↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨て猫を拾っただけなのに、隣にいた美人な後輩まで「拾ってください」と言い始めた。  作者: 為世 斐文


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/33

第15話「初キスは、スクランブルエックス味」

 翌朝、目が覚めた俺は横に猫宮がいないことに気が付いた。

 カーテンの隙間から差し込む日光が目を刺激する。

 あくびをしながらリビングに向かうと、スマホと睨めっこしている猫宮が台所に立っていた。


「おはよう、猫宮。何作ってるの」

「スクランブルエックスです」

「エッグ、な」


 朝も早いというのに、猫宮は手を交差させて元気そうだ。

 今日の料理は変に作っていないといいけど。

 歯磨きをして、顔を水で洗って、背伸びをしながらリビングに戻ると、猫宮はまだスマホと睨めっこしていた。


「頼れよ」

「んん……」


 猫宮の隣に立つと、そこにはスクランブルエッグが皿に盛りつけてあった。


「あれ、珍しく一人で作れたじゃん」

「……これ、味しなくて」

「え?」


 少しスプーンですくって食べてみると、確かに味がなかった。


「お前……世界で初めて、卵の味を何かで相殺したんじゃないか?」

「喧嘩売ってます?」

「いや……ごめんて」


 まあ失敗と言えば味付けくらいだろう。


「バター使った?」

「使いました」

「塩コショウは?」

「振りました」

「んー……牛乳は?」

「入れました」

「で、これと」

「はい」


 レシピ的には何もおかしくない。

 頭を悩ましていると、コンロの上に置かれたフライパンが目に入った。

 そこには謎の液体が溜まっている。

 ……まさかな。


「猫宮」

「はい」

「水、使った?」

「凄いですね。食べて、見ただけで調味料が分かるなんて」


 目を輝かせている猫宮に真実を伝えるのはあまりにも酷な話だ。


「んー……俺、作るよ?」

「いえ」


 ……いえ、じゃないんだよな。

 猫宮はやる気があるのか、いつもは見せない真剣な顔を浮かべている。


「一応、なんで水使ったの?」

「えっと……スクランブルエッグってグニョグニョしてるじゃないですか」

「表現……」

「卵ってそのまま焼くと卵焼きになるじゃないですか」

「ん、まあ?」

「なので水を入れました」

「なるほどね……。もしかして、強火でやった?」

「そうです! 弱火って書いてたんですけど、先輩が起きちゃって、早く作ってあげた方がいいかなって思ったので」


 猫宮は優しいのか馬鹿なのか。


「俺なら全然待っとくから、ちゃんとレシピ通り作りな」

「でも」

「大丈夫。あ、でも水は入れなくていいよ」

「分かりました。やってみます」


 なんとか説得できたようだ。

 猫宮はせっせと料理に取り掛かった。

 慌ただしい朝。

 でも、俺のために頑張る猫宮を見ていると嬉しくなる。

 家の台所に俺以外の誰かが立つなんてこと、なかった。


「ありがとな。猫宮」


 そう伝えると猫宮は微笑んだ。

 夏休み明け、みんなにどう伝えようか。

 色んなシミュレーションが頭を巡る。


「俺たち、付き合ったんだよね」


 ……いや、無理だろ。俺、色んな意味で死ぬぞ?

 気を紛らわせようとして浮かんでくるのは、結局どれも猫宮とのことばかりだった。


 しばらく想像にふけっていると、猫宮がスクランブルエッグを持ってきた。


「お、出来たじゃん」

「なかなか手こずらせやがりましたよ」

「よく噛まずに言えたな」


 猫宮はスプーンでスクランブルエッグをすくうと、俺の口に持ってきた。


「あーんはしな……」

「先手必勝です」


 俺が口を開けた瞬間、猫宮はスプーンを俺の口の中に押し込んだ。

 反発しようとしたが、想像以上の味が口内を駆け巡った。

 美味い……。


「水は入れてないですけど……あ、愛情なら入れましたよ」


 そう言いながらすぐそばに座った猫宮から俺はスプーンを奪った。


「ちょ、まだあーん足りてない」


 猫宮にされたことをそっくりそのまま返すと、猫宮も表情を変えて口を動かした。


「上手にできたじゃん」


 俺の言葉に静かに頷く猫宮。


「ちゃんと美味し……」


 言い終わる前に俺はまた猫宮の口にスプーンを入れた。

 無言で口を動かす猫宮が小動物みたいで可愛かった。

 でも猫宮はジト目で俺を見ていた。


「もう、しないよ」


 スプーンを返すと、猫宮は大量にすくっては俺の口先にスプーンを持ってきた。

 少しむすっとした顔をしながら。


「わか……」


 言い終える前に猫宮はスプーンを口に入れてきた。

 無駄な抵抗はせず、されるがままにすると、最後の一口まで猫宮に食べさせられた。


「餌付けみたい」

「本来、俺が飼い主だったはずだけどな……」

「もう付き合ってるので猫じゃないです。それとも、猫耳付けた女の子がフェチですか?」

「いや……どっちも変わらん」

「ふーん……」


 猫宮はバッグから猫耳を取り出すと、手慣れた様子で頭に付けては近寄ってきた。


「にゃん」

「も、もう効かんぞ」

「にゃん」

「無駄だよ」

「にゃん」

「分かったって……」


 猫宮が猫の声真似をするたびに近づいてきて、もう目の前まで迫ってきた。


「にゃん」


 猫宮はそのまま目を閉じて、そっと俺の唇にキスを添えた。

 息が止まった。

 瞬きも止まった。

 ただ心臓だけが激しく動いた。

 猫宮は何も言わないで、皿を持って台所まで歩いて行った。

 猫宮の柔らかい唇の感触が、ずっと残っている。

 ……俺たち、付き合ったのか。


「どうでしたか?」


 台所から帰ってきた猫宮は、まだキスの余韻に浸っている俺に話しかけてきた。


「いや……」

「私のスクランブルエックス」


 猫宮はいつも通り、誇ったように腰に手を置いた。

 ……まあ、猫宮ならそうくるよな。


「キスの味が――したよ」


 そう言うと猫宮は首を傾げた。


「お前の真似したんだろ? 俺、悪いか?」

「そうですね。まだまだですね」


 そんな返しをしてくる猫宮が、やっぱり好きだ。

※この作品は他サイトでも掲載中です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。