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私は窓から外を見た。
建設中の大聖堂が見える。
石工や大工たちが、石材を運び、槌を振るい、足場の上で作業を続けていた。
この世界では、仕事の時間は季節によって大きく変わる。
屋外で働く職人や農民にとって、太陽の明るさはそのまま仕事ができる時間だった。
明るいうちは働き、暗くなれば仕事を終える。
そのため、夏には長く働き、冬には仕事の時間も短くなる。
日給で雇われる者にとっては、働ける時間が減れば、一日に得られる賃金が少なくなることもあった。
しかし、仕事がなくなるわけではない。
一方、冬の時期には、役人たちの仕事が増える。
集められた税を計算し、帳簿を整理する。
倉庫の在庫を確認し、支出をまとめ、領民から出された訴えを処理する。
次の季節に向けた計画を立てることも、役人の仕事だった。
そして道が使いやすい夏、役人たちも城や役所を出る。
村々を巡回して畑の様子を確認し、橋や道路、城壁などを視察する。
地方へ赴いて裁判を行い、領民の訴えを聞くこともある。
つまり、季節が変われば仕事の量だけでなく、働く場所も仕事内容も変わる。
だからこそ、役人は働く時間も自然と曖昧になっていた。
役人は、帳簿が残っていれば続ける。上から命じられれば、鐘が鳴っても仕事を続ける。
昼間に処理できなかった書類を、夜になってから片付けることもある。
だからといって、働く時間は曖昧なままでいいのだろうか。
私はずっと、そんなことを考えていた。
「もうひとつ、行いたいことがある」
マルクとエリシア王妃が、こちらを見る。
「今後、宮廷や役所で働く者たちに、仕事を終える時間を定めたい」
「仕事を終える時間……ですか?」
マルクが聞き返した。
「ああ。いつまでも働かせるのではなく、決められた時刻になれば、原則として仕事を終える」
マルクの顔が、わずかに強張った。
「陛下、それは問題かと思います」
「何故だ?」
「教会の鐘を使うのだとしたら、正確なものではありません」
マルクは慎重に言葉を選んだ。
「季節によって昼の長さが変わります。鐘を鳴らす教会や修道院が違えば、鳴る時刻にも多少の差が出るでしょう」
わたしは頷いた。
「教会の鐘に頼らずとも、時間が判るようにしたい」
マルクとエリシア王妃が、こちらを見る。
「鐘に頼らず、ですか?」
「ああ」
鐘を鳴らすには人の手が必要になる。
それなら、人がいなくても、決まった時間に知らせる仕組みを作ればいい。
頭の中に、ひとつの光景が浮かんだ。
前世の日本庭園。
水が流れ込むと、竹の筒に少しずつ水が溜まっていく。
やがて重くなった竹が傾き、中の水を吐き出す。
カコン――。乾いた音を立てて元に戻り、また水を溜め始める。
鹿威し。
私は、その仕組みを思い出していた。
もちろん、竹をそのまま使うつもりはない。
この世界なら、木で作ればいい。
温泉から湯を引き、一定の量が溜まるようにすれば、天秤のような仕掛けを傾けることができる。
その動きでロープを引けば――鐘を鳴らせる。
「……水を使って、時間を測るのですか?」
マルクが恐る恐る尋ねた。
「正確には、湯だな」
「しかし、湯の量など一定になるのでしょうか」
「そこは工夫する。源泉から直接流すのではなく、一度水槽に溜める。余った湯は外へ流し、水面の高さを一定にするんだ」
私は机の上に紙を広げ、簡単な絵を描いた。
水槽、細い水路、天秤、片側についた木箱。
「この箱に少しずつ湯を入れる」
私は指で箱を示した。
「いっぱいになれば重くなって傾く。その動きでロープを引く」
「……すると?」
「鐘が鳴る」
マルクとエリシア王妃は、描かれた図を見つめた。
私は少しだけ息を吐いた。
「もちろん、簡単ではない。温泉なら湯垢も溜まる。出口が詰まれば時間が狂うし、木も傷むだろう」
「では、使えないのでは?」
エリシア王妃が尋ねる。
「いや。毎日掃除する者を置けばいい。壊れたら修理する。それでも、人の手で鐘を鳴らさなくても、決まった時間を知らせることはできる」
マルクはしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言った。
「……また、とんでもないものを考えつきましたね」
私は苦笑した。
「教会の鐘は、あくまで目安とする。宮廷と役所については、この鐘を基準にする」
マルクは黙って考えている。
「つまり、行政については行政の基準を別に設ける、ということですか?」
「ああ」
私は頷いた。
続いてエリシア王妃が口を開いた。
「……陛下」
「何だ?」
「他に、気になることがあります」
エリシア王妃は、少し迷うように言葉を選んだ。
「時間を定めることについては、教会からの反発も予想されます」
「教会から?」
私は聞き返した。
「はい。人々は教会の鐘によって、一日の始まりや祈りの時を知っています。時間は単なる仕事の区切りではありません。教会にとっては、信仰と生活を結びつけるものでもあります」
エリシア王妃は続けた。
「そこへ王宮や役所だけの鐘を設ければ、『王が教会とは別の時間を民に与えようとしている』と受け取る者もいるでしょう」
マルクも重い顔で頷いた。
「司教や修道院長からすれば、教会の権威を侵されたと考えるかもしれません」
私は黙った。
時間を決める。ただ、それだけのことだと思っていた。
しかし、この時代では、それもまた権力と信仰に関わる問題だった。
誰が鐘を鳴らし、人々の生活の区切りを示すのか。
それを考えれば、教会が警戒する理由も分かる。
「ならば、教会の時間を否定しない形にする必要があるな」
「はい」
エリシア王妃が頷いた。
私は少し考えた。
「夜まで働かせず、十分に休めるようにするための制度だと説明しよう。教会の役割を奪うためではない」
エリシア王妃は、わずかに微笑んだ。
「その説明なら、反発を和らげられるかもしれません」
私は頷いた。
「そして、もうひとつ問題がある」
私は続けた。
「仕事を終える時間を決めても、仕事そのものが多すぎれば意味がない」
私は机の上の書類へ目を向けた。
「まず、書類の形式を統一する。毎回、最初から長々と文章を書く必要はない。必要な項目を決めて、誰が見ても要点が分かるようにする」
私は書類から目を離した。
「報告も、何人もの手を経て同じ内容を何度も確認するやり方はやめる。必要な者だけに回し、判断が必要なものだけを私のところへ持ってくる」
「会議も同じだ」
私は二人を見る。
「議題を決め、結論を出す。必要なら立ったままでもいい。話し合うこと自体が目的になってはいけない」
二人は静かに聞いていた。
「そして、仕事を班に分ける。
午前を担当する者、午後を担当する者を決め、誰かが休んでいる間も別の者が仕事を引き継げるようにする」
「交代制、ですか」
マルクが言った。
「ああ。一人の人間が朝から晩まで働き続ける必要をなくす」
それは、単に家臣たちを楽にするためではない。
「疲れた人間は判断を誤る。書類を書き間違える。計算を間違える。兵士なら、剣を振るう力も判断力も落ちる」
私は静かに言った。
「だから、休むことも仕事のうちだ」
エリシア王妃が、わずかに目を見開いた。
「騎士や兵士に休息が必要なのと同じだ。夜遅くまで働かせて、翌日の仕事で失敗されては意味がない」
私は二人を見た。
「むしろ、短い時間で確実に仕事を終わらせる方がいい」
もちろん、最初から完璧にはいかない。
「だから、まずは試す。仕事の量、終わった時刻、書類の処理数、間違いの数。それらを記録する」
「成果を比較するのですね」
マルクが言った。
私は頷いた。
「蝋燭代と薪代も調べる。夜まで仕事を続ければ、それだけ明かりが必要になる。冬なら暖炉の薪も使う」
私は淡々と言った。
「終わりの時間を導入すれば、その分の費用も減る。浮いた金を兵の小麦や武器、甲冑に回せる」
数字は、何よりも強い。
「そして、夜間の呼び出しも原則として禁止する」
「緊急時は?」
「その時だけは例外だ」
私は答えた。
「火災、襲撃、重大な病、王命。それほどの事態なら当然だ。だが、『少し急ぐから』という理由で夜中に人を呼び出すことは認めない。
二人とも、私の言葉を考えているようだった。
私は最後に、ゆっくりと言った。
「……そして、これは今だからこそできると思っている。大きな国なら、この制度を一度に導入するのは難しい」
小さな範囲だからこそ、試せるのだ。
「うまくいけば、少しずつ広げればいい。失敗したなら、ここで止めればいい」
マルクとエリシア王妃は、黙って考え込んでいた。
やがて、マルクは険しい声で言った。
「しかし陛下。これは……貴族たちから、怠けていると糾弾されるのではありませんか」
「だろうな」
私はあっさりと答えた。
「だからこそ、結果を残す」
マルクは黙り込んだ。
理屈としては理解している。それでも、まだ納得しきれない。そんな顔だった。
私はそれ以上、説得しようとはしなかった。
「では、まずは試す。結果を見てから、今後どうするかを決めよう」
いつの間にか、仕事の終わりの時刻になっていた。
私は席を立つ。
「今日は、ここまでだ」
「……陛下?」
「時間だからな。続きは明日にする」
私は書類を閉じた。
マルクは一瞬、呆れたように私を見た。それから、苦笑する。
「……なるほど。まず陛下ご自身から、ですか」
「ああ」
私は頷いた。
マルクを見ながら、私は内心で思った。
……有能だな。
ただ賛成するだけではない。制度の穴を見つけ、実際に運用した時の問題まで考えている。
こういう者が側にいるからこそ、私は新しい制度を作れる。
「では、明日から始めよう」
私はそう言って、執務室を後にした。
今日も、定時。
明日も、その予定だ。




