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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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石造りの執務室。

静けさを破るように、一通の書簡が運び込まれた。封蝋を見た瞬間、手が止まる。

教会の紋、しかも通常のものではない。

「……直接か」

小さく呟く。開封すると、羊皮紙は簡素でありながら、明らかに格が違っていた。無駄な装飾はないが、文の端々に重みがある。

差出人は記されていないが、分かる。教会の中枢、それも、極めて上位の人物だ。

文面は短かった。


――願いがある。

我が母が、長く病に伏している。

全身に痛みが走り、祈りすらままならぬ。神の御手に委ねるべきことは理解している。だが、せめてその苦しみだけでも、取り除く術があるのなら。

この名は、伏せてほしい。見返りは問わぬ。

ただ、母に安らぎを。――


私は書簡を静かに置いた。

「……そういうことか」

症状は十分だ。

全身の痛み、長期の臥床、回復の兆しなしなら、治す段階は、過ぎている。

終わりを待つ病だ。私の知識で言えば、末期のそれに近い。だが、この時代にそれを言う意味はない。

必要なのは、痛みを取る、それだけだ。

私は人を呼んだ。

「準備しろ。表に出すな」

短く告げる。

使うのは、ケシの実。量を誤れば毒だが、正しく使えば救いになる。


数日後。

私と医官は密やかにその館を訪れていた。重厚な石の建物。だが、奥へ進むほどに、空気は張り詰めていく。

出迎えた男は、老いてなお威厳を保っていた。白髪、深い皺。だがその目は鋭く、祈りと統治の両方を知る者のものだ。

名乗りはない。

互いに、不要だった。

「……頼む」

それだけだった。

私は頷いた。

室内は暗く、寝台に横たわる女性はすでにやせ細り、呼吸も浅い。時折、痛みなのか身体が震える。


私は静かに処置を施すよう医官に指示した。

薬は強い。だからこそ量は慎重に、時間をかけ、少しずつ。

やがて、女性の表情が緩み、呼吸が落ち着く。強張っていた指が、ゆっくりとほどけていく。

「……ああ」

小さな声が漏れた。苦しみではなく、安堵の声だった。その様子を、男は何も言わず見ていた。ただ、その背がわずかに震えていた。


それから数日。

女性は、穏やかに過ごした。痛みに顔を歪めることは、もうなかった。やがて、静かに息を引き取る。

眠るように。


その場に、私はいなかったが、報はすぐに届いた。再び、男と対面する。

しばらく言葉はなかったが、彼は口を開く。

「……救われた」

低い声だった。

「命ではない。だが――あれは、救いだった。祈りでは、届かなかったものだ」

私は何も言わない。いや、言うべきではない。

やがて、彼は顔を上げた。その目には、以前とは違う色があった。

「教会は、全面的に協力しよう」

静かに言う。

「そなたの大学もだ。人も、知も、惜しまず出す」

それは約束ではない、決定だった。

「……よいな」

私は、わずかに頷いた。

それで十分だった。


大学における講義の内容が、わずかに変わり始めていた。

神の御業として語られてきた病。それを否定する者はいないが、こう付け加えられるようになった。

――神は、人に知恵も与え給うた。ならば、その知恵をもって病を知り、和らげることもまた、御心に背くものではない。

教壇に立つ聖職者の口から、そう語られる。

かつてであれば、踏み込みすぎとされた言葉だ。

今は違う。誰もそれを咎めない。

講義の中で、薬草の効能が具体的に語られ、

身体の構造についても、以前より踏み込んだ説明がなされる。

祈りと知識が、並んで語られていた。

それは“否定”ではない。

しかし、確かに一歩、踏み出している。


もう一つ、変化があった。

教会からの視察。かつては定期的に訪れ、講義の内容や研究の方向に目を光らせていた者たちが――来なくなった。

表向きには、けれど。

完全に目が離れたと考える者はいない。

それでも、その“不在”が意味するものは大きかった。


医師たちは、あからさまには何も言わない。

しかし、記録の量が増え、試みの幅が広がった。

学生たちもまた、同じだった。

講義の後、残って議論する時間が長くなる。

新しい考えを口にすることへの躊躇が、薄れていく。


ある夜。

灯りの下で、数人の学生が小声で言い合っていた。

「……ここは、違うな」

「何がだ」

「許されている。考えることが」

短い沈黙。

やがて、誰かが呟いた。

「……この地は」

言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

「学びの――頂だな」

誰も笑わなかった。

否定もしない。

ただ、それぞれが静かに頷いた。

その噂は、大きくは広がらない。

だが、確かに広がっていく。

声を潜めたまま。

――ここは、知る限り学びの最高位だと。

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― 新着の感想 ―
自分が苦しいなら「祈り」として耐えることはできたかもしれない。 でも、愛する家族の苦しみを和らげる術があると知って手を伸ばさない事は耐え難いよなぁ。
バズることしか考えない我が国の大学生とは大違いだな。政治を考え、未来を語り合う。これが本来の大学生の在り方だ。
>学びの最高位 これが維持できるならば素晴らしいことです。 神よりも、人間の保身や権力、目の前の贅沢によって 白い物さえ「黒」としか言えない様になる事が、 歴史的には多いと思います。 「学びの最高位…
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