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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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そんなある日のことだった。

執務室に、一通の書簡が届けられた。

「リディア様。子爵家からです」

文官が差し出したのは、上質な羊皮紙だった。

封には、赤い蝋印が押されている。

リディアはそれを受け取り、慎重に封を切った。

中には、流麗な筆跡で書かれた文章が並んでいた。

内容は、驚くほど丁寧だった。

冷害に苦しむリディアの領地を案じていること。自分の鉱山と港を利用し、交易をさらに発展させたいこと。

そして、改めて婚姻を申し込みたいということ。

そこまでは、以前に聞いた話と変わらなかった。

「……随分と丁寧な書簡ですね」

リディアが呟く。

しかし、その後に続いていた一文に、手が止まった。

――婚姻が成立した暁には、両家の財産と権利を一つにまとめ、より大きな家格を築くことを望む。

さらに読み進める。

子爵家は、王家への働きかけによって爵位を上げる用意があるという。

鉱山と港から得られる財力。

そして、リディアの家が代々受け継いできた古い家名と格式。

その二つを合わせれば、王都でも無視できない家になる。そう書かれていた。

リディアは眉を寄せた。

「……つまり」

隣にいた母が尋ねる。

「この方は、自分の財力と私の家格を合わせたい、と?」

「そう読めるな」

父が低い声で答えた。

だが、問題はその先だった。

書簡の最後には、さらに別の一文があった。

――なお、貴家の爵位および領地に関する諸権利について、中央への確認を進めることも可能です。

リディアの表情が変わった。

「……中央への確認?」

父が書簡を受け取る。

しばらく目を通していた父の顔から、次第に笑みが消えていった。

「これは……」

「何か問題が?」

母が尋ねる。

父は書簡を机に置いた。

「表向きは親切な申し出だ。だが、裏を読めば違う」

「どういうことですか?」

老臣が書簡を覗き込む。

「まず、この男はお前の家の格式を欲しがっている。自分たちの財力と、お前の家が代々築いてきた家名を結びつけ、より大きな家を作ろうとしている」

リディアは黙って聞いていた。

「だが、それだけではない」

父は書簡の一文を指で示した。

「ここだ。『貴家の爵位および領地に関する諸権利について、中央への確認を進めることも可能です』」

「……それが、そんなに問題なのですか?」

リディアが尋ねる。

「問題なのは、わざわざ書いてきたことだ」

父の声が低くなる。

「爵位や領地の権利について中央に確認を取るというのは、単なる親切ではない。場合によっては、我が家の爵位や領地の権利に問題がないか、調査するきっかけにもなる」

「つまり……」

老臣が険しい顔になる。

「子爵家には、中央へ話を通すだけの伝手がある。そして、こちらが婚姻を断れば、その伝手を使って我が家の権利関係を調べることもできる――そう受け取れ、と?」

「その通りだ」

父は頷いた。

「もちろん、書簡には『調査する』とも『問題を起こす』とも書いていない。あくまで『確認を進めることが可能』と書いてあるだけだ」

「……だから、脅しだとは言い切れない」

「そういうことだ」

老臣が苦々しく呟く。

「誰かにこの書簡を見せても、『婚姻相手の家を助けようとしただけだ』と言い逃れができる」

父は書簡を見つめた。

「だが、受け取った側には十分伝わる。『我が家には中央への力がある。お前の家の爵位や領地にも手を出せる』とな」

リディアは息を呑んだ。

「……つまり、選択肢を示しているように見せて、断った場合の不利益まで知らせている」

「そうだ」

父は静かに答えた。

「だから厄介なのだ。露骨な脅迫ではない。だが、断ればどうなるかを、こちらに想像させる書き方になっている」

リディアは、もう一度その一文を見つめた。

丁寧な言葉で書かれている。

それなのに、その裏には明確な意思が隠されていた。

「私の家名が欲しい……」

リディアが小さく呟く。

父が答える。

「おそらく、それだけではない」


その時だった。

「リディア様」

別の文官が、慌てた様子で部屋へ入ってきた。

「子爵家の使者が到着しております」

「……使者が?」

「はい。侯爵家や辺境伯家への返事を待つ必要はない、と。婚姻について直接話し合いたいとのことです」

部屋の空気が張り詰めた。

父がリディアを見る。

「どうする?」

リディアは直ぐに答えられなかった。


その日の夕刻。

子爵家の使者は、謁見の間ではなく、城の奥にある小さな会議室へ通された。

そこにいたのは、リディアと母、そして数人の重臣たちだった。

子爵本人ではない。

代わりに、長年子爵家に仕えているという老練な文官が一人、席についていた。

「このような場を設けていただき、ありがとうございます」

文官は深々と頭を下げた。

「先ほどの書簡にもございました通り、我が家はリディア様との婚姻を、単なる家同士の結びつきとは考えておりません」

「具体的には?」

リディアが尋ねる。

文官は穏やかに微笑んだ。

「我が家の鉱山と港。そしてリディア様の領地を結びます」

机の上に、一枚の地図が広げられた。

「鉱山から採れた資源を港へ運び、各地へ売る。その利益によって、リディア様の領地へ食料や必要な物資を安定して供給するのです」

「それは、書簡にも書かれていましたね」

「はい。さらに、我が家には中央との繋がりがございます。婚姻が成立すれば、リディア様の家の爵位についても、より高いものへ取り計らうことができるでしょう」

父の代から仕える老臣が、わずかに眉を動かした。

「つまり、我が家の家格を利用したいということですかな」

「利用、という言葉は少々厳しいですな」

文官は苦笑した。

「互いに足りないものを補う、と考えていただければ」

リディアは黙っていた。

そこまでは、まだ理解できる。

しかし、文官は少し間を置くと、声を落とした。

「ただ……一つだけ、申し上げておかなければならないことがございます」

部屋の空気が変わった。

「何でしょう?」

「我が家にも、商売上の都合がございます」

文官は地図の港を指した。

「現在、リディア様の領地から来る商人には、通常より低い関税を適用しております」

「……それが?」

財務官が尋ねる。

「婚姻のお話をお断りになるのであれば、来月より通常の税率へ戻すことになります」

「通常の税率?」

「いえ」

文官は静かに首を振った。

「三倍にする予定です」

部屋が静まり返った。

「三倍……?」

母が思わず呟く。

「はい」

文官の口調は変わらない。

「それでは、領民が……」

母の言葉が止まる。

文官は申し訳なさそうな顔をした。

「私どもも、それは望んでおりません」

そして、リディアを真っ直ぐ見た。

「だからこそ、我々の提案を受け入れていただければ、今まで以上に有利な交易条件を整えます。食料の調達も、中央への働きかけも、我が家が責任を持って行いましょう」

「そして、断れば?」

リディアが聞いた。

「我が家も商売をしなければなりません。結果として、関税が上がるだけです」

それは脅迫だった。

だが、書類に残るような言葉は一つもない。

「我々は、リディア様に無理強いをしているつもりはございません」

文官は穏やかに続けた。

「どちらを選ばれるかは、リディア様ご自身でお決めいただきたい」

リディアは何も言えなかった。

目の前の男はただ、港の関税を三倍にするという事実を告げただけだった。

けれど、その先にあるのは、冷害に苦しむ領民たちの生活だ。

「……それを、私に選ばせるのですか」

リディアが震える声で言った。

文官は静かに頭を下げた。

「はい」

「私が断れば、領民が苦しむと分かっていて?」

「ですから、苦しむ必要のない道をご提案しているのです」

その言葉に、リディアは言葉を失った。これは、もはや単なる求婚ではなかった。

リディアは膝の上で、強く拳を握りしめた。

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― 新着の感想 ―
今こそマントを見せつけてやりましょう
こういう時こそ第三王子の出番です。 リディアの持ってるパイプはハンパないですよ。 サクッとやっちゃいましょう!
国を離れるキッカケをくれて、どうもありがとう^^
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