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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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そして現在。

青い炎は、音もなく消えた。

残されたのは、わずかな灰と、鼻に残る独特の匂いだけだった。

夜の空気が戻ってくる。だが、先ほどまでそこにあったものは、確かに現実だった。

私は視線を上げ、静かに声をかけた。

「エリシア王女」

王女が、ゆっくりとこちらを向く。瞳の奥に残るのは、驚きではなく思考だ。

「少し、お時間をいただけますか」

「……構いません」

私はわずかに頷いた。

「では、場所を移しましょう」

中庭を離れ、灯りの落ち着いた室内へと移る。扉が閉まると、外の気配が遮断された。

残るのは、静かな空間と、互いの呼吸だけだった。


私は、椅子に腰を下ろし、間を置かずに口を開いた。

「単刀直入に言います。阿片が足りません」

エリシア王女は、わずかに目を細めた。

驚きはない。すでに察していた顔だ。

「需要が増えすぎた、ということですか」

「はい。痛みを抑える手段として、使い道が広がりすぎました」

短く答える。

「こちらでも採取はしています。しかし、質も量も安定していません。南で採れるものが良質だと、修道士たちは言っているのですが」

その言葉に、エリシア王女の指先がわずかに動いた。

……やはり、心当たりがある。

私は続ける。

「貴国は、南に属国を持ってますよね」

沈黙。否定は、ない。

「安定供給が可能だと見てます」

エリシア王女は、静かに息を吐いた。

「……確かに、可能性はあります。しかし、それをなぜ我が国が担う必要があるのでしょう」

当然の問いだ。私は、わずかに口元を緩めた。

「対価は出します」

「金で、ですか?」

「それもありますが、本命は別です」

エリシア王女の視線が、まっすぐにこちらを捉える。

私は、わずかに間を置いてから言った。

「――先ほどお見せしたもの」

王女の瞳が、かすかに揺れる。

「硫黄による炎。あれは、特別な奇跡ではありません。条件を揃えれば、誰でも再現できる現象です」

静かに続ける。

「私はああしたものを、ひとまとめに“技術”と呼んでいます」

空気が、わずかに張り詰める。

「そして私は、貴国の名誉伯として、その一部を提供する用意があります」

王女の呼吸が、ほんのわずかに深くなった。

「技術提供に含むものは、あの火のような手妻に限りません」

そこで、言葉を落とす。

「――麻酔の研究成果を、お渡しします」

空気が、わずかに変わる。王女の呼吸が、ほんの一瞬だけ止まった。

「……」

彼女はすぐに平静を取り戻したが、その目の奥にあるものは隠しきれていない。

「興味をお持ちでしたか」

「ええ。あれは、国を変えうる技術です」

私は頷いた。

「そうですね。しかし、そのまま渡すつもりはありません」

……当然だ。エリシア王女も、動じない。

「条件、ということですね」

「はい」

私は、机の上にもう一枚の書面を置いた。

「使用の管理です」

彼女の視線が落ちる。そこに記されているのは、規定。

「けしの実の使用は、許可制とします」

静かに告げる。

「医師、あるいは認可された者のみが扱います。量、用途、すべて記録させます。……無制限に広げれば、いずれ歪むでしょう」

依存、乱用、そして崩壊。そこまでは言わないが、意味は十分に伝わる。

「貴国に供給する場合も、同様です」

エリシア王女は、書面を見つめたまま言った。

「……厳しいですね」

「必要な制限です」

沈黙が落ち、やがて王女はゆっくりと顔を上げた。

「ですが、そのような規制を敷いたとしても――」

わずかに、言葉を選ぶ。

「教会が異を唱える可能性があります」

私は、即座に答えた。

「問題ありません」

そして、もう一つの書面を差し出す。

封蝋の刻印。教会のものだ。

「……すでに許可は得てます」

エリシア王女の目が、大きく見開かれた。

「これは――」

「使用管理についても、承認済みです」

淡々と続ける。

「医療目的に限ること。記録を残すこと。逸脱しないこと、その範囲であれば、教会は口を出しません」

重みを持った沈黙の後、エリシア王女はゆっくりと息を吐いた。

「……準備が、整っているのですね」

「交渉は、準備してからするものでしょう」

そう言うと、エリシア王女はわずかに苦笑した。

「ええ……その通りです」

そして、視線を落とし、再び書面を見る。少ししてエリシア王女は、顔を上げた。

「条件は、理解いたしました」

静かに言う。

「南の属国との交渉も含め、我が国で責任を持って調整します。ただし、技術の提供は段階的にしていただけますか」

今度は、彼女が踏み込む番だった。

私は、わずかに目を細めた。

「ほう。一度にすべてではなく、確認と交換を重ねながら、と」

理にかなっている。一回の取引じゃなく長期契約に、ということか。

エリシア王女が、ほんのわずかに声を緩めた。

「……一度きりで終わる関係にはしたくありません」

私は答える。

「それはこちらも同じです。末永く、手を取り合える関係を望みます」

――意図は、国家間の話だ。しかし王女の頬に、ほんのわずかな色が差した。

「……ええ」

小さく。

視線が交わる。言葉は、それ以上いらなかった。エリシア王女は、静かに頷いた。

「これは、良い取引になりそうですね。ただし本件は、本国に持ち帰り、審議の上で正式に返答いたします」

わずかに声の調子を整えた。

王女としての、当然の手順だった。個人の判断で決められる範囲ではない。私は頷く。

「構いません。期待してます、エリシア王女」

その言葉に、彼女はほんのわずかに口角を上げた。

「ええ。お応えできるよう、尽力します」

その声は、先ほどよりも柔らかかった。

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― 新着の感想 ―
恋する乙女に 末永くなんて言っちゃったら 反応せずにはいられないよね♪ うらやま~
主人公を堕とすなら、色恋沙汰にするよりこのまま仕事で関係を深めていったほうがイケそう。
 「大国の名誉伯」の地位を領地発展の為に利用したから、臣下として『技術』という新しい道具を提供するということなんでしょうかネ。
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