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捨て猫を拾っただけなのに、隣にいた美人な後輩まで「拾ってください」と言い始めた。  作者: 為世 斐文


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第31話「思い」

「さて、まずは名前でも聞かせてもらおうかしら」


 すずの母親は俺の隣に並んだ。

 んー……両手に花だな。


「鴉越 渉流です」

「ふーん、難しい名前なのね。渉流さんね。覚えておくわ」

「ありがとうございます」


 受け答えは普通、と。


「渉流、いいから行こうよ……」


 すずは母親をちらちら見ている。

 よほど嫌なんだろう。

 母親から遠ざくように俺を引っ張る。


「小鈴。渉流さんに迷惑かけてないわよね」

「……ないよ」

「そう」


 んー、会話が会話してないな。


「料理作ってくれたり、笑い作ってくれたり、飼い猫の世話してくれたりで助かってますよ」

「ふーん」


 あー……。


「唐揚げに野菜を入れようとしてて、驚きましたけどね」


 すずの母親は頷くだけで言葉を出さなかった。

 確かに、笑わない人だな。


「それで渉流さんが助かってるならよかったわ」

「それでって……」


 すずは言葉尻で声量を落とした。

 すずの反応はごもっともだ。

 使っている言葉が言葉だ。


「二人とも夕飯は食べたの?」

「あ、いえまだです」

「分かった。四人分ね」

「あー……すみません。お邪魔してしまって」

「構わないわ」


 端的だなー。

 すずの母親は会話の速度も、歩く速度も速い。

 そんなに急いで何があると言うのか。


「俺、なんて呼べばいいですかね」

「何でもいいわよ」


 それが一番困るんだけどな……。


「お名前聞いてもいいですか?」

「猫宮 利穂よ」

「じゃあ、利穂さんで」

「ええ」


 利穂さんと話している間ずっと、すずは俯きながら歩いている。

 どちらかが悪いとかって話ではない気がするし……。

 非常に立ち位置が悪い。

 今更ながら、誘ったことを後悔してきた。


「渉流さん」

「はい」

「小鈴と付き合う責任は取れるのかしら?」


 ……また聞いたな。


「俺弱いですし、安っぽい言葉で責任取れるなんて言えないですけど……。守りたいです」

「守りたい」

「……はい」


 流石に変な回答だな。

 今からでも責任を取ると言った方がいいだろうか。

 利穂さんは速度を落としてすずの隣に移動した。

 すずは反発する磁石のように、利穂さんから離れて俺の方に身体を寄せる。

 胸当たってるって……。

 道は広いのに色々と窮屈だ。


「小鈴」

「……なに」


 お母さんから話しかけられたというのに、この返答だ。

 どれだけ嫌なんだよ。


「いい人見つけたわね」

「……うん」


 表情も変えられない程冷たい空気が漂っていた気がしたが、そうでもなさそうだ。

 すずは少しにやけていた。

 まあ俺も、にやけたが。


「渉流さん。こんな子だけどよろしくお願いしますね」


 こんな子、か。


「お言葉ですが利穂さん。すずは『こんな』って付くような人じゃないですよ」

「……言葉が悪かったかしら?」

「はい。ちょっと、看過できかねます」

「そう。なら謝るわ」


 俺の腕が後ろに引っ張られた。

 というよりも、すずが立ち止まっていた。

 あー……。

 何かまずい予感がする。


「謝るとか……そういう話じゃない!」


 すずは歯を食いしばって涙を浮かべる。


「もういい!」


 俺の腕を離したすずが走っていく。

 すずの冷たい涙が手に当たった。

 あーもう……。

 利穂さんはまだ凛とした顔で、走り去って行くすずを眺めていた。


「あの……」


 言葉をかけようとしたが、利穂さんの溜息でかき消された。

 おい溜息はないだろ……。

 また言葉をかけようと思ったが、


「ごめんなさい……ね」


 利穂さんは俺の方を向いてはいなかった。

 俺にはすずに掛けたように見えた。


「今日は、もう帰ってもいいわよ」


 わずかだが、利穂さんの眉がピクッと動いた。


「帰りませんよ」

「……そう」

「彼氏なので――」


 利穂さんは額に手を置いた。


「――例え家族だろうと、彼女との関係に口出す権利くらいありますよね」

「え……?」


 泣かせやがって……。


「あ、でも利穂さんを怒るつもりはないですよ。ただ、すずのいない今のうちに、二人でちょっとお話はしたいです」

「そう……ね。分かったわ」


 利穂さんは目頭を押さえて、ゆっくりとこちらを向いた。

 白目が赤くなっている気がする。

 まあ、やっぱり。


「すずのこと好きなんですね」

「……ええ、もちろんよ」

「でも、怒らせて、涙を出させて、避けられて、走り去って行かれる」

「……ごめんなさい。何が言いたいの?」

「俺も、昔そうでした」

「……そうなの」


 あんまし思い出したくないけど……。


「うちはいわゆる転勤族で、ちょっと特殊なんで年に数回引っ越すこともあって高校から一人暮らししてます」

「大変なのね」

「いえ、今頃はすずが色々と手伝ってくれたり、部屋に彩りを持ってきてくれて、ほんと助かってます」

「そう……」

「一人暮らしする時、父親が言ってました。『愛してる』って。でも、愛してるなら連れて行ってほしかったです」

「そうね」

「はい。でも、父さんはそれが俺に対しての愛だったんです」

「でも一緒に居たかったんでしょう?」


 なんだ分かるじゃん……。


「そうです……だから、親が思ってる幸せと、子が思ってる幸せって案外違ったりするんじゃないですかね」


 なんて言ってみたりして。


「まあ、親でもない俺が言うのもあれですけど」

「いいえ。あなたの言う通りね……。早く家に帰りましょう。すずが待ってるわ」

「そうですね」


 なんとか、なったか。

 足早に歩き出した利穂さんの後ろをついていく。


 ◆


 家に着いた。

 お母さんも、お父さんも、一層の事いなくなればいいのに……。

 こんなに苦しいのは久しぶりだ。

 助けて渉流……。


「小鈴、帰ったのか」


 大嫌いだ。

 お父さんを睨みつけながら、部屋に戻った。

 何もない部屋。

 お金は貯めるくせにプレゼントだってくれたことはない。

 どうせ自分たちのために貯めてるだけなんでしょ……。


「そう言ってよ……!」


 怒りを枕にぶつける。

 でも虚しくなるだけだった。

 やるせない気持ちが涙を生みだしていく。

 苦しいよ……渉流。

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