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研究者たちは、再び麦角が発生した農村へ向かった。
今度は病人だけではない。
畑で働く農民たちから、麦が育っていく過程を一つずつ聞き取った。
「今年の初夏は、ひどい寒さでな」
ある農民が、空を見上げながら言った。
「ライ麦の穂も、なかなか育たなくてな。ところが妙なことがあったんだ」
「妙なこと、とは?」
「穂から、ベタベタした甘い汁が出てきたんだ。蜂蜜みたいな匂いでな。あちこちの穂が濡れて、虫が多くて、畑がひどく汚れていた」
研究者は、その言葉を書き留めた。
「その後は?」
「夏になって、ようやく収穫できた。だが、量が少ない。冷害のせいだ。それだけでも最悪なのに……」
農民は苦い顔をした。
「穂を見て驚いたよ。黒いツノみたいなものが、やたらと付いていた。あんなに多いのは初めてだった」
別の農民も頷いた。
「半分近くが、あの黒いツノになっていた畑もあった」
研究者たちは顔を見合わせた。
さらに別の証言を集めた。
「食べるものがなかったんだ」
農民は俯いた。
「小麦はほとんど採れなかった。まともなライ麦も少ない。だから、黒いツノが混じっていても、捨てるわけにはいかなかった」
「選り分けなかったのですか?」
「そんな余裕があると思うか?残った麦を全部挽いて、粉にしてパンにした」
研究者たちは黙って記録を続けた。
研究者は産婆にも聞いた。
「妊婦ですか……」
産婆は、しばらく口を閉ざしていた。
「今思い出しても、恐ろしい……」
「何があったのですか?」
研究者が静かに尋ねる。
「お産の時期でもないのに、突然、腹を抱えて苦しみ始めたんです。お腹がとても硬くなってました。本人は、見えない何かに腹の中を締め上げられていると言って……」
産婆は震える手を握りしめた。
「そして、ほどなくして子が出てきました。まだ生まれる時期ではなかったのに……」
産婆は目を伏せた。
「小さくて、骨と皮ばかりで……。あんな姿を見たら、誰だって恐ろしくなります。まるで、悪魔に命を吸い取られて干からびた死体のように見えたんです」
研究者は黙って記録を続けた。
「それだけではありません」
産婆は声を落とした。
「その女の手足も、黒くなっていたんです。まるで火に焼かれたように干からびて……触れてみると、氷のように冷たい」
「冷たいのに?」
「本人は、違うと言うんです」
産婆の顔から血の気が引いた。
「『熱い、熱い。身体が地獄の火で焼かれている』と、何度も叫んでいました」
研究者は、しばらく筆を止めた。
「……同じような妊婦は、他にも?」
「いました。何人も……」
産婆は小さく呟いた。
「だから皆、悪魔の仕業だと思ったんです。あんなもの、人の病とは思えませんでした」
だが、別の村では、さらに奇妙な証言が得られた。
年老いた産婆が、周囲を気にしながら口を開いた。
「これは、あまり人には言わんでくれ」
「分かりました。何でしょう?」
「それだ」
産婆は、小さな黒い角を指した。
「妊婦がなかなか出産できない時や、出産後に血が止まらない時に、ほんの少しだけ使うことがある。本当に、ほんの少しだ」
「使うと、どうなるのですか?」
研究者が尋ねた。
産婆は、じっと研究者を見た。
「あのな、出産が長引くと、赤子も母親も疲れて死ぬことがある」
産婆は声を落とした。
「少し使えば、すぐに赤子が出てくる」
「……出産を促す、と?」
「そうだ」
産婆は頷いた。
「そして赤子が出た後だが、たまにいるのだ。出血が止まらんのが」
研究者の筆が止まった。
「そのままだと、母親は死ぬ。だから、ほんの少し使うんだ」
「すると?」
「すると、なんでか血が止まる」
研究者は言葉を失った。
「……それを、どうして知ったのですか?」
「昔から、そうしてきたんだ。なぜ効くのかなんぞ、わしにも分からん」
産婆は麦角を見つめた。
「ただ、使いすぎれば恐ろしいことになる。だから、本当に少しだけだ」
「教会には?」
「……内緒だ」
産婆は唇に指を当てた。
「こんな使い方を知られたら、何を言われるか分からん」
研究者は、それ以上は追及しなかった。
研究者は、記録を見つめたまま、しばらく黙っていた。
「……これは、絶対に教会に知られてはいけない話だ」
麦角を使って出産を促すこと。そして、出産後の出血を止めるために使うこと。
教会に知られれば、単なる薬草の知識では済まされないかもしれない。
堕胎を助けたのではないか。神が定めた出産の苦しみを、人の力で変えようとしたのではないか。そんな疑いをかけられる可能性がある。
ましてや、産婆が代々受け継いできた秘密の知識だ。
「……産婆を守らなければ」
研究者は、そう呟いた。




