第2話「先輩、遊びましょ」
「というかお前、どうやって俺の家把握したんだよ」
ソファーに腰掛ける彼女に、お茶を出しながら疑問をこぼす。
だが彼女は、机からコップを手に取り、そのまま何も喋らずにお茶を飲みほした。
「おい、何かは喋ってくれよ」
答えを急かす俺に、彼女はゆっくりと立ち上がっては近づいてくる。足音も立てずに、目を逸らさずに、獲物を逃さまいとするように。
もうあと一歩でも動けば体に触れてしまいそうな距離になり、俺は生唾をごくりと飲み込んだ。
彼女の美人さを再度認識してしまう。
何も喋らなければ、山頂に咲く一輪の花のように美しく、どこからか鮮やかな小川のせせらぎが聞こえてきそうで、もはや芸術作品のような人だ。同じ人間だとは思えない。
もうこのまま、キスでも……
「もちろん。ストーキングです」
「台無しだよ……!」
彼女は誇ったように腰に手を置く。
「そうだよな。お前はネジの外れた野郎だったよ」
「失礼ですね。拾ってもらいに来ただけですよ」
「もう家に侵入してるだろ」
「隙を見せる先輩が悪いんですよ」
あー……もう、分かんねーよ
外見と中身のギャップがありすぎて、風邪でも引いてしまいそうだ。
「でも今なら拾うというよりは、飼ってもらう方があってますね」
「寄生虫の間違いだろ」
「聞き捨てなりませんね。一日一にゃんなら言ってあげますよ」
この美人から生にゃん……だと
「それを世間は寄生虫と言うんだよ」
強気な態度に出たが、正直またトイレに行きたい。
落ち着けー俺……。リラックス。いいか今のはただ猫が鳴いただけだ。別に、後輩が鳴いたわけじゃない。人が鳴くってどういうことだよ……
「時代は一家に一台、後輩猫ちゃんですにゃん」
彼女はいたずらに手を丸めて頭に、首を傾げた。
表情が変わらずそのままなのが救いか……
「お前、俺に飼われて何になるんだよ」
彼女は俺の言葉で頭に置いていた手を力なく下げて、動きを一切止めた。
無音状態が続いていく。
あれ……もしかして余計な事言っちゃったか?
「ごめ――」
「理由なんていりますか?」
「あー……」
謝ろうとしたが、彼女は特段変わらぬ表情で頭を傾げた。
杞憂だったか
「考えすぎですよ。ハゲますよ?」
「失礼だな、おい」
彼女は微笑みながら、ソファーに座る。
まるでここが自分の家だと言わんばかりに、ゆったりとくつろいでいる。
はぁ……俺、どう動けばいいの? まあ、
「なんかして遊ぶ?」
「遊びます」
食い気味で答えた彼女に、そこら辺に落ちていた猫のおもちゃを手渡すと、何とも言えない顔を見せた。
「ねえ、ごめんって」
「いいですよ。やっと私を飼い猫にする気が起きたんですよね」
「いや、違うよ?」
後輩は猫のおもちゃを持って、また俺に近づいてきた。
「あー、おい? それでは遊ばない。ほ、ほらゲームとかさ、なんかあるじゃん」
後ずさりしながら、何か遊べるものを探している目が、どんどん彼女だけを見つめるようになってしまう。
「先輩、遊んでにゃ」
「やめろ……」
「にゃ」
「やめろーー!!」
結局、俺は彼女にされるがまま、おもちゃをキャッチボールのようにして遊び始めてしまった。
「これなんの遊びだよ」
「ハゲますにゃ」
「だ、ま、れ」
彼女は嬉しいのか、楽しいのか、さっきの微笑みとは違う笑顔を向けてくる。
それを見ているとこっちまで楽しくなってくる。
なんだこれ……
いや、単純に彼女の空気に毒されているだけなのかもしれない。
「なあ」
彼女から渡ってきたおもちゃを手に留めて視線を向ける。
「なんであの時に、拾ってくださいなんて紙持ってたんだよ」
そう聞くと、また彼女はさっきみたく力なく手を降ろしては笑顔を消した。
「理由はいりませんよ」
「いやまあ……本当に親に捨てられそうだとかじゃないなら、いいんだけどな」
またおもちゃを彼女にパスすると、受け取ると同時に猫の方に投げた。
猫はおもちゃを受け取ると、待ってましたと言わんばかりに足で蹴っては遊び始めた。
「辛いことでもあったんなら話してくれよ。友達みたいなもんだろ?」
親身になろうと様子を伺いながら近づくと、彼女はまた微笑んだ。
「なんとなくですよ」
「なんとなく?」
「先輩に、拾われたかっただけです」
「でも、俺があの道をあの日に通るかどうかは分からないだろ?」
「はい。だから、なんとなくなんです」
それもそうかと謎に納得して、水を取ろうと台所に足を運ばせると、彼女もついてきた。
「なんだよ」
「私たちはお友達、ですか」
「まあ、バカやってる友達みたいな感じじゃない?」
後ろで手を組んで、俺のやっていること全てに視線を合わせてくる。
まるで本当に猫みたいに、俺についてくる。
こんな美人な猫が居てたまるか……
「飲み物、おかわりいる?」
「じゃあ、貰います」
「水? お茶?」
「お水で」
俺は訳あって一人暮らしだ。つまりこの家には彼女と俺しかいない。
んー……同棲みたいだなって考えるとまずいよなー……
「先輩、ゲームは何するんですか?」
コップに水を汲んでいると、彼女は俺の脇腹に肩をぶつけてきた。
「お、おい、やめろよな。危ないから」
変に裏返った声を聞いて楽しくなったのか、彼女はまた肩をぶつけては微笑んだ。
これじゃあ、どっちが飼われてるか分かんないな……
「ゲームな」
咳払いで恥ずかしさを誤魔化しながら、コップを彼女に渡した。
ゲームか……
「色々やってるよ。オープンワールドやってたり、パズル系やってたり。でも、まあソシャゲが一番多いかもな」
何も喋らない彼女を横目で見ると、そこにはもう彼女はいなかった。
ええ?
リビングの方に向かうと、彼女はまたソファーに座っていた。
「お前、人の話はちゃんと聞けよ」
愚痴を言いながら対面に座ると、彼女は立ち上がって後ろを向いた。
「え、なに? 俺なんかした?」
「いえ……その、コップが」
そう言われても何も分からず、何となく自分の持っているコップに目をやると、それはさっきまで彼女が使っていたコップだった。
あ……
「あ、いや、違う。その、違うんだ。あの、別に間接キスがしたかったとか、そういうわけではなくてだな。なにも考えてなかったが故に、こうなってしまったというか。逆にゲームの事について考えてたからこうなったというか」
慌てて弁明を図るも、彼女はこちらを向いてはくれなかった。
「あのー……」
謝ろうと、土下座の準備を進めていると、彼女はこちらを向いた。
その手に握っていたコップの中の水は、かなりの量が減っていた。
ん……そういえば、さっき台所で言えばよかったんでは?
「先輩、反応がいちいち面白いですね」
くすくすと初めて目を瞑って笑う彼女を見て、大事なことは忘れてなんだかほっとしている自分がいた。
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