第23話「君は……」
煙たい通路が汗を誘発し、騒がしい声が耳をつんざく。
夏祭りの会場前、前髪をいじくりながらスマホを触る。
すず、まだかな。
無駄に腹が減るような脂っこい匂いが鼻先に留まる。
ん……。
「渉流くん、だよね」
聞き覚えのない声が俺の名前を呼んだ。
スマホから前に視線を移すと、そこには女子が立っていた。
お団子ヘアにきりっとした目つき。
青い花が似合いそうな女子だ。
「奇遇だね」
誰ですかなんて言えない俺は「どうも」と小さく頭を下げておいた。
こんなおしとやかな美人知らないぞ……。
耳に垂れる髪をすくい、焼き鳥を紙コップから取り出す。
「食べる?」
「あ、いや……いい、かな」
「美味しいよ」
食べかけじゃん……。
なんでこうも俺に話しかけてくる女子は不思議な人が多いのだろう。
「あげるよ」
「今待ち合わせ中で」
「あ、そうなの? お友達?」
「いや、まあ……彼女」
「え……」
女子は口に手を当てて眉を上げる。
まるで「あなたに?」と言わんばかりだ。
「いつから付き合ってるの?」
「夏休み始めから」
「そっか」
女子の声のトーンが、若干下がった気がする。
遠い目をして、何もない地面を見つめて。
何か思うことでもあるんだろうか。
「彼女さん。いつ来るの?」
「んー……」
そうなんだよな。なんか髪型で手こずってるみたいだけど。
「まだ来ないかも」
「へー……」
「何かあった?」
女子は返事もなく、俺の腕を掴んだ。
「じゃあ、ちょっとだけお話しようよ」
「え、いや」
「ちょっとだけ。友達として」
友達……か。
俺の答えなんて聞く気もないのだろう。
強引に引っ張られた。
すずに紹介したら、何か変わったりするかな。
いや、威嚇してそうだな。
「あれからまだ、引っ越しは繰り返してるの?」
「高校からは一人暮らししてるから、今はないよ」
「え……あ、そう……なんだ」
なんだろう、このさっきから感じる違和感は。
「ちなみにさ……。私の事、覚えてる?」
「ほんとごめん。覚えてないんだよね」
「そっか……そうだよね。渉流くん、引っ越し沢山してたもんね」
「そう。何十回もしてたから、いちいち覚えられないんだ」
俺が言い終えた時、金魚すくいの前で女子は動きを止めた。
「じゃあ……憶えてる人は誰もいないの?」
「そうだな……冷酷なやつでごめん」
そうだよな。相手からしたら嫌なやつだよな。
「でも、渉流くん。ここまで話してくれるのって初めてだね」
「そう?」
「うん。そして、ここで問題です。中学二年生の時、私たちは出会いました」
「唐突だな……」
「いいでしょ? 最初の会話はどこで発生したでしょう」
そんなこと言われてもな……。
「グループワークとか?」
「惜しい」
「委員会関係?」」
「入ってなかったじゃん」
それもそうか。
「授業?」
「とも言える」
「日直?」
「んー、なったこともあるかな」
「分かんない。ごめん」
「正解は……隣の席からでした」
隣の席となると、同い年だったのか。
女子は同い年にしては妙に落ち着いた印象を受ける。
喋らないすずより、清楚だよな……。
「あの時の約束とか、覚えてないんだもんね」
「約束?」
「……うん」
こんな美人と交わした約束、忘れるわけなさそうだけどな……。
「まあ、いいよ。どうせ覚えてないって思ってたし」
「申し訳ない」
「だから私もさっき言ってた言葉覚えてない」
さっき?
「回ろうよ」
え、俺の言葉聞いてなかった?
「俺、彼女……」
「聞こえないな」
「は?」
「私ならこんなに待たせないのに」
「いや……関係ないでしょ」
「あるけど?」
んー……。
「渉流くん、彼女さんのこと好きなの?」
「好きだよ」
「そう」
気まずい。
なぜこんなに踏み込んでくるのか。
そもそも名前も分からないし、約束ってなんなんだ。
謎に謎を増やしていく人だ。
「私はまず金魚すくいがしたい」
「どうぞ……」
「渉流くんと一緒に」
「だから、俺は彼女を」
「また私の前から消えるんだ」
「……また?」
何の回答も得られないまま、女子は金魚すくいをし始めた。
振り向きざまに見せた顔は少し儚く見えた。
俺ともっと喋りたかったってこと……?
「分かった。少しだけな」
溜息をぐっと堪えて隣に座る。
女子はニコッと笑うと、慎重な手つきで金魚を掬いあげた。
「おお……」
カップに入る出目金。
「嬢ちゃんやるね」
店員に褒められてまた笑った女子。
俺は隣に居ていいんだろうか。
もしすずが今やってきたら?
でも、俺もすずに依存していることを少しは問題視するべきだと思っている。
うまく二人が友達になってくれたらいいのに。
そんな言い訳ばかり考えて、網をふやかして金魚を掬うことはできなかった。
「浮かない顔だね」
誰のせいだ……。
いや、俺のせいか。
「悪い。やっぱり、戻るわ」
「……分かった」
「また遊びたかったら、連絡して」
スマホを突き出したが、拒まれた。
「いらない」
「そう?」
「うん」
最低な奴だって思われたか。
「ごめん。じゃあ」
「……うん」
金魚の入った袋を大事そうに抱えて、女子は屋台の方へ歩いて行った。
名前……くらいは聞いてもよかったか。
会場前に向かうと、そこには見慣れた顔ぶれがいた。
なんでお兄さんまで来てんだよ……。
「すず」
「あ、ごめん」
「いいよいいよ」
俺も悪いやつだったしな。
「鴉越君~」
「どうしました」
「聞いてよ」
「はい」
「友達とカラオケ行ってたのにさ、小鈴が車出して欲しいって言ってきて。こっちに来るまでにカラオケ終わってみんな酒飲みに行ったし、さんざんだよなー」
「そ、そうですね」
すずは恥ずかしそうに俺の袖を掴んだ。
さっきの女子から掴まれた方だ。
気まずい……。考えないようにしなきゃな。
「こんなお兄ちゃんほっといて行こ」
「感謝くらいしなさい」
「さっきした」
「されてないが?」
「ありがと。はい」
変な気分。
いつもなら気にならないのに、口角が上がることを気にしてしまう。
「まあいいや。帰りは二人で帰ってよ?」
「うん」
「お疲れ様です」
「おう。前映画見れなかったし、また見に行くわ」
「分かりました」
お兄さんが帰った後に残されたすずの笑顔が痛い。
やはりさっき金魚すくいをするべきではなかった。
「すず、あの……」
「あれ、小鈴ちゃん?」
「……え」
謝ろうとした俺の前に現れたのは、さっきの女子だった。
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