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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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その翌日、石造りの応接室。

机の上には、簡素な地図が広げられていた。

クロウフォード伯爵は、それを前にして静かに口を開いた。

「……地図をご覧になりたいとのことですが、何か」

私は軽く頷き、指先で一角を示した。

「開墾は順調だと聞いている」

「はい。無理のない範囲で進めております」

「そうか」

短く返し、そのまま指を滑らせる。

「では――ここはどうしている」

伯爵の視線が、同じ場所へ落ちた。

「……遊水地、でございますな」

「ああ」

そこは、かつて耕作地だった場所だ。しかし度重なる水害のため、私が水を逃がす地として整えさせた。伯爵は続ける。

「水を逃がす地として維持しております。平時は……ほとんど手を入れておりません」

「だろうな。水が来る時はそれでいい。だが、来ない時はどうだ」

伯爵はわずかに考えた。

「……草が生えるのみです。放置に近い状態かと」

「そうなる」

私は小さく息を吐いた。

「……あれから、自分なりに調べた」

伯爵が顔を上げる。

私は、地図を軽く叩いた。

「ガチョウを飼ってみないか」

一瞬、空気が止まった。

リディアの手が、わずかに止まる。

「……ガチョウ、でございますか」

「ああ」

私は淡々と続けた。

「水辺と草地があれば育つ。遊水地に放しておけば、勝手に草を食う」

伯爵が腕を組む。

「……それだけであれば、ただの家禽では」

「それだけではない」

言葉を切る。

「虫も食う。畑に入れれば、害を減らす。踏み荒らしも少ない」

リディアの視線が、わずかに動く。

「……除草と、害虫対策を兼ねるのですね」

「そうだ」

短く肯定する。

「それに、よく鳴く。外敵や人の気配にも敏い。見張り代わりにもなる」

伯爵の表情が、少しだけ変わる。

私は続けた。

「羽毛は防寒具になる。羽根は筆記具。脂は食料にも油にもなる」

リディアが小さく呟いた。

「……無駄がない」

「そういうことだ」

私は頷いた。

「しかも、穀物をほとんど食わん。人と競わない。既にこの領地でも多く飼育している」

沈黙。

伯爵はゆっくりと地図を見下ろした。

「……遊水地を、捨てぬということですか」

「捨てる必要がない」

私は静かに言う。

「水が来れば役に立つ。来なければ、食わせる。どちらに転んでも、損はせん」

その言葉に、伯爵は小さく息を吐いた。

「……治水の地が、収穫の地にもなる、か」

リディアが顔を上げる。

「増えれば、加工も出来ます。羽も、肉も、油も……市場に流せます」

私は視線を向けた。

「その通りだ。あと、加工した物についてだが――」

伯爵とリディアの視線が上がる。

「貨幣を求めるなら、我が領地に回してもよい」

わずかな間。

「……では、そちらで買い上げていただけると」

伯爵が言う。私は首を振った。

「無理にとは言わん。自領で消費しても構わない」

その言葉に、伯爵の眉がわずかに寄った。

「……それでは、殿下には利が残らぬのでは」

当然の疑問だった。私は、わずかに口元を緩める。

「構わん。今は、形を整える方が先だ。ただし売る時が来たなら、こちらを思い出せ」

静かな声。

「それで十分だ」

室内に、わずかな沈黙が落ちる。

リディアが、ゆっくりと息を吐いた。

「……優先的に、ということですね」

「そういうことだ」

私は頷いた。


伯爵はしばし考えていたが、深く頭を下げる。

「……恩を、売られましたな」

私は否定しなかった。ただ、一言。

「やるか」

伯爵は、深く頷いた。

「……やりましょう」

リディアもまた、静かに続いた。

「準備を進めます」

遊水地は、もはや“捨て地”ではない。

使う場所へと、変わろうとしていた。



クロウフォード伯爵は、地図の一点を見つめていた。

遊水地。かつては捨てるしかなかった土地。

……あそこに、ガチョウを。

思いもよらぬ発想だった。

ふと、数日前のやり取りが脳裏をよぎる。

「顔は合わせている。今回は来ずともよかったのだがな」

そう告げたとき、リディアは即座に首を振った。

「きっと勉強になります。それに……お母様にも、お会い出来ますし」

言葉は整っていた。だが、その頬はわずかに赤かった。伯爵は小さく息を吐く。

……まったく。

咎めるつもりはない。むしろ、来る理由としては十分すぎる。後継として場を知るのも、家の者に顔を見せるのも、どちらも必要なことだ。それでも、ほんの少しだけ、分かりやすい。


視線を地図へ戻す。

草を食い、虫を減らし、羽も肉も油も残る。水が来れば守りとなり、来なければ利を生む。

……無駄がない。

小さく、息を吐く。あの方は捨てない。土地も、人も。

ふと、妻の顔が浮かぶ。かつて衰えた身体が、今は確かに持ち直している。あの助言がなければ。

……この方は、ただの領主ではない。

静かに、確信する。

「……やりましょう」

口にした言葉は、もう迷いではなかった。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 最近またリディア嬢が出てきて嬉しいです。 主人公と関わって今後も成長する姿が見れたらいいなと思います。 教会も決定を下したことで、少し動きやすくなったのかなと思うので、主人公とマル…
米栽培への布石かな?(すっとぼけ
更新ありがとうございます。 ガチョウ 農業 で検索してしまいました( ..)φ。おもしろかった! お話の世界では農業指導を専門にしている人とかはいなのかな? リディアさん、第三王子とお父さんのお話をち…
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