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捨て猫を拾っただけなのに、隣にいた美人な後輩まで「拾ってください」と言い始めた。  作者: 為世 斐文


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第1話「捨ててください」

「拾ってください」


 休日も朝。俺の家にやってきた彼女は、同じ高校に通う後輩――猫宮 小鈴だ。


「いや、だからさ……」


 寝起きもいいところ、あくびと眠気でくすむ視界の中で、なんとか彼女を捕らえる。

 ……寝起きで声が枯れてるな

 そんな俺に、彼女は水入ったのペットボトルを差しだしてきた。


「どうぞ」

「ありがとう……」


 珍しく彼女が微笑んでいるのに、寝起きで頭が回らない俺は何も考えていなかった。

 やけに柔らかいペットボトルの封を開けて、枯れた喉に水を流し込む。

 はー生き返る……

 なんて呑気な事を思っていると、彼女は下唇に人差し指を添えながら口を開いた。


「私の飲んでいた水ですが、それでもよければ」


 その言葉を聞いた俺は思わずペットボトルを落としてむせていた。

 なんでだよ……

 せき込みながら後輩との出会いを思い出す。あれはまさに《《運命》》的な出会いだった。




 初夏、じめっとした空気が漂い、髪が肌に張り付くのを嫌に思いながら、コンビニで買ったアイス片手に道を歩いていると、角を曲がった先に一人の女性が段ボールの前でかがんでいるのが見えた。

 ん……なんだ、なんだ

 樹液に集まる昆虫のように傍へ近寄ってみると、拾ってくださいと書かれた段ボールの中に小さな猫が入っていた。

 ひどいことをする人もいるもんだな……

 食べ終わったアイスを袋に詰めると、音で気づいたのか、猫を見ていた女性がこちらに振り向いた。

 絹のような長い黒髪に、切れ長い細目に、高い鼻筋に見合う凛とした佇まいを持ち、口角もまゆも動かさないクールな清楚っぷり。

 捨て猫なんて忘れて、勝手に才色兼備なんて言葉が似合いそうだと考えるほどには美人な人だった。

 しばらく彼女に見とれていると、彼女は猫を指さした。

 ああ……そうだった


「拾われますか?」


 可憐でかぐわしい声を出した女性に、どぎまぎしながらも俺は声を出した。


「あ、いや……えーっと」

「可哀そうなヌコさんです。でも現実問題、拾える人は限られます。でも、この暑い初夏にヌコさんは耐えれるんでしょうか……」


 苦言を呈した彼女に、俺は謎にカッコつけたくなってしまった。


「あ、ああ! お、俺。そうだった。ちょうど猫飼おうとしてたんですよねー」


 歯切れも悪く言葉を発する俺に、女性は表情を一切変えずに俺の顔を注視した。


「そうなんですか」


 全てを見透かされそうなほどに目を覗き込まれ、恥ずかしくなった俺は猫の入った段ボールを抱えた。


「じゃあ最初から、拾うっていわんかーいってね」


 そんな言葉で場を濁らせようとすると、彼女が服の袖を掴んだ。

 え……なに

 火照る顔と、高鳴る心臓を落ち着かせて、彼女の目に視線を持っていくと、彼女はショルダーバッグから紙を取り出しては、体の前に突き出した。


「《《拾ってください》》?」


 紙には無駄にデカデカと、書道でも習っていたのかと言うほど綺麗な字で『拾ってください』という文字だけが書かれていた。


「えーと……」

「私も拾ってください」

「あぁ、はい? ひろ、う……猫は拾いますよ?」

「私も、拾ってください」


 言い間違えだろうと思って訂正を図ったのに、彼女はその意図を完全に捻じ曲げた。


「あなたを拾えと?」

「はい」


 うまく状況が呑み込めずに、猫の入った段ボールを道端に置いてはこめかみを手で押さえて頭をフル回転させる。

 拾えって、人を? いやいやいや、待て待て。普通に考えれば、この女性が捨てたってことになりそうだけど、明らかに今「私《《も》》拾ってください」って言ったよな? え、言ったよな?

 彼女の方に視線を向けると、なぜか表情は変わっていないのにまるで誇っているように、拾ってくださいと書かれた紙を持っていた。

 その時に俺は思った。

 これは素行が悪い俺へ、神からの試練なのだと。こうなる運命《さだめ》だったのだと。そう、まさに運命《さだめ》的な出会いだった。




 今でもあの時になんで彼女が俺に拾ってくださいなんて言葉を発したのかは分からない。しかも、その紙をなぜ持っていたのかもよく分からない。

 多分。頭がイカレているのだろう。そう思うほか自分の疑問符に終止符をつける方法はなかった。


「お水を落としてだめにした……。弁償の代わりに、私を拾うのはいかがですか?」

「却下する」

「これでもだめ……。じゃあ、親という飼い主に捨てられてきたら、拾ってくれますか?」

「なんて言葉を発するんだ……」


 勿体ないと言っておきながら床に転がったペットボトルに目もくれず、とにかく入れろと言わんばかりに彼女は俺の体へ体当たりをしてくる。

 甘い花のようで、お日様のような和やかな匂いと、柔らかな彼女の体が俺の体を刺激しながらも、なんとかこの場のシュールさを客観視することで理性を保つ。


「拾ってください」

「ペットボトルならな」

「だめです」


 そう言うと、彼女は何事もなかったかのようにペットボトルを拾っては土がついていないことを確認してから口を付けた。

 今度はなんのつもりかと身構えた俺に、彼女は溜息をこぼす。


「はぁ……先輩、どうするんですか? キスをすると女性は子供を孕み」

「ません」

「そういうデータがn県の大学から」

「出てない。出てたら、外国の人はどうなるんだよ。しかも今のは間接だし」


 反論すると彼女は表情は変えずに頬を赤らめて、もじもじし始めた。

 初対面からは考えられないよな……

 呆れて頭を抱えようと腕を上げると、彼女はその隙に玄関へと足を踏み入れてしまった。


「お、おい。不法侵入で訴えるぞ」

「私は猫なので、人間の法は効きません」


 ちゃっかり靴を脱いで、勝ち誇ったように腰に手を置く。


「身長百五十センチの猫か。随分珍しいな」

「世界のトラ様なら」

「トラなら、四足歩行できるか」

「私、頑張ります」


 俺の言葉を鵜吞みにした彼女は、尊厳がないと言わんばかりに四足歩行、というよりハイハイで廊下を歩き出した。

 まるで羞恥心がないな……

 こんな所を隣人に見られる訳にもいかず、俺の溜息を閉じ込めるように玄関扉を閉めた。


「ヌコ。ここは私の居場所だから、帰って」

「他人が拾った猫を他人が捨てようとするな」


 家に入って早々、彼女はソファに腰掛けて、猫を膝の上に乗せては頭を撫でた。

 表情筋を一切動かさないから、猫からしてみれば恐怖そのものだろう。

 でもこうしてソファに座られると、いくら頭が抜けている彼女でも女性だ。そして俺は男だ。意識してしまうのは仕方ないことで、少しばかりトイレに行くことだって仕方のないことだ。


 「勝手に動き回るなよ」と、出る杭を打ってはおいたものの、彼女が守るかはことしれている。


「はぁー……」


 どうしても玄関先でのひと悶着を思い出してしまう。あの柔らかな感触。予想だがあれは胸なのだろう。あえて触れなかったが。

 喋らなければ無表情でお堅いイメージだが、普通にただの美人だ。しかも後輩でいて、猫に負けず劣らずの綺麗さに、惹かれる匂い。あのクールさで清楚感ありはただの犯罪だ。

 いかん……これじゃまるで変態だ

 咳払いをしながら用も足してないのに水を流して、長めに息を吐きながらリビングに戻った。


「あ、先輩。よかったですね。今なら黒髪ロングに猫耳の後輩ちゃんですよ」


 リビングに戻ると、彼女はどこで買ったのか猫耳を付けていた。

 喋らなければ黒髪清楚ロングに猫耳だ。しかも後輩。男の欲望でも詰めているんじゃないかと思うほどの美人が地面にぺたんと座っている。

 これはいかがなものか。もうトイレには行けない。


「なので、このヌコは捨ててください」


 彼女は猫を抱きかかえて、顔の横に持っていった。

 綺麗な生物が横並びになって、俺を取り合っている。うん。取り合っている。きっと。

 あくびをしながらそっぽを向く猫を見ながら、俺は若干後輩を飼うのも悪くないと思ってしまった。


「捨てません」

「じゃあ拾ってくれるということで」

「お前はいつから猫になったんだよ」

「先ほどに、トラですが」

「その設定続いてたのかよ……」


 でもやはり、本当に困った後輩だ。

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