第3話:背徳の蜜と胎動の夜
秋の気配が冷たく湿る夜だった。
子供部屋のドアを閉め、廊下に戻った亮平の足取りは、鉛のように重く引きずられていた。耳の奥で、カチリ、と微かな硬質音が鳴る。あの会社のトイレで触れた「歯」の冷たい感触と、耳裏の孔から這い出る粘液の不気味な気配。正気であれば一刻も早く病院へ駆け込むべき異変なのに、今の亮平の脳内は、別のドロドロとした熱で塗り潰されていた。
リビングのソファでは、妻の恵美が待っていた。
薄手のシルクのネグリジェの裾から覗く白くしなやかな脚。恵美は、ソファの背にもたれかかり、白くしなやかな脚を組んでいる。そのふくらはぎの曲線、かすかに隆起する乳房の影、そして彼女が纏うアンバーの香水と、煮詰まった紅茶のような甘い体臭が、部屋の空気をねっとりと重くしている。
「七海ちゃん、すんなり寝てくれた?」
恵美の声音は艶やかに潤み、亮平の股間を直接撫でるような官能を孕んでいた。
「ああ……すぐに眠ったよ」
かすれた声で答えながら、亮平はネクタイを乱暴に引き剥がした。恵美は立ち上がり、すうっと音もなく歩み寄ると、その豊満な胸を亮平の腕に押し当てるようにしてしなだれかかった。
「あなた……顔色が悪いわ。また、あの耳のせい?」
「恵美……」
亮平は妻の腰を引き寄せ、その柔らかい肉感を貪るように抱きしめた。 恐怖を紛らわせるため、そして胸の奥で渦巻く禁断の衝動を押し隠すため、亮平は恵美の肉体に縋りつこうとする。その瞬間、亮平の脳裏に、かつての記憶がフラッシュバックのように蘇った。
七年前――あの先輩が謎の変死を遂げた直後、葬儀の席で、喪服に身を包んだ恵美は、まるで壊れかけた陶磁器のように美しく、自分に向けられた眼差しは頼りなげに震えていた。その腕には、生まれたばかりの赤ん坊――七海が抱かれていた。
まだ産声をあげたばかりの七海は、信じられないほど小さく、羽のように軽かった。 だが、その赤ん坊を抱いた瞬間、亮平の胸を打ったのは、単なる同情や憐れみではなかった。ある種の強烈な、黒い独占欲だった。
(この女も、この赤ん坊も、あの完璧だった先輩のすべてだ。……俺が奪いたい。いや、俺が守らなければならない)
周囲の親族は猛反対した。「先輩が死んですぐ、後輩のあなたが後妻に入るなんて正気か」「赤ん坊を育てる経済力があるのか」と、冷ややかな視線と侮蔑の言葉が亮平に向けられた。しかし、亮平はそのすべての障害を狂気的な執念でねじ伏せた。
遺された恵美と赤ん坊の七海を支えると誓ったあの日のこと。 先輩が生前、このリビングのソファで恵美と笑い合っていた光景。先輩が愛した妻の肉体を、今や自分が我が物にしているという背徳の優越感。その歪んだ背徳の快感が、亮平の血潮を熱く煮ぎらせていた。
「ねえ、あなた……」
恵美は亮平のシャツのボタンに指をかけながら、濡れた瞳で見上げてきた。
「今日ね……カレンダー、大丈夫な日よ」
その言葉の意味を、夫婦の間で確認し合う必要などなかった。避妊という理性を脱ぎ捨て、互いの肉体を完全に交わらせるための甘い合図。恵美の唇が微かに開き、そこから漏れた吐息は熟れた果実のように甘酸っぱく、亮平の理性を溶かしていく。
「……本当だな、恵美」
「ええ……今夜は、全部私を受け止めて」
恵美の言葉に背中を押され、亮平は獣のような衝動のまま彼女を抱き上げ、寝室のベッドへと押し倒した。
寝室の暗がりの中、月明かりがシーツの白さを冷たく浮かび上がらせる。 亮平は恵美の膝の間に割り込み、その滑らかな太ももを両手で力強く押し開いた。嗅覚を刺すのは、恵美のアンバーの香水と、混ざり合う牝の匂い。味覚の領域では、昂ぶった唾液が口内を満たし、生々しい熱を帯びていく。
「まずは……私を味わって、あなた……」
恵美が艶かしく腰を浮かせ、ネグリジェをはだけた。 亮平は飢えた獣のように顔をうずめ、恵美の秘部へとむしゃぶりついた。湿った粘膜の感触、熱を帯びた皮膚の旨み、そしてあふれ出る愛液の濃厚な塩気と甘みが、亮平の舌の先端から脳髄へと直接突き抜ける。
「ああっ……! そこ……ダメ……っ、変になっちゃう……!」
恵美が激しく背中を反らせ、シーツを引っ掴んで絶叫する。その声は耳に残り、亮平の獣欲をさらに狂気的な高みへと煽り立てた。恵美の肉の味を貪れば貪るほど、亮平の脳内では「先輩の妻を犯している」という背徳の快楽がスパークする。
「恵美……いい女だ、お前は……!」
息を切らせて顔を上げた亮平の髪を、恵美の濡れた手櫛が乱暴に掻きむしった。
「……私の番よ、あなた……」
恵美がするりと身を起こし、亮平の身体の上に覆いかぶさる。 彼女の熱い唇が、亮平の首筋から唇へ、互いの舌を十分に絡ませてから、鎖骨へと這い下り、敏感な乳首を吸い上げ、そして下腹部へと執拗に這いずり回る。恵美の舌が亮平の男の根元から先端までをねっとりと舐め上げ、生暖かい口腔へと深く飲み込んだ。
「っ……くう……!」
視覚を奪われた闇の中で、耳元に響くのは恵美が唾液を絡ませる卑猥な水音と、自分の荒い息遣いだけだった。触覚のすべてが痺れ、味覚には恵美の体液の濃密な鉄錆と甘さが広がる。先輩が愛したその同じ唇、その同じ舌が、今夜は自分のすべてを貪っている。その事実が、亮平の背徳心を限界を超えて沸騰させた。
「恵美、もう我慢できない……!」
亮平は艶かしく濡れた恵美の身体を引き寄せ、その最も熱く湿った深い場所へと、自身の硬直した肉体を一気に突き入れた。
「――っはあ……!」
二人同時に漏れた獣のような喘ぎ声が、寝室の壁を震わせた。 激しいピストンが始まる。肉と肉が打ち合う鈍い音、シーツが擦れ合う乾いた摩擦音、そして互いの口から零れ落ちる下劣な愛の言葉が、闇夜の中で一つに溶け合う。
「もっと……もっと激しく突いて、あなた……! 、私をめちゃくちゃにして……!」
恵美の狂おしい絶叫を聞いた瞬間、亮平の脳内で何かが決定的に弾けた。 先輩の面影、背徳の記憶、そして自分の右耳の奥で今この瞬間もカチリと歯を鳴らし続ける「異物」の蠢き。すべての感覚が混沌の渦となり、亮平の理性を粉々に粉砕していく。
「ああっ……恵美っ、恵美っ……!」
快楽の絶頂が頭蓋骨の裏側を叩き割るように爆発し、亮平は全身の震えとともに、恵美の最も奥深い場所へと、自分のすべてを激しく注ぎ続けた。
ゼーゼーと荒い息を吐きながら、二人はもつれ合うようにベッドのシーツに倒れ込んだ。 汗まみれの肌が冷たい夜気に触れ、気だるい倦怠感が全身を包み込む。
しかし、その恍惚の余韻のなかで、亮平の右耳の奥は、まるで一部始終を見届けたかのように、不気味に、そして冷たく――カチリ、と小さく鳴った。
その瞬間、壁の向こうの子供部屋で、7歳の七海が、音もなく目を開けて微笑んでいることにも気づかずに。




