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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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ある一室にて。

「行っているのは、レオンハルト陛下の直命による実験です。冷害による飢饉を乗り越えるための研究にすぎません」

研究者は必死に言葉を選んだ。

「陛下からは、実験が完成するまで何人にも内容を明かしてはならぬと、厳重な箝口令を敷かれております。私の一存で話すことはできません。どうか、これ以上は陛下に直接お尋ねください!」

「王命、か……」

修道士は低く呟いた。

「お前がそう言うことは分かっている」

研究者が顔を上げる。

「我らも、レオンハルト陛下が何を成し遂げてきたかは知っている。阿片の研究もそうだ。薬として利用し、多くの病人を救い、教会にも莫大な利益をもたらした」

修道士は研究者をまっすぐ見た。

「だからこそ、今回のことが理解できぬのだ」

「……?」

「阿片のときとは、明らかに違う」

修道士の声が重くなる。

「今回、お前たちが集めているのは、薬草ではない」

修道士は一歩近づいた。

「麦角を、なぜ大量に運び込む?」

「それは……」

「しかも、阿片を扱ったときと同じ『命の水』と『酢』を使い、そこから何かを取り出している」

修道士の目に疑念が浮かんだ。

「我らは陛下を疑いたいわけではない。しかし陛下の手の者が、陛下の知らぬところで何かを作っている可能性はある」

研究者が息を呑む。

「陛下の命令だと言いながら、実は別のものを作っているのではないか」

そして、声を落とした。

「民を狂わせる薬を。あるいは、この病をさらに広げるためのものを」

「違います!」

研究者が思わず声を上げた。

「ならば、何を作っている?」

研究者は口を閉ざした。

王命を破ることはできない。

しかし、修道士の疑念も理解できた。

今年、実際に民が病に倒れている。さらに、町には異様な臭いまで流れている。

修道士が完全な狂信者なら、ここで「異端だ」と断じていたかもしれない。

だが、彼もまた迷っていた。

レオンハルト陛下の研究ならば、何か理由があるはずだ。

それでも、信徒たちが不安を訴えている以上、見て見ぬふりをすることもできない。

「……だからこそ、確かめる必要がある」

修道士は静かに告げた。

陛下の命令と、信徒を守る責任。

その二つが、真正面からぶつかっていた。



舞台は執務室へ移る。

私は、研究者たちにつけていた直属の諜報員から報告を受けていた。

「陛下……研究者が、教会の司教に呼び出されました」

諜報員は息を整えながら続ける。

「先ほど、修道院へ。麦角の研究について問いただされているようです。どうやら、あの臭いの正体を探っていたのでしょう」

私は黙って聞いていた。

やはり来たか。

研究室から漂う、あの強烈な臭い。街で噂になった時点で、教会が動くことは予想していた。

だからこそ、研究者にはあらかじめ隠密をつけていた。護衛として。そして、万が一の時に知らせを届けるために。

「研究者は?」

「まだ修道院の中です。戻ってきておりません」

私は窓の外を見た。すでに夜だった。

今から兵を動かせば、教会との衝突になる。夜中に武装した兵を送り込めば、こちらが悪者にされかねない。

隣にいたマルクが尋ねた。

「今すぐ、動きますか?」

私は首を横に振った。

「いや。動くのは早朝だ」

「……よろしいのですか?」

「むしろ、今は動かない方がいい」

私は椅子から立ち上がった。

「研究者を連れ去ったのが事実なら、明日の朝には私が正式に迎えに行けばいい」

マルクが目を細める。

「正式に……ですか?」

「ああ」

私は外の暗闇を見ながら笑った。

「教会が聖域を盾にするのなら、こちらは王の権威を盾にする」


そして翌朝。

太陽が昇るのとほぼ同時に、私は馬にまたがった。その後ろには、完全武装した近衛騎士たちが並んでいる。

私たちは堂々と修道院へ向かった。

やがて、重い門が見えてくる。

私は馬を止めた。

「門を叩け」

ドン、ドン、ドン――。

朝の静けさを破るように、門が鳴った。しばらくして、修道士たちが慌ただしく姿を現す。

そして、その奥から司教が出てきた。

私の姿を見た瞬間、司教の顔が強張った。

私は馬上から、淡々と声をかけた。

「司教様。朝早くからすまない」

「……陛下」

「昨夜は、我が研究者と随分と熱心に議論してくれていたそうですね」

司教の顔から血の気が引いていく。

「い、いえ……それは……」

「私も、その議論に加わりたいです」

私は微笑んだ。

「研究者のところへ案内してくれますか」

司教が言葉を失う。

私は続けた。

「場所は分かっています」

その瞬間、司教の表情が凍りついた。

自分たちしか知らないはずの場所。

修道院の奥。 地下にある秘密の部屋。

そこまで王が正確に知っている。

つまり、教会の内部にまで、王の目と耳が入り込んでいる。

「……こちらへ」

司教は力なく身を翻した。

私は近衛騎士たちを従え、その後を歩いた。

地下へ下りる階段、重い扉。その先に研究者がいた。

「陛下……!」

研究者は私の姿を見るなり、安堵したように息を吐いた。

私は研究者に頷いてから、司教へ向き直った。

「さて、司教様」

司教が恐る恐るこちらを見る。

私は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、机の上へ置いた。

「まず、私から謝らなければなりません」

司教がわずかに目を見開く。

「麦角を使った研究であることは、すでに教会にも知られているのでしょう。問題は、その匂いです」

私は素直に頭を下げた。

「研究施設の管理が不十分でした。臭いを流してしまったことは、こちらの落ち度です」

司教は黙っている。

「あれほど遠くまで臭いが届くとは、我々も把握していませんでした」

私は続けた。

「今後は、温泉地の風下に隔離した研究施設を設けます。温泉地の人々に迷惑をかけないことを約束します」

司教の表情が、わずかに和らいだ。

「そして、その施設についてですが……」

私は羊皮紙を司教のほうへ押し出した。

「教会にも、一緒に作っていただきたい」

「……共同で?」

「ええ」

私は頷いた。

「研究費を負担してほしい、という話ではありません。教会と我々で、研究施設そのものを共同で運営するのです」

司教が羊皮紙へ目を落とす。

「研究で得られた知見は、教会にも惜しみなく共有します」

私はそこで、少し声を落とした。

「……この研究には、教会にとっても大きな意味があります」

司教が顔を上げる。

「我々が目指しているのは、ただの薬ではありません」

私は静かに告げた。

「呪いを払い、神の試練を越えるための、聖なる秘薬です」

司教の目が大きくなる。

「私が受けたお告げによれば……その研究の先には、産後の女性を救う特効薬につながる手がかりがある」

「産後の……女性を?」

「ええ。多くの女性の命を救える薬になるかもしれません」

私は司教をまっすぐ見た。

「もし本当にそれが実現すれば、その価値は阿片にも匹敵する。あるいは、それ以上になるでしょう」

司教は黙って聞いている。

「そこで提案があります」

私は羊皮紙の一文を指で示した。

「完成した薬を貴族へ販売する権利は、この国と、研究に協力した教会が共同で独占する」

司教の視線が羊皮紙を追っていく。

「教会は、その薬を『教会が認めた聖なる薬』として扱える。こちらは研究と製造を担う。双方に利益があるはずです」

しばらく沈黙が続いた。

私は最後に、もう一つの条件を口にした。

「そして、願わくば……教会が長年守ってきた聖なる技術、聖なる知識も、研究に提供していただきたい」

司教が顔を上げた。

「教会にしか知られていない薬草の知識や、古い医療の記録があるのでしょう?」

私は微笑んだ。

「それらを、我々の研究者にも教えていただきたいのです」

司教は羊皮紙を見つめた。

そこには、単なる金銭の要求ではない。

教会と王国が、互いの知識と権威を持ち寄り、一つの薬を生み出すための協定が記されていた。

やがて司教は、ゆっくりと羽根ペンを取った。


こうして私は、教会と麦角の研究を進めることになった。


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― 新着の感想 ―
 妊娠・分娩を神が与えたヒトへの試練としてきた教会に対して、産褥期の死亡例を減らして、教会と主人公の成果物と出来たら良いですねー。  これが達成されたら、ある意味『ルネッサンス』になりますかね。
教会は「何をしてるんだ?」と言っただけ。 王は「できた暁には1枚噛んでくれ」と約束しただけ。 教会が噛むことにより、販路が約束される。 面倒だけど、通過儀礼だよな
最良の結果(しあわせ)に向けて一直線なのは流石ですよね。 これまでの色んな作品だと教会も何もかも叩き潰して、結果的に一人で何もかもやるハメになってそうなところなのに。
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