第13話「好きだよ」
昂る心臓。
俺は今、猫宮に可愛いと言ってしまった。
猫宮はソファーに足を乗せて、膝に頭をうずめた。
「ごめん……キモくて。でも、俺には猫宮が可愛く映ったから……」
何も喋ってくれない。
その状況が気まずくて、俺はゆっくりと立ち上がった。
「猫宮、俺もお風呂……」
俺が言い終わる前に、猫宮はバッと俺に抱き着いた。
え……
「行かないで……ほしい」
猫宮の胸が、腰回りにぶつかる。
あ、だめ。非常にまずい……
「な、なあ猫宮……」
「行かないで……」
「いや、トイレ……行きたいというか」
「……分かった」
猫宮はゆっくりと離れた。
その顔は赤くて、泣き目だった。
急ごう……
俺は急いでトイレに入って深呼吸をした。
というか、ため語……だったよな
何日経っても、相変わらず猫宮からの情報量は多すぎて処理しきれない。
あいつ、無駄にではないけど……胸デカいの分かってんのか? 押し付けるなよな……しかも、赤い顔して、ため語までやりやがって……
悶絶する心に、脳内では水着の猫宮を投影し始めた。
何すんだよ頭……!! くそっ!!
頭を抱えて、深呼吸を続けていると、次第に治まってきた。
いつも通り、トイレに水を流してから出ると、猫宮はこっちを見ていた。
「渉流先輩」
可愛いこと自覚もってくれよ……
ソファーの持たれるところに頭を座らせて、首を傾ける猫宮。
「お前、いちいち情報量多いんだよ。毎回」
そう愚痴りながらソファーに戻ると、猫宮が肩をぶつけてきた。
「私、可愛いですか?」
こいつ味閉めたな……
「もう言わん」
そう強気に腕を組む。
これ以上、何かが合っては俺の何かが暴走してしまう。
「お母さんに襲われたって話しますね」
「やめろ!」
猫宮の方を向くと、猫宮は俺の頬に唇を当てた。
は……
「なに……してんの」
「なんでもない……よ」
こいつっ……!
「お前さ……いい加減に、自分が可愛い人だって自覚しろよ。俺、毎日耐えてるんだぞ。猫耳付けて、体くっつけて、ポッキーゲームに、頬にキス? 二人きりで海も行って、今日は泊まり? 俺……」
思っていた言葉を全て吐くと、猫宮は体を細めた。
あ……
「迷惑……だったんですね」
「いや……」
「嫌なら言ってくださいって……前言ったのに……」
俯いてしばらくすると、鼻をすする音が聞こえてきた。
あ……
「ごめん……猫宮」
「迷惑なら……言ってくれればよかったのに……」
顔を上げた猫宮はいつしか見せた涙をこぼした。
違う……違う……俺は、俺は……
何も言えないでいると、猫宮は立ち上がった。
「もう……会いたくないですよね」
俺は……馬鹿だ……意気地なしだ……
「返事も……ないですか」
一歩、また一歩と玄関に向かう猫宮。
俺は涙が溢れながらも、体を動かせなかった。
誰も失いたくないはずなのに。ましてや世界を広げてくれた猫宮を手放したいなんて思ったことないのに。
なんで動けないんだよ……
ゆっくりと玄関が開く音がする。
息が荒くなる。
――玄関が、閉じた。
数分後、俺はソファーでぼーっとしていた。
静かな家。
これがいつも通りだったのに、今日は胸が引き裂かれそうなほど痛い。
俺……なんで好きって言えないんだよ
ソファーからぶら下げる手を、猫たちが舐めたり叩いたりしてくる。
何も考えられない。無気力のままでいると、スマホに通知が届いた。
猫宮からかと期待して起き上がると、どうやら瑛大からだった。
『渉流君、後輩さん怒ってから戻ってきた?』
ああそうか……見えるのか
『戻ってきてないよ……』
『あー、一応は言っておくね』
お節介か……
『声上げて泣いてたよ』
瑛大から送られてきた一文が、俺の心をひどくしばりつけた。
痛い……
『渉流君、なんか言っちゃったの?』
『……俺が悪い』
『ええ、どうしたの。話聞くよ』
猫宮……
『ごめん。話はまた後でいい?』
『え? いいよ。いつでも聞くよ』
『ありがとう』
『ううん』
何泣かせてんだよ俺!
俺は自分の頬を平手で殴った。
追いかけるぞ……
チャリキーを握って部屋を飛び出た。
◆
だいぶ落ち着いた。
やっぱり渉流先輩にとって、私は迷惑な存在でしかなかったらしい。
おかしいな……猫なら好きだと思ったんだけど……
先輩にやってきたこと全て、裏手に出てしまったのだろうか。
もっと早くに気づいておけばよかった。そうしたら、こんな悲しい気分にはならなかったはずなのに。
「渉流先輩……大好きでした……今まで、ありがとうございました」
なんて呟くが、誰も聞いちゃいない。
夜空を見ると、渉流先輩が映画を誘ってきた時のことを思い出す。
あれも全て社交辞令。私の思い上がりだ。
先輩と初めて会った日、それは数年前に遡る。
小学生の時、習字の塾帰りに何となくぶらついていたら、路地裏に歩いていく先輩を見かけた。
大事そうにキャットフードを抱える姿を不思議に思って、そばに近寄ってみた。
すると、先輩は路地裏に居た捨て猫にキャットフードを与えていた。
「お小遣い貯めて買ったんだからな。大事に食べろよ」
そう言って猫の頭を撫でて、優しい笑顔を向けていたのを覚えている。
その様子がかっこよくて、それ以来ずっと物陰から見ていた。
でもある日を境に先輩は路地裏に来なくなった。
だからずっと探していた。
隠れた所で猫に優しくする先輩に会いたかった。
でも中学生になっても先輩は見当たらず、もう会うことは無理だろうなって思っていた。
高校に上がって、久しぶりに塾の先生に出会って、塾で習字を書くことになった私は迷わずに「拾ってください」と書いていた。
まだ諦められていなかったから。
この文字さえあれば、不思議と先輩に出会える気がした。
まさか本当にばったり出会うとは思っていなかった。
しかも同じ高校。捨て猫の前で。
嬉しかった。ずっと探していた初恋の人を見つけられて、つい強引にもアプローチをしてしまった。
まさかこんな結果になるとは思わずに……
「渉流先輩……」
歩く足に力が出なくて、道端でしゃがみ込んだ。
もう……会えないんだ……
そう実感すると、また涙があふれ出てきた。
「猫宮」
「え……」
◆
全速力で自転車を走らせていると、道端で座り込む猫宮を見つけた。
「渉流先輩……」
「ごめん……猫宮、泣かせて」
猫宮はゆっくりと立ち上がった。
「猫宮、俺さ……」
自転車を降りて、猫宮を抱きしめた。
心臓が激しく鼓動する。
「俺、俺……好きだよ」
「え……」
「猫宮の事――好き、だよ」
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