第19話「突撃お兄ちゃん」
映画も終わり、帰ることにした。
こんなに距離が近かった日はない。
故に今日は疲れた。
付き合えたのは嬉しいが、逆に付き合ったからこそ俺でいいのかという疑問が生じる。
「今日、楽しかった?」
そんな疑問が埋め尽くす頭は、突拍子に小鈴へ疑問を投げかけていた。
「楽しかったよ」
そうか……。
「この笑顔が見えないのか」
何の反応もしなかった俺に、小鈴は自分の顔を指さして笑った。
「見えるよ」
「よかった」
小鈴はきっと、そんなに深く考えない人なんだろう。
純粋にその時を楽しもうとしている感じが伝わってくる。
だから連れ出してくれるのはとてもありがたい。
俺が何もしなくても、小鈴が勝手に俺の手を引っ張って前を歩いてくれる。
「渉流、映画見たい」
「まあ、いいよ」
無尽蔵のスタミナだな。
「ホラー見よ」
「おう。なんか夕飯とかお菓子とか買ってく?」
「買う」
少し憧れてしまう。
辺りが暗くなった頃、俺たちは家に着いた。
我ながら昼から夜までずっと外で遊んでいたことに恐怖を感じる。
「ホラー見ながら夕飯食べれるの?」
「だ、大丈夫」
「冷めないうちに食べなよ」
頷いた小鈴は再生ボタンを押した。
本当に食べれるんだろうか。
俺の腕を掴んで、微動だにしない。
というか、これは俺も食事が取りづらい。
まあ……いいか。
エンドロールが流れた。
B級だというのに、今回の映画はそこそこ怖かった。
予算があればもっと上を目指せただろう作品だ。
「小鈴、ご飯」
「……うん」
やはりご飯を食べれなかったようだ。
まあ俺ですら若干の恐怖を感じた作品だ。小鈴が食べれるわけもない。
「食べたら流石に帰りなよ?」
「えー、疲れた」
「親が心配するだろ」
「してないよ」
即答する小鈴。
でも何か悪寒がした。
気のせいだと思いたいけど。
「小鈴ってそういえば親、お金持ち?」
「え?」
「いや……なんとなくでさ。聞いてみたんだけど」
「んー」
小鈴は首を傾けて思考を巡らせ始めた。
まあきっと庶民とは言えないものな気がする。
小鈴が答えを出したような素振りを見せた瞬間、家のチャイムが鳴った。
「ん、ごめん。ちょっと出てくる」
「うん」
何か頼んだっけか……。
また心がざわつく。
なんなんだこれ。
そんな俺を急かすように、二回目のチャイムが家に鳴り響いた。
「今でます」
そう言って鍵を開けた時だった。
玄関がものすごい勢いで開いた。
そこには大柄で、金髪、耳にはピアスを付けた男が一人。俺を睨むように立っていた。
「あ……の、どうかされましたか?」
俺も身長は百七十七あるのに、俺がちっぽけに見えてしまうほどには身長が高い。
俺を見下ろすように見る男は無言で家の中に入ってきた。
「あの……誰ですか。警察呼びますよ」
「ああ?」
初めて出した男の声に、俺は背中に氷柱を突き刺されたような恐怖を感じた。
なにか生物学的に、本能が逆らってはいけないと言っているような。
「小鈴!」
男はリビングで冷えた夕飯を頬張る小鈴を見て声を上げた。
ん……?
「小鈴の知り合い……ですか?」
「ああ?」
ひっ……!
「すみません……」
何も言われてないのに、俺は謝っていた。
不甲斐ない。
男は俺をはねのけてドスドスと足音を立てながらリビングに入って行った。
「小鈴、帰るぞ」
「え、やだ」
リビングで男と小鈴が喋りだしたとき、俺はやっとまともに足が動き始めた。
ただまるで生まれたての小鹿のように、がくがくと震える。
「というかまず、渉流に謝ってよ」
「何を?」
「怖がらせたでしょ」
「男だろ。あれでビビるなら、小鈴はやれん」
「お兄ちゃんが勝手に決めないでよ」
「お兄ちゃんだから、決める権利があるんだよ」
「お兄さん……」
「お前の兄じゃねぇ」
「すみません……」
どうやら男は小鈴のお兄さんだったようだ。
改めてリビングに立つお兄さんは、日本の部屋じゃ窮屈なほどにデカい。
筋肉はついているし、背は高い。
だがやはりカッコよくて、スタイルもよくて、服もおしゃれだ。
兄弟だということは納得できる。
「お兄ちゃん。謝って」
「だからな」
「渉流いじめるなら、私縁切るから」
小鈴はそう言うと、俺の方に駆けよってきては腕を組んだ。
お兄さんは手を伸ばして、口をあんぐり開けた。
「俺の小鈴……が。てめぇ……!」
お兄さんは目をぎろっと尖らせた。
まるで魔王のようだ。
「小鈴……一旦離れよう。な?」
「やだ」
「離れろ。さもないと殺すぞ」
「お兄ちゃんうるさい。帰って」
小鈴の言葉にうろたえたのか、お兄さんはさっきとは裏腹にしょぼくれた顔を見せた。
「お兄ちゃん、迎えに来てやったんだぞ?」
「いらない。渉流いじめるお兄ちゃんなんて知らない」
「車で帰ろう、な」
「お兄ちゃん大嫌い」
そこまで言われたお兄さんは意気消沈した。
膝から床に崩れ落ち、顔を俯かせた。
「小鈴……迎えに来てくれたんだろ? お礼くらいはしとけって」
流石に同情した俺はお兄さんを擁護したが、小鈴は小鈴で不機嫌そうな顔を向けている。
んー……。
「今日はもう遅いしさ。ほら、親御さんも心配してるからお兄さんをここに向かわせたのかもしれないじゃん」
「どうせ心配してない!」
小鈴は感情任せに声を荒げた。
その言葉にお兄さんは顔を上げた。
「いや……普通にそこの小鹿の言う通りだぞ」
「また馬鹿にした。もう知らない。私帰る」
「え」
「え」
小鈴は荷物を持って玄関の方へ歩き出した。
「小鈴」
靴を履く小鈴の肩に手を置くと、小鈴はこちらを向いた。
「ごめん渉流。明日も来るね」
「お、おう……」
「明日は皿洗いとか手伝うから」
「いいよ。いいけど……お兄さんは?」
「知らない。あんな……。お兄ちゃん」
少し溜めてからため息交じりに言い切った。
「それは……可哀そうだろ」
「いいもん。どうせ渉流しか私のこと心配してくれない」
「いや、少なくとも迎えに来てはくれてるじゃん」
「いいの。これ以上何か言うなら、渉流も嫌いになる」
そう言われた俺は、途端に言葉が喉を通らなくなってしまった。
「じゃあね」
「おう……」
そうして小鈴は帰って行った。
さて、どうしたもんかな……。
後ろを振り返ると、お兄さんが俺を睨んで立っていた。
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