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クロウフォード伯爵の城では、リディアが両親と重臣たちを集め、求婚者について話し合っていた。
父が書状を机に置く。
「まず、若き子爵からだな」
「鉱山と港を持つ領地。条件だけなら、とても魅力的です」
財務官が答えた。
「冷害で農地からの収入が落ちている今、鉱山の収入と港の交易は大きな支えになるでしょう。しかも、鉱山から港へ資源を運び、商人を呼び込む構想まで持っている」
リディアも頷いた。
「私の領地を利用するだけではなく、互いの領地を発展させようとしていました」
「それなら、何が問題なの?」
母が尋ねる。
「家格だ」
父が答えた。
「鉱山や交易で財を得た家を、古い大貴族が同格と認めるとは限らない。『金で力を得た家』と見る者もいるだろう」
「貴族社会では、財力だけでなく血筋や婚姻関係も政治的な力になります」
財務官が補足した。
父はさらに続ける。
「そして、国王陛下も警戒する可能性がある」
「この領地の農業、子爵領の鉱山と港が結びつけば、かなりの力になります」
老臣が言った。
「農業、鉱山、交易。その富で兵を養うこともできます」
「国王から見れば、強すぎる家が生まれるわけだ」
リディアは黙って考えた。
「つまり、結婚そのものを警戒される可能性があるのですね」
「十分にある」
父が頷いた。
さらに別の家臣が口を開く。
「もう一つ、二つの領地が離れている問題もあります。結婚後にどちらへ住むのか、誰がどの領地を治めるのか。財産や権利の扱いも、明確にしておく必要があります」
「私は、自分の領地を自分で治めたいです」
リディアははっきりと言った。
「結婚したからといって、これまで築いてきたものを手放したくはありません」
「その意思は尊重すべきでしょう」
母が微笑んだ。
父が尋ねる。
「お前自身は、どう思っている?」
「……悪くないと思います。領地を共に発展させる相手として、とても頼もしい方です」
「なら、候補から外す必要はないな」
父が頷く。
「ただし、国王の意向、領地の統治権、鉱山と港の権利、婚姻後の財産については確認する必要がある。他の求婚者と比べてから決めよう」
「はい」
こうして、鉱山と港を持つ若き子爵は、有力な候補の一人として残された。
次に挙がったのは、辺境伯だった。
父が書状に目を通す。
「国境に近い領地だが、冷害の中でも配給を滞らせていない。備蓄に加え、街道を確保して他領からの物資も維持しているそうだ」
「『冷害はいつまで続くか分からない。今だけを見てはいけない』と考えている方です」
リディアが答える。
「今ある食料を使い切らず、次の冬まで領民が生きられるよう備えているのでしょう」
「堅実な領主だな」
父が頷くと、軍務官も口を挟んだ。
「辺境伯なら軍も強い。国境を守るため兵の練度も高く、地形や街道にも詳しい。婚姻すれば、我が領地の防衛にも大きな力となるでしょう」
「それは頼もしいわね」
母が言う。
しかし、父の表情は晴れなかった。
「……だが、その強さこそ問題になる」
「問題、ですか?」
「辺境伯は国境を守る大軍を持ち、国王からも大きな裁量を与えられている。そこにお前の領地と財力まで加われば、一つの巨大な勢力になる」
財務官が頷く。
「国王から警戒される可能性は十分にあります」
「それだけではありません」
別の家臣が続けた。
「辺境伯と婚姻すれば、我が領地も戦争と無縁ではいられなくなります。兵站拠点として食料や馬を供給する必要が生じますし、敵が辺境伯を弱らせるため、こちらを狙う可能性もあるでしょう」
母の顔が曇る。
「今まで安全だった領地まで、戦場になるかもしれないのね」
「……私自身も狙われるかもしれませんね」
リディアが呟いた。
父は頷き、娘を見つめる。
「それで、お前は辺境伯本人をどう思った?」
「怖い方ではありませんでした。冷静で、必要なことだけを話す方です。ただ……」
リディアは少し考えた。
「戦場に生きる方と結婚するということが、どういうものなのか。まだ私には分かりません」
「それでいい。今すぐ決める必要はない」
父は書状を置いた。
「辺境伯との婚姻には、大きな安心がある。だが、その強さゆえの危険もある。他の候補を見てから決めよう」
「はい」
こうして、辺境伯の求婚もまた、結論を出さず保留となった。
最後に挙がったのは、王都の侯爵家の令息だった。
父が書状を読みながら口を開く。
「侯爵家か。これまでの二人とは、かなり違うな」
財務官が頷いた。
「最大の強みは、中央との繋がりでしょう。王宮にも教会にも顔が利く。冷害への救済金や税の減免を中央に働きかけられるなら、今の我が領地にとって大きな助けになります」
母がリディアを見る。
「あなたとは、以前から知り合いなのよね?」
「はい。昔から何度か顔を合わせています。私が領地の話ばかりしていたことも覚えていてくれました」
「それなら安心ね」
「私も、話しやすい方だと思います」
リディアは素直に答えた。
しかし、父はすぐには頷かなかった。
「……だからこそ、慎重に考える必要がある」
老臣が説明する。
「中央との繋がりが強いということは、中央の影響を領地へ持ち込む力も強いということです。婚姻すれば、侯爵家から文官や財務を扱う者が送り込まれる可能性があります」
「今までの家臣たちが追いやられるかもしれない、ということですか?」
リディアは聞いた。
「その可能性はあります」
財務官も続けた。
「税や土地の扱い、領地の慣習まで中央や教会の方針に合わせることになれば、領民の負担が増える恐れもあります」
母が心配そうに尋ねる。
「つまり、リディアが領主であっても、実際には侯爵家の影響を強く受けることになるのね」
「それが最大の懸念です」
財務官は頷いた。
父が続いて口を開いた。
「もう一つ、侯爵家に嫁げば、王都の政争にも巻き込まれる」
「派閥争い、ですか?」
「そうだ。侯爵家がどの派閥につくかによって、お前の立場も変わる。場合によっては領地まで巻き込まれるだろう」
リディアは黙って考えた。
侯爵令息は三人の中で唯一、昔から知っている相手だった。人柄にも悪い印象はなく、中央との繋がりも大きな魅力だ。
けれどもそれは同時に、自分の領地へ中央の影響を持ち込む危険でもある。
母が尋ねた。
「リディア。あなた自身はどう思うの?」
「……悪い相手ではありません。むしろ、安心できる部分は大きいです」
リディアは三通の書状を見つめた。
「でも、中央との繋がりだけを理由に、自分の領地まで中央へ近づけすぎる必要があるのか……迷います」
父が頷いた。
「その通りだ。相手だけでなく、結婚した後にお前の領地がどうなるのかまで考えなければならん」
「はい」
「急いで決める必要はない。他の二人と同じく、これも保留としよう」
こうして、王都の侯爵令息についても結論は出なかった。
鉱山と港を持つ子爵。
強大な軍を持つ辺境伯。
そして、中央との繋がりを持つ侯爵令息。
三人とも、それぞれに大きな魅力と危険を抱えている。
リディアは、まだ誰を選ぶのか決められなかった。




