日ってことだけど、親が何かを送ってくるわけでもないだろうしなー……しかもこんな大きな荷物、ありえん
ガムテープを切り終えた俺は、早速段ボールを開けてみた。
「にゃん!!」
「うぉぉぉ……!!」
中身は、巨大な捨て猫だったようだ。
「お前、流石に何してんだよ……」
「猫ですにゃん」
「いや、見たら分かるけど」
どこで買ったのやら、顔の部分だけ切り取られている猫の着ぐるみを来た猫宮は段ボールを突き破って出て来た。
「どこで買ったんだよ、そんなもの……」
「ネットショッピングで、セールだったので買いました」
「だからって買わないだろ……」
頭を抱えていると、猫宮の入っていた段ボールから何かの鳴き声が聞こえて来た。
「ん、なんか後ろにいるの?」
「あ、そうでした。ヌコさんです」
そう言って猫宮は一匹の小猫を掲げた。
「おう……んで、その猫は?」
「さっき捨てられていましたので、拾ってきました」
「飼うのは?」
「もちろん。渉流先輩ですよ?」
「何が、もちろんだよ」
猫宮と話していると、隣人のドアが開く音がしたので急いで猫宮を中に入れて、段ボールも乱雑に投げ込んだ。
「先輩、こんな可愛い後輩を家に連れ込んで何する気ですか」
「お前はいっつも侵入してきてるだろ」
「聞き捨てなりません。帰ってきてるんです」
「ここはお前の家ではない」
いつも通り馬鹿な会話を展開していると、猫宮の連れて来た子猫が家の中に入って行った。
「あー、あーもう……」
小猫の後を追ってリビングに入ると、子猫はやぬと触れ合っているようだった。
「ヌコさん二号にゃん」
「お前ほんと、にゃんって言うのに抵抗ないよな」
「にゃん」
とりあえずでお皿に水を溜めて子猫の前に置くと、やぬとの触れ合いを終えて水を飲み始めた。
「猫には優しんですね」
「いや、俺いっつもお茶とか水出してるよね?」
「そうでした」
子猫に怪我がないか確認をし始めると、猫宮はもはや実家のように台所に行っては水の入ったコップを持って帰ってきた。
「お前さー……」
「にゃん」
「にゃん、じゃないんだよ。猫二匹も買えるほどの金銭的な余裕はないよ?」
「私もいますよ?」
「なんで食事も水代も出さないといけないんだよ」
そう言うと猫宮は少ししょぼくれたような顔を浮かべた。
「お前、よく被害者面出来るな」
「いや……私も、手伝いとか……お金なら出しますよって意味で」
珍しく猫宮は下唇を噛んで、下を向いた。
ええ……俺が、悪いか……
「ごめん。でも、それなら連絡は入れてくれないとさ」
「そうですよね……すみません」
いつもならからかって返してくる言葉が、今日はなぜか弱い。
なんか違和感すごいな……
「手伝ってくれるなら、飼うけど。名前とかでも付ける?」
そう聞くと、猫宮は着ぐるみを脱いで、スクールバックから紙を取り出した。
「タルタル?」
「名前……」
最初に見た字と同じ、無駄にでかでかと綺麗な字で書かれている。
「お前、絶対に外見から付けただろ」
「ちょっとおいしそうで……」
猫宮の連れて来た子猫は白基調の、点々とした黒色が目立つ模様をしている。
タルタルソースに見えるのは仕方のないことではあった。
「まあ、本当にその名前にしたいならそうしたら?」
「じゃあ、タルタルにします」
さっきまで浮かべていた悲し気な顔はどこへやら、猫宮はタルタルを抱えた。
「首輪は?」
「買いましたよ」
「早すぎだろ……」
そう言って灰色の首輪を取り付けた。
「これで私が渉流先輩の家に来ることが完全に正当化されましたね」
「は?」
「私の家では飼えないので渉流先輩が代理で飼ってもらい、私はそれに金銭的な補助をしながら、会いに来る」
いたずらに笑った猫宮は俺の方を向いて、とびっきりの笑顔を向けて来た。
うっ……可愛いから責められない……
「分かった分かった……もう、いつでも来いよ」
「え、言いましたね」
「ああ、言ったよ」
「それじゃあ毎日来ます」
「遠慮してくれ」
自分も水を飲もうと台所に向かうと、猫宮がついてきた。
いつものことではあるが、なんだかそわそわしているようにも見える。
「なんか、今日の猫宮変じゃない?」
「え? そうですか?」
「んー……」
俺がまじまじと見ていると、後ろで腕を組んでそっぽを向く。
なんか変だよな……
「今日、渉流先輩は夕飯何か食べますか?」
「いやまあ、夕飯は食べるけど」
「誰かと食べますか?」
「んー……食べに行きたいってこと?」
核心に迫るような言葉を吐いたつもりが、猫宮は首を横に振った。
「じゃあ、どういうこと?」
「作って、いいですか?」
珍しく頬を赤くする猫宮を見て、なんだか俺まで耳が熱くなってきた。
心臓がドクドクと脈打って、鼻息が荒くなる。
「いい……けど」
猫宮は小刻みに頷くと、玄関の方に走って行った。
「お、おい」
「すぐ戻ります」
「おう……」
猫宮が出て行ってから、やぬとタルタルとおもちゃで遊んでいると、数十分が経った。
遅いな……
俺の証拠の動画が送られて以降、全く触れていなかった連絡先に文を打っていると、ドアが開いた。
そこには買い物袋を持った猫宮がいた。
「ああ、おかえり」
「ただいまです」
その二言が、俺の妄想をまた膨らませた。
トイレ……行こうか
「台所、借りますね」
「ああ……まあ、好きに使っていいよ」
トイレに入ると、猫宮が野菜か何かを切る音が聞こえ始めた。
え、俺たちって友達……だもんな。同棲してるカップルじゃないもんな……。猫宮って、あれは俺のことが好きとか、じゃないよな……。単に恥ずかしかったってことだよな? 食べたいものがあったってことだよな? そうだよな。うん……
まとまらない思考のまま、あの時のように咳払いをしながら水を流して、トイレを出た。
「猫宮、大丈夫そう?」
様子を見に行くと、そこには切っている途中の野菜と、睨めっこしながら首を傾げて、スマホをスクロールしている猫宮が居た。
はぁ……
「何作るの?」
「手伝いはいりません!」
猫宮は俺の方を見向きもしないで、スマホを眺めている。
チラッと見えたスマホの画面には、唐揚げという文字が映っていた。
なんで野菜切ってんだよ……
「猫宮……唐揚げに、野菜って入らないぞ。一応言っておくと」
そう言うと猫宮は動きを止め、不服そうに一歩横にずれて俺を見つめてきた。
はぁ……全く
「貸してみ」
猫宮に手伝いはしてもらいながら、なんとか野菜も使った唐揚げを完成させられた。
まあ、残った大半の野菜は天ぷらとサラダに、ちょっとだけ猫たちの餌にしたが。
「不服ですが……美味しかったです」
「まあでも、作ろうとした意思はよかったじゃん。自立は大事だからな」
まだ不服そうな猫宮はコップを持って台所に向かっていった。
しかし、唐揚げで野菜を切り始めるなんて思わなかったな……
とは言え、作ろうとしてくれた意思だけでも心が温まる。
「渉流先輩」
「ん?」
台所の方を向くと、猫宮はケーキを持っていた。
「誕生日ですよね」
「え……なんで知ってるの」
「なんとなくです」
「お前、感で生きてるのかよ」
「……カレンダーに書いてましたよね」
「あー……」
どうやら、猫宮は俺の誕生日を祝いたくて挙動不審になっていたみたいだ。
「ありがとう。猫宮」
「にゃん」
「返事代わりに使うな」




