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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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89

一年後。

この地は、もはやかつての姿ではなかった。

そして――マルクは、そのすべてを見ていた。


門の外には列が出来、街道には絶えず人影が続く。巡礼者、病を抱えた者、その付き添い。そして、それを当て込んだ商人たち。誰もが、この地を目指していた。

病人は、ただ集まるだけではない。多くの者が回復していった。杖に縋っていた者が、自らの足で立ち、寝台から動けなかった者が、外の光の下に出る。顔色は戻り、声に力が宿る。それを見た者が、また次を呼ぶ。

治ったという事実が、何よりの証となっていた。


税の取り方は定まり、許可証は広く認知された。不満を口にする者も、次第にいなくなった。

殿下は増えた税を使い、治安を強化した。人員を集め、育て、働きに見合う給金へと改める。

道を整え、流れをさらに太くする。そして、医学大学にも、惜しまず金を注いだ。


マルクは理解していた。

これは、最初から組まれていたものだ。

人と金と技を、一つにまとめ、巡らせる。

その“形”を、殿下は作った。


そして――外では。

静かな波のように、動きが広がっていた。

領主たちは、様子を伺っている。敵とするか、手を組むか。判断は割れているが、何もせずにいる者はいなかった。街道の人の流れが変わり、これまで自領を通っていた巡礼者が減る。代わりにあの温泉地へ向かう。宿は空き、寄進は減り、税が落ちた。

「……このままでは削られる」

そう口にする領主も出始めていた。一方で、別の動きもある。

「ならば、売ればいい」

食料を積んだ荷車が動き出す。

麦、干し肉、酒。あの地は人が増えすぎている。先に押さえれば、継続して売れる。

さらに、使者を送る者もいた。

「こちらの病人を受け入れられるか」

「医師を学ばせたい」

敵ではなく、利用すると決めた者たちだ。しかし、警戒も消えてはいない。

「集まりすぎている」

「何かあれば、一気に力を持つ」

内部の医師に接触を試みる者。静かに、手が伸びていた。

この地はすでに、周囲の領地の“計算に入れざるを得ない存在”になっていた。


商人は、すでに答えを出している。群がっていた。荷を積み、道を選び、先に入る。宿を押さえ、場所を取り、流れの中心に居座る。

「人がいる。ならば売れる」

それだけで十分だった。

香辛料、布、酒、薬草、そして食料。あらゆるものが運び込まれ、あらゆるものが、この地で金に変わる。

誰よりも早く、誰よりも深く。商人は、根を張り始めていた。


そして――もう一つの波が、静かに、しかし確実に押し寄せていた。

「……痛みが、消えるらしい」

そんな噂が、貴族の間にまで届いていた。

最初は半信半疑だった。だが、実際に戻ってきた者がいる。頬を押さえることもなく、食事を取り、夜も眠れているという。そして、笑っていた。

それが何を意味するか、彼らには分かっていた。

やがて、馬車が現れる。

飾り立てられたそれは、巡礼者の列とは明らかに異なる。中から降りてきたのは、身なりの整った男。その顔は歪んでいた。片側の頬を押さえ、言葉を噛みしめる。

「……この地に、その術があると聞いた」

従者が箱を差し出す。中には、銀貨と金貨が詰められていた。

「相応の礼は払う。是非、お願いしたい」

同じような者たちが、次々と現れた。痛みに耐えかねた貴族。長く苦しんだ者。あるいは、その家族。

金は惜しまない。ただ、痛みから逃れたい、それだけだった。


そして、それを追うように、別の者たちも集まり始める。医師たちだ。

「……本当に、痛みを抑えたまま抜歯が可能なのか」

「薬は何を使っている」

「量は、どの程度だ」

彼らは金ではなく、知を求めていた。

記録を見せろ、と迫る者。見学を願い出る者。中には、留まろうとする者すらいた。

治す場所から、学ぶ場所へ。

この地の意味が、少しずつ変わり始めていた。

さらに、巡礼の道が整えられた。

道標が立ち、宿が増え、水場が整えられた。

「癒しの地へ至る道」として語られ、人はより迷わず、より多く流れ込むようになる。

ただの噂ではない。辿る場所として、確かな形を持った。



この地に集まる人の流れは、そのまま信仰の流れでもある。祈りは捧げられ、寄進は積み上がる。

「……ここに、新たな聖堂を建てるべきだ」

そんな声が、教会内部で上がり始めていた。

巡礼の地として整えれば、さらに人は集まる。信仰もまた、強くなる。それは疑いではなく、確信に近い判断だった。

すでに資金はある。

石も、人も、揃えられる。

後は――いつ、踏み出すかだけだった。


信仰も、金も、知も――すべてが、この地へと集まる。マルクは、静かに空を仰いだ。

「……ここまで来たか」

小さく、そう呟く。誇りはある。だが、それ以上に。

「……想像以上だ」

それが、実感だった。




そして、王都。

遅れて届く報せ。人の増加、税の伸び、教会との関係。報告は積み上がり、やがて形を持つ。

「……一過の流行ではない。基盤がある」

誰かが言った。領地としての評価が始まる。


第一王子は、報告書を手に取った。

しばし黙して目を通す。頁をめくる指は、ゆっくりとしていた。やがて、手を止める。

「……ここまで、成長するとはな」

小さく、そう呟いた。それは、驚嘆、喜び、そして――わずかな寂しさ。

自らの手を離れ、別の場所で形を持ち始めたものへの感情。だが同時に、確かな誇りが、そこにはあった。

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― 新着の感想 ―
いよいよ、隣国の王女との婚姻話も現実化の動きが……?
長兄としては誇らしいかもしれないが、 次代の為政者としては、手を打たねばならないでしょう 主人公も中枢とホウ・レン・ソウしている様子が見えません 大国との約である顕学学校とは別に医学大学を立ててしまう…
第一王子は第三王子が弟ではなかったら、仕事ができて信頼できる配下として手元に置いておきたかったでしょうね。 国家規模の大きな事業とか法案作りとかも任せられますし。 それにしても温泉地は1年で目に見える…
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