第11話「一人の女の子」
夏休み、それは陽キャが湧きたつ時期だ。
夏祭りに花火、海や冷房の効いた図書館なんてのもいい。
もちろん、俺にとっては無縁な世界ばかりだ。
無縁なはずだったのだが、
「渉流先輩、暑いですね」
「そりゃまあな」
俺は今、後輩の女子――猫宮と海にやってきたところだ。
「浮き輪借りましょう」
「そうだな」
そして一度チラッと見ただけで、猫宮の水着姿をまだそんなに見ていない。
はぁー……見て平常心保てるわけなくないか。猫宮だぞ、あの猫宮だぞ
「渉流先輩は何借りますか?」
「あー……シンプルな奴にしとこうかな」
「じゃあ私は二人で入れるやつ借りますね」
「は?」
なんの躊躇いもなく、猫宮は店員にお金を払ってしまった。
おい、まじかよ……
店員から浮き輪を受け取ってから、改めて猫宮を見てみた。
全体的にフリルで装飾され、胸元は猫の顔の模様でくり抜かれ、腰のリボンが目立つ水着だ。そして何よりも、頭に猫耳のアクセサリーを付けている。
なんでここにまで猫要素を持ってくるんだよ……
「猫宮、そっち持つよ」
「ありがとうございます」
猫宮を見れないで周りを見ているからこそ良く伝わってくる。
周りの人たち、特に男どもは猫宮をじっと見つめている。
まあこんな美人が胸元の空いた水着を着て、猫耳なんて付けてたら見てしまうだろう。
「なあ猫宮」
「はい」
「猫耳って……取らないのか」
「濡れたら外しますよ」
それはもう遅いだろ……
「渉流先輩、私たち人気者ですね」
「いや、猫宮だけだよ」
「いいえ、私たちですよ」
そう言って猫宮は肩をぶつけてきた。
「や、やめろよ……」
「今更ぶつかっただけで照れるんですか?」
「シチュエーションってものがあるだろ」
照れを隠すように強く言うと、猫宮は前に出て振り向きざまに微笑んだ。
「今日の猫は私一人ですもんね」
今日の猫?
「お前は人間だろ」
「先輩を独り占めできるし、先輩も私を独り占めできるんですよ」
独り占めという言葉に何か来るものがあった。
背徳感だろうか。
恐怖感も感じる。
いいのか……?
「でも渉流先輩。今日の私は――一人の女の子ですよ」
そう言って海に入っていく猫宮は、いつもより楽しそうに見えた。
女の子……
猫宮の背中を追って波に一歩踏み入れた。
正直言うと、海に来たのはこれが初めてだ。
「生ぬるいけど、若干冷たいか……」
波の中途半端な温度と、変な触り心地の砂。海に触れていない体の暑さ。
海って……こんな感じだったんだな
「渉流先輩~」
まだ猫耳をしている猫宮は、海の中から水しぶきを上げて出てきた。
「冷たくて気持ちいですよ~」
「い、今行くよ」
砂に足を取られながらも、なんとか猫宮の方へ向かう。
「猫宮、浮き輪いる……」
前を向いたが猫宮が見当たらない。
え……
「猫宮?」
辺りを見渡すと、猫耳が波に乗ってこちらに向かってきていた。
まさか……溺れたんじゃ!
そう考え終わった瞬間にはもう海の中に潜っていた。
待ってろ猫宮……!
音が消え、俺はゆっくりと目を開ける。
そこには魚に手を伸ばしている猫宮が居た。
上から太陽の光がまばらに差し込み、猫宮の顔にスポットライトが当たる。
綺麗……
猫宮は瞬きしながら、凛とした顔をこちらに向けた。
「はっ……」
息が続かずに海面へがると、目の前から猫宮も上がってきた。
「海、気持ちいですね」
「そうだな」
波に流されて砂浜に打ちあがった浮き輪。
ゆっくりと体温を冷やす海水。
目の前で笑う猫宮。
綺麗で幻想的な絵のような景色。
「最高だな……」
そう呟くと、猫宮が波を顔に向けてかけてきた。
「お、おい!」
「まだまだ、楽しみましょう!」
「この、やろ!」
お返しに水を返すと、猫宮はさらに大量の水をかけてきた。
なんだよこれ……楽しい!
ひとしきり遊んでから砂浜に座った。
猫宮は隣で綺麗な貝殻や、丸まったガラスの欠片を集めている。
父さん、今何してるのかな……
親とはもう一年と半年ほど会っていない。
今頃どこにいて、ちゃんと仕事を続けられているのかすら分からない。
小さいころは泥で遊んだりしたよな……
過去を思い出しながら手で海水と砂をすくった。
泥遊びというか、小さな海みたいだな……
隣から猫宮が拾った貝殻を一つ入れた。
「小さな海ですね」
「……全く同じこと考えてたよ」
「何ですか。相思相愛で好感度アップでも狙ってますか?」
「げ……」
その言葉に猫宮が猫を嫌いだと言った時のことを思い出した。
「あれれー、何ですかー?」
「何でもない……」
猫宮はうつ伏せの状態で下からじっと見つめてくる。
目のやり場に困る……
「相思相愛なんですね」
無理に否定もしたくなくて、黙って空を見上げた。
雲一つもない晴天だ。
「……そういえばなんで猫嫌いなんだよ」
「誰かが猫しか見てくれないからです」
話を逸らしたがどうやらまかり通ってくれたようだ。
食い気味で答えやがったな……。でも誰かな……父親か母親か、それとも別の誰かか
「猫宮のことをちゃんと見てないんならひどいやつだな」
こんな可愛いのに、言わないけど
「本当に、そうですよね」
さらにぐいっと近寄ってきたので、チラ見はしたもののすぐに目を逸らした。
「なんかあったら言えよ」
気を遣って言ったつもりが、猫宮にとっては禁句だったのだろうか。
害虫を見るかのような目を向けられた。
「ごめん……」
「いいえ、いいです。だって今日、楽しかったので」
そう言って猫宮は体を起こして隣に座った。
少しずつ火照る体。
重なりそうな手と手。
少しだけなら……
そう思って体を寄せると、猫宮も体を寄せてきた。
「バカお前、せっかく体が当たらない距離で止めたのに」
「もう指は触れちゃってたじゃないですか」
「それは……」
「いいんですよ。もっと私に近づいても」
それって……どうなんだよ
猫宮はなんで俺と二人きりになろうとするんだろうか。
それって好きってことなんじゃないだろうか。
でも俺が瑛大と話したいように、猫宮も俺と話したいだけなのかもしれない。
「なあ……」
少しくらいはいいよな……少しくらい
「猫宮ってさ……」
「はい」
あの日言えなかった言葉を今喋るだけの話だ
猫宮の顔を見る。
その途端に全身が赤くなっていく。
だめだ……ハズすぎる
「……なんで今日は……二人きりで海に誘ったの?」
何とか近しい形で言葉を吐けた。
足元には小さな波が押し寄せる。
でも好きだなんて言葉、待っちゃいけないよな……
「渉流先輩」
俺が考え事をしている間に、猫宮はまた猫耳を付けていた。
「それは――私が猫を嫌いだからですよ」
そう微笑む。
猫が嫌いなことが、何に結びつくと言うんだろうか。
「俺の家……来たくないなら、逆でも……いいけど」
詰まる言葉。
さっきよりも火照る体。
心臓はうるさくなって、また猫宮に心音でも聞かれそうだ。
「じゃあ今度、家に来てください。女の子で待ってますね」
「それどういう意味なんだよ……」
もう全然分からずに弱気に吐くと、猫宮ははにかんで笑った。
「内緒です」
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