第32話「未来の話」
すずの家に着いた。
「渉流さん。ごめんなさい。すずを、連れてきてくれませんか」
「……。いいですよ」
玄関に入った直後、利穂さんは俺に頭を下げた。
そこまでしなくてもいいのにな。
「ん、誰だ君は」
奥から大男が現れた。
スキンヘッドにのどまで伸びた髭。いかつい目つきに、服に収まりきらないほどのたくましい筋肉。
格闘技でもやっていそうな人だ。
「あなた。小鈴の彼氏さんよ」
「あー、前言ってたヤツか」
こえー……。
体が縮こまる。
「ごめんな。小鈴、今なんか機嫌悪いみたいでな」
「あー……」
「ん。まさか、お前が犯人じゃないだろうな?」
詰め寄ってきたすずの父親は、もはや巨人だ。
二メートル越えはあるんじゃないだろうか。
「あなた。ちょっと来て」
「なんだよ」
利穂さんはすずの父親の手を掴んだ。
「二階の奥に小鈴はいるから、頼みましたよ」
利穂さんは再度頭を下げた。
仲直りしてくれるといいけど……。
言われた通り二階に上がった。
いい匂いがする。
奥の部屋を見ると、そこには『こすず』と看板が付いていた。
名前つけるやつな。なつかし……。
軽く扉をノックする。
「誰……」
怒っていそうな声が聞こえてくる。
「俺だよ、すず」
そう言うと勢いよく扉が開いた。
鼻に痛みが走る。
いってー……。
「ごめ……ごめん渉流」
「いい、いいから」
すずは泣きながら抱き着いてきた。
これは……大仕事だな。
「なあ、すず」
「……お母さんと何話したの」
「説教したよ」
「え、ほんと?」
「おう」
すずは胸に頭をうずめた。
「大丈夫。大丈夫だから」
また泣き出した姿に心が苦しくなる。
「なあ。少しだけ親と話さない?」
「嫌……」
これでもかと抱き着いてくる。
こんなタイミングでも色々と考えてしまう俺は最低な野郎だ。
「俺がいるから。頼っていいから」
「……少しだけなら」
「それでもいいよ」
すずは鼻水を俺の服に付けて離れた。
もう……。
「目と鼻吹きな」
「ん……」
はぁ。
頬に手を添えると、すずは微笑んでその手に頬を置いた。
ほんと……いつまでも猫みたいなやつ。
落ち着いたすずを連れて下に降りると、両親揃ってかしこまった様子で椅子に座っていた。
「あー」
すずは俺の腕を両手でぎゅっと掴んだ。
ちょっと言ってやろ。
「こんなけすずを怖がらせて、反省してくださいよ」
二人とも静かに頷いた。
まあ……これですずに笑顔が増えるならいいか。
「小鈴、悪かったよ。父さんたち」
「あなた」
「分かってるって……保身に走るのはだめだよな」
姿からは想像もつかないほど、弱弱しいというか、女々しい父親だ。
俺の父さんもこれくらい弱弱しかったら、もの言えたのかもなー。
「さっきは無視してごめんなさい……」
席に着くよりも先に、すずは頭を下げた。
少し声が震えている。
「いや、いいんだ。もとはと言えば父さんたちが悪いんだろ……?」
「小鈴。ちょっと話し、出来る?」
すずの手が俺の腕から離れていく。
「すず。俺、待っとくから。三人で、」
「それはやだ……」
「……分かった」
俺居たら話せるもんも話せないだろうに。
すずは俺を引っ張って椅子に座った。
はぁ。
俺も軽く会釈して隣に座った。
「今まで、ごめんなさいね。いい親じゃなかったわね……」
「でも、父さんたちな。タイミング見計らって、世界旅行しようと思ってお金貯めてただけなんだよ」
「……え」
おう、まじか。
「母さんの故郷に行って、そこから一週間くらい海外旅行。高校卒業したくらいにサプライズで言おうと思ってたんだ」
「……でも、少しくらい隣に居てほしかった」
「そう……か。ちょっと張り切りすぎたか父さんたち。大学も、一人暮らしするときも、無理させたくなかっただけなんだよ」
「知ってる……」
「渉流さんから学んだの。私たちのしてきた行動。小鈴にとっては迷惑だったのよね」
「迷惑……じゃない。私を思う気持ちは、嬉しかった」
「小鈴……」
「ごめんなさい。これからは家に居る時間をもっと増やすわね」
「……うん」
「ちょっと母さん? それは、」
「あなた、後でちょっとまた話しましょう」
「おう……」
案外すぐに話進んだな。流石の速さだ。
「まあ、渉流君だっけか?」
すずの父親が俺の手を掴んだ。
「小鈴とは仲直りできたし、ありがとう。もう、家族の一員だ。一緒に海外旅行どうだい」
すずの父親はニヤニヤと笑った。
「え。お、俺がですか?」
「ああ、もちろん」
海外旅行か……父さん、どう言うかな。
「すみません。ちょっと、俺にも家庭の事情があるので」
「来ないのか?」
「行きたいんですけど、俺も先に、父親と話したいんですよね」
「俺か?」
「あ、な、た?」
「いや、冗談だよ。分かった。返事はいつでも待ってるからな」
そうだよな。人様の家の事情に足突っ込む前に、自分の事情から解決しろよって話だよな。
まったく……。
自分に呆れて溜息が出る。
横を見ると、すずが何とも言えない顔でこっちを見ていた。
「どうした?」
「相談乗る」
「あー、いや。いいよ。ありがとう」
これは俺のけじめだ。
「分かった。部屋来て」
「ん、ああ」
すずにぎゅっと手を掴まれた。
よかったな。
すずの笑顔を見て、心が温まる。
部屋に入ると、すずは開口一番に抱き着いてきた。
「ありがと」
嬉しそうな声が耳元で聞こえる。
一生聞いていたい。
一生笑わせて上げたい。
これが母性か……。
「いいよ。俺の心の内を喋っただけだし」
「やっぱり相談乗る」
相談な……。
「じゃあ、今度は俺の父さんに会ってよ」
「え、」
「ん?」
なんかまずかったか?
すずは顔を赤く染め上げていく。
「え、な、どうした?」
口を震わせて、目を逸らされた。
なんでだよ……。
「ま、まあ。予定は追々言うから」
静かに頷くすずを見て、なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。
心音が鳴りやまない。
さっきまで気にならなかったのに、急にここがすずの部屋だということに緊張してきた。
なんでこのタイミングで……。
「な、なんかしよう……よ」
言葉が上手く出てこない。
勝手に目が部屋を嘗め回すように、あちらこちら見てしまう。
留まれ俺……。
「渉流……」
「ん?」
視線を前に持っていくと、すずの顔がドアップで映った。
と思ったら、すずの柔らかい唇が、俺の唇に重なった。
「好き」
おい反則だろー……。
あまりの可愛さに項垂れて後ろに倒れた。
真っ白の天井に、すずの顔がくっきりと映し出される。
忘れられねー……。
「渉流?」
天井が映っていたはずの視界が、すずと垂れ落ちてくる髪の毛で覆われる。
「すずしか見えない」
そう言うとすずは唇を内側にしまって口角を上げた。
かわいいやつ……。
「トランプとかないの?」
「ある」
「やろうよ」
「みんなでやる?」
「あー……」
「気まずい?」
「いや、やるよ」
――未来のためにさ。
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