第3話「また明日です」
平日。それは全国民が憂鬱になる瞬間だ。
学校とかめんどくせー……
学校の机に突っ伏して、俺はぼーっとしていた。
特段友達もいない。
「鳥、おはよう」
こんな風にあだ名で俺に挨拶をしてくれるクラスメイトはいるが、結局はもっと仲の良い人の方へと行ってしまうから、俺はいつも暇が友達だ。
「なんか、美人が呼んでんぞ」
「え?」
クラスメイトは教室後ろのドアを指さした。
そこには無表情で突っ立っている彼女が立っていた。
「とうとう学校でも来るようになったか……」
目が合うと、彼女はようやく微笑んだ。
「なに、鳥の知り合い?」
「その鳥ってやつやめろよ」
「仕方ないだろ、お前が入学初日の身体測定で立ち幅跳び三メートル跳んでんだから」
「まぐれだよ。頼むから苗字で呼んでくれ」
「そりゃ、無理な願いだろ」
クラスメイトに軽く会釈しながら彼女の方に向かうと、クラスメイト特に男性陣からの視線が痛かった。
「先輩、前忘れ物したんですけど」
「ばっ、お前……」
でかでかと声を出した彼女は、慌てる俺にまた微笑んで近づいた。
「今日、取りに行ってもいいですか?」
耳打ちほどの距離で喋られ、俺は心臓の音がうるさくなった。
とにかく早く終わらせないと高校生活が終わると考え、すぐに頷いて彼女を押し出すように帰らせた。
「先輩、またね」
俺が教室の中に戻ろうとした寸前、彼女はいたずらにまた大きな声で喋っては廊下を歩いて行った。
あのやろっ……!
予想した通り、彼女が帰ってからはクラスメイトが俺に寄ってたかってきた。
「お前、ちょっとは美人な事を分かってくれ」
放課後、彼女はまた俺の家に足を運んできた。
「じゃあ先輩は、私の事を美人だと思っているんですね」
揚げ足を取られて言葉が出なくなったところ、また彼女は微笑んだ。
コイツ、どんどん俺で遊ぶのに慣れてきてないか……?
「まあ、とにかく。今度から学校で話しかけてくるなら、二人きりじゃないと面倒なことになるから」
そう言って俺はスマホを彼女に向けた。
「連絡先、交換しとけばいつでも話せるだろ。それで我慢してくれ」
溜息が零れる。
これからも今日のようになってしまっては困ると言ったもんだ。
「先輩、実は私の連絡先が欲しかっただけなんじゃないですか?」
「そんな訳ないだろ」
「じゃあ、欲しくないんですね」
「いや……」
答えづらいことを言ってはまた笑う。
「お前、からかってないでさっさと連絡先交換しろよ」
「もうしましたよ」
その時、スマホから一件の通知が届いた。
そこには猫のアイコンで「小鈴」と書かれた人から「にゃー」という言葉が送られてきていた。
ただ一つ、
「お前、この猫ってうちの猫だろ」
そう問いただすと、彼女はそっぽを向いた。
「いつ撮った?」
猫の背景に映っている家具の配置や、景色、壁や床の色など全てが俺の家にあるものだ。
「前、お茶を淹れてもらってる時に撮りました」
「許可は?」
「猫だから分かんないにゃん?」
そう言って手を丸めて頭に、首を傾げて笑顔を向けてきた。
「にゃんって言っておけば許されると思うなよ」
「先輩、怖いですにゃん」
彼女が「にゃん」と言う度に、どんどん溜まっていくものがある。
「にゃん」
「やめろ」
「にゃ」
「もう前見た構図なんだよ……!」
「なんの話ですか?」
「なんでもない」
彼女はまたソファーに座ると、背伸びをしてくつろぎ始めた。
「なあ、忘れ物取りに来たんだろ?」
「あー、忘れてないですよ」
「……は?」
彼女は少し面倒くさそうに溜息ながら、こっちを向いた。
「だから、忘れ物してないですよ」
「あー、そう。……いや、待て待て」
あまりにも淡々と言うから、普通に受け入れそうになってしまった。
「え、何? 忘れ物してないの?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
「え、なんでちょっと面倒臭そうなの? なんで、嘘ついたの?」
「だって、そうしないと先輩、家に上げてくれなさそうだったので」
「んー……」
否定は出来ないが、否定をしないといけない場面のようで頭がこんがらがる。
「用がないなら上げないな。まあ」
「それなら嘘つかなくてもよかったですね」
「ん?」
彼女は胸元のリボンを外し始めた。
「え、ちょ、なに、え、何してんの?」
リボンを外すと、今度はシャツの第一ボタンをはずし始めた。
え、これって……
妄想が膨らみ始めた。彼女の手つきに目がいってしまう。
「お、おい。待て待て」
第二ボタンに手をかけた彼女に、俺は声をかけた。
「何ですか?」
「いや、何ですかじゃなくて、何してるの?」
そう聞いても彼女は無視して第二ボタンまで開けてしまった。
おいおいおい……
俺は見てしまってはだめだと、目を瞑るも、やはり男というのは見てしまうものだ。
薄目で彼女を見ていると、スクールバックから何かを取り出した。
ん……
目を開けて見て見ると、彼女は青い首輪をつけた。まるで本当の猫のように。
「ええ?」
「先輩、このまま私がシャツを脱ぐとでも思ったんですか?」
そう言って第二ボタンを閉め始めた彼女は、今までに見たことのない訝しんでいる目で見つめてきた。
「あ、いや……」
「期待でも、しちゃいましたか?」
「そう、からかうなよ」
傍に近寄ると、彼女は胸元の服を手に持って少し下にずらした。
本能的に目を逸らすと、彼女から笑い声が聞こえてきた。
「先輩、だめですよ。想像力があることはいいことですけど」
この野郎……
「んで、お前その首輪は」
話を逸らすと、彼女は猫を抱えた。
「それはもちろん、飼い猫に決まってるじゃないですか」
「いや、決まってないからな」
「飼い猫なら、飼い主の家に帰ることは当たり前。つまり、私の家は先輩の家ってことです」
「いや、猫はともかく後輩を飼った覚えはない」
「そうですか……」
そういうと、彼女はまたボタンを外しては首輪も外した。
「分かりました。じゃあ、捨てられてきますね」
「は?」
彼女は静かに立ち上がると、スクールバッグを持って玄関の方へ歩いて行った。
え、俺が悪いん……?
「次の飼い主、探してきます」
そう言って彼女は靴を履いた。
次の飼い主……彼女が俺以外に、こんなことを……
そう考えた瞬間、俺は彼女の手を取っていた。
「な、なあ……まあ、待てよ。まだ俺は捨てるって言ってないだろ」
「じゃあ……何ですか」
こちらを振り向いた彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。
あ……
「ごめん……捨てないよ」
「じゃあ……」
「うん。まあ、正直よく分かんないけど、拾うよ」
そう俺が言った時、彼女はポケットからスマホを取り出した。
「先輩、言いましたよね」
その時、俺のスマホにまた通知が来た。
ん……
スマホを見ると、そこには録音した動画が張り付けてあった。
まさか、な……
動画を再生すると、それは今の一連の流れを全て録音しているものだった。
「拾うよ」という俺の言葉が聞こえてくる。
「お前、はめやがったな!」
「でも、今のが先輩の本音ですよね」
そう言われて、俺は言葉が出なかった。
「……分かったよ。負けを認めるよ」
そういうと彼女はニコッと笑って、玄関扉を開けた。
「それじゃあ、また明日です。先輩」
「おう……」
後輩はご機嫌に手を振って帰っていった。
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