第30話「どうも、お母さん」
チョコ騒動を終えた帰り道。すずが俺の手を引っ張って歩き始めた。
「どこ行くの?」
「秘密」
チョコでも買いに行くんだろうか。
まるで「遅い」と言わんばかりに引っ張ってくる。
すずはチョコが好き、と。
「渉流」
「ん」
「どっちもいるから」
「んーと、なにが?」
「どっちもいるの」
「えー、チョコが二つ欲しいってこと?」
「二人居る」
……あ?
「誰か尾行してるってこと?」
「違う」
すずが立ち止まった。
勢いそのまま、すずの肩に腕が当たった。
あべ……。
「家……来て欲しい」
「すずの家?」
「うん」
すずの家……部屋。
いけない連想が始まる。
いかん……。
「というか連れてく」
俺の腕にすずの腕が絡まる。
離さない気だな、これは。
「自分で歩くよ」
「ん」
すずは腕を離していく。
……まあ、離さないけど。
肘までも離れたとき、俺から腕を絡めてすずの手を掴んだ。
「繋いでは、おこう」
「ん!」
はぁ……可愛い。
知らない道をすずと共に歩く。
向こうの空は赤く染まっている。
俺の顔も、ちょっと赤い。
どんな部屋か、妄想が止まらない。
「渉流、緊張してる」
「ま、まあな」
そういえば俺の家に来るとき、すずは緊張していたんだろうか。
――拾ってください。
まあ、緊張なんてしてないか。
「拾ってください……な」
「また捨て猫?」
「あ、いや。ちょっと思い出してただけだよ」
最初に会ったころのすず、他になんて言ってたかな。
なんか親に捨てられたらとか言ってた気もするけど……。
あの時の言葉って、案外本心から来てたりしてたのかな。
「すず、あのさ」
でも親について詮索するのも悪いよな。
「なぁに?」
つぶらな瞳を向けないでくれ。
まあ、単純な疑問だけにしとくか。
「家に行ってから、何する?」
「んー……紹介する」
「紹介な」
それは家の中をって意味が強そうだな。
「お兄さんはいるの?」
「今日の朝、友達と旅行に行った」
なら家に親とすずだけっぽいな。
「なあ……」
いや……。
「渉流。私も頑張ってる」
「頑張ってる?」
「うん、何となく分かる。渉流、私と親について考えてそう」
「え、こわ……」
たまに考え、鋭いよな。
すずのきりっとした目が俺を捕らえる。
やっぱり何でも見透かされているんじゃないか。
「なんで分かったの?」
「渉流、優しいから」
優しい、か。
「そうでもないよ?」
「ううん。優しいよ。優しいから好きなの」
ん……。
改めて言われると恥ずかしい。
「お兄ちゃん、これから三日くらい家に帰ってこないの」
「三日もか」
「うん。だからちょっと……居づらくて」
もう日が暮れそうだ。
街灯がすずの横顔を照らす。
「いいよ。皆まで言わなくても」
「……。ほら優しい。泊まってほしいなんて言わない。けど、ちょっとだけ、力を貸して欲しいの」
ただでさえ背が小さいのに声まで小さくして、目に雫を浮かべる。
全く俺の心をどうするつもりだよ……。
「別に頼まれなくてもやるよ。すずの願いなら」
「……。ありがと」
ああ、もう。
「心配するなって、俺がいるから」
自分のせいでなくとも、ちょっと心が苦しくなる。
「でも甘えちゃだめ……」
「甘えるのと、頼るのは違うだろ?」
「だけど……」
違うんだ。
「俺……嫌じゃないし、そういうとこが……好きだからさ」
「甘える……こと?」
「そう。そうだよ。可愛いんだよ、そういうとこ」
言っておきながら顔が熱くなってくる。
もういい……言ってやる。
「俺は、そういうとこが好きなんだよ」
「あら、そうなの」
ん……。
後ろから肩に手が伸びてきた。
すずの……ではないな。
「こんにちは。小鈴の彼氏さん」
背後を見ると、俺の背丈と同じほどの女性が立っていた。
クリーム色の髪を頭部で括り、腰まで伸びた髪はまるで白銀の弓毛のようだ。
満月をバックに、女性はかぐわしい雰囲気をかもしだしている。
美しい人だな……。
「お母さん……」
すずは小さく呟いた。
母親か。それなら確かに納得いく容姿だ。
「また彼氏さんの家に泊まるの?」
「ううん……。今日は帰るよ」
「あらそう」
すずの母親は腕を組んで片膝を曲げる。
先入観もあるかもしれないが、上から目線に見えてしまう。
なんだか厳しそうな人だな。
「お母さん。渉流を家に、上げてもいい?」
「部屋は綺麗なの?」
「うん……」
「なら好きにすればいいんじゃない」
「……そう、だよね。うん」
すずの手を掴む力が強くなっている。
若干の震えも感じる。
だがここで俺が口出しするわけにもいかないだろう。
すず頑張れ……。
「じゃ、じゃあ家に上げるね」
「ええ。それじゃあ、先行ってるわよ」
「あ、うん……」
でもな……。
「あ、あの」
「はい?」
すずは俺の手を強く引っ張った。
もう会話を終わらせたいんだろう。
だけどそうもいかまい。
「お母さん。よかったら、少し話せませんか?」
多分だけど不器用なだけだと信じたい。
放任しようとしている人ではないと知っているし。
すずの母親は顔だけこちらに向けると、口元だけニヤつかせた。
「ええ、いいわよ」
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