第14話「大好きです」
言ってしまった。
気持ち悪いと思われただろうか。
もう会いたくないって思われただろうか。
でも、それでも構わないと思った。
「渉流先輩……私も、私も好きです」
「……っ」
猫宮の言葉は、俺の心をぐちゃぐちゃにした。
嬉しかった。
でも同時に胸の奥が痛くなった。
もっと早くに告白していればよかった。
もっとちゃんと向き合えばよかった。
そうすれば――猫宮が泣くことなんてなかったんじゃないか?
俺の背中に手を回す猫宮は、ちゃんと俺の事を許してくれるだろうか。
ゆっくりと腕を離した猫宮は、涙を流しながらも顔を赤くして微笑んだ。
「泣くなよ……」
猫宮の涙は、俺の心を強く苦しめる。
きっと大切な人だから。傷ついて欲しくないんだ。
猫宮の頬を流れる雫を手で拭うと、猫宮は俺の手を掴んだ。
そして幸せそうに俺の手に顔を乗せる。
それだけ嬉しいと思ってくれたのだろうか。
「先輩の手、大きいです」
そうか――
「か、帰るぞ……」
気恥ずかしさを隠すように言うと、猫宮は静かに頷いた。
「もう、同棲ですか?」
「また、こんな時でもからかってくるなよ……」
「ふふっ」
猫宮は俺の手を握ったまま、道を歩いた。
俺もそれを許した。
猫宮と手を繋ぐなんて、少し前の自分は考えもしなかっただろう。
不思議な感覚だ。
小さく細く、少しだけ冷たい手。
嫌なんかじゃない。むしろ愛おしい。
このままずっと、手を握っていたい。
「星、綺麗ですね」
猫宮は夜空を見上げた。
横顔からでも、その美しさがよく伝わってくる。
本当にどんな場所に居ても、映える人だ。
「そうだな」
俺も夜空を見上げると、自転車のペダルに弁慶をぶつけた。
「いって……!」
「何してるんですか」
そう言って笑う猫宮。
「しまらないな」なんて思いはしたが、笑ってくれたからそれでもいいだろう。
「先輩、コンビニ行きましょ」
「いいよ」
「乗せてってくださいよ」
「法律上アウトだ」
「けちー」
「しょうがないだろ」
そんなこんなで俺たちはコンビニに立ち寄ってから俺の家に帰った。
「んんー……」
背伸びをした猫宮の頬にさっき買ったペットボトルを当てると、目を丸くさせて驚いた。
「何するんですか!」
「いつものお返しだよ」
「じゃあもっといたずらになりますね」
「謝るからやめて?」
付き合ったとしても、俺は猫宮に叶う日は来ないみたいだ。
「何の映画見たいの?」
ソファーに座った猫宮は、モニターの電源を入れると何かを企んでいそうな顔を浮かべた。
「なんでもいいけど、ホラー見て寝れないとか言うなよ」
「ああ! また私で遊んで」
「ごめんって」
付き合ったからか、猫宮は少し変わった気がする。
「いいんだーそんなにからかって、知りませんよ?」
前はもっとこう、きっちりと敬語で話していた。
それだけ……俺との距離が近くなったのだろうか。
「はい猫宮」
いつも通りのコップを差し出すと、猫宮は俺の腕を取った。
「お前……」
「なんですか?」
「ホラーだろ」
「それは分かりませんよ?」
「じゃあなんで腕をがっしり掴んだんだよ」
引き離そうと力を入れても、吸盤でもついているのかというほどに猫宮は俺の腕にしがみついてくる。
「まあいいけど……」
怖いものが苦手で俺にくっついてくれるなら、正直本望だ。
ただやはり、胸が当たるのはいかがなものか。
「なあ猫宮その……言いにくいんだけどさ」
猫宮は窮屈なほど近くに寄ってきながら、首を震わせて俺を見た。
「その……胸が当たるんだけど……」
俺の言葉を聞いた猫宮は、少しずつ顔を赤く染めると電波が悪いゲームのように、かくかくと動いて腕を離した。
「もし、怖くて嫌なら組んでてもいいけど……一応な、一応。言っておこうかなって思って」
「気にしてなかったのに……気になるじゃないですか」
怖くて近寄りはするが、俺の腕を掴むことはしなくなってしまった。
それが少し申し訳なく感じる。
そしてなにより、自分のせいなのに寂しくなった。
「これなら……いいよ」
俺は猫宮の肩に手を置いて、体に引き寄せた。
「お言葉に甘えます」
これでいいと言ったものの、猫宮の柔らかい素肌に触るのはちょっと気が引ける。
客観的に見たときに、俺はまだ猫宮に触れてもいいとは思えない。
でも猫宮はこの体制に慣れてしまったのか、再生ボタンを押してしまった。
モニターに流れるのは前とは違う、もっと本格的なホラーだ。
何とも言えない怖さがゆっくりとこちらに向かってくるような怖さをしている。
確かに、海外のド派手な演出をするホラーよりかは、日本のようにゾクゾクくる怖さの方が怖いのには納得だ。
だからこそ、猫宮が俺にくっつきたくなる理由も分からなくもない。
でも俺は腐っても男だ。猫宮の胸を見てしまう瞬間だってあるわけで、それを猫宮に見られることもあるというわけだ。
「映画見てくださいよ」
「いや……うん」
「そんなに私のこと好きなんですか?」
「いや……まあ、好きだけど」
そう言ったらまんざらでもない表情で笑う猫宮もどうかと思う。
似た者同士ということだろう。
時間は過ぎ去り、映画はエンドロールを迎えた。
猫宮ほどではないが、俺も流石に怖かった。
名のある映画は流石の演出力だ。
セリフも、映像の魅せ方も、設定も、全てが一流だ。
「せ、先輩……トイレ」
「そこにあるじゃん」
指をさすと、猫宮はぶんぶんと首を横に振った。
「だから最初に言ったじゃん。怖くて寝れないとかなるなよって」
「ね、寝れはするので……だ、だめですか」
切実にお願いしてくる猫宮がおもしろ可愛くて、俺はにやける顔を隠しながら着いて行った。
とはいっても数歩の距離にあるのだが。
「先輩、そこに居てくださいね」
「分かったよ」
「絶対ですよ……」
猫宮は杭を打っていそいそと扉を閉めた。
さて俺は約束を守るわけもなく、ソファーに座った。
別に嫌がらせではない。
いつもからかってきたのが悪いんだ。
俺は悪くない。
しばらくして開いたトイレのドアから、殺気を帯びた気配を感じた。
「分かったって……」
猫宮は俺を睨みつけ、猫のように背中を反り上げて威嚇してきた。
「悪かったよ」
「先輩なんて、嫌いです。やっぱり猫じゃないと優しくないんですね」
「別にそんなつもりないんだけどな……」
「無自覚が一番罪ですよ」
そう言って数分前の出来事でも忘れたのか、猫宮は腕を組んできた。
「どうする? 寝る?」
「……寝ます」
とは言ったものの、現実問題ベッドは一つしかないし、二人一緒のベッドに寝る訳にも行かないわけで、怯えている猫宮をどうしたものか。
「ま、まさか……一人で寝ろとか言いませんよね」
「は?」
「くっついて寝てもいいですよね」
「いや……」
猫宮は猫ふりしているくせして、子犬のような目で俺を見つめた。
……むりだ。
猫宮のこういう顔にはめっぽう弱い。
「分かったよ……」
「やった」と小さくガッツポーズをした猫宮は、案内もしていないのにベッドのある部屋まで俺を案内した。
「お前……風呂もそうだけど、いつ確認したんだよ」
「間取り何て大体見たら分かるじゃないですか」
「まあ……確かに?」
無駄に説得力のある言葉を吐かれ、俺は何も言い返せなくなった。
そのままなぜか俺の家なのに猫宮になされるがまま、二人して同じベッドに入った。
「先輩って、無駄にいい匂いしますよね」
臭くないかと心配したが、猫宮にとっては臭くない匂いだったようだ。
「いや、そうか?」
「なんか……木のいい匂いがします」
「それ……ベッドのすのこだろ」
「あ……言われてみれば」
そう言いながら俺の腹に背をくっつけてくる猫宮。
改めて猫宮の小ささを実感する。
でも、
「あんま実感湧かないな」
「なんのですか?」
「付き合ってること」
「あまり変わりませんもんね」
「そうだな。どっかの誰かが積極的だったからなー」
「そんな人を彼女にしてる先輩も先輩ですよ?」
「んん……それは、そう」
「でも、私は先輩のこと大好きです」
「……俺もだよ」
猫宮といると、いつも笑顔が絶えない気がする。
猫宮と出会えてよかった。
「おやすみ、猫宮」
「はい。おやすみなさい」
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