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私は、戴冠式を終えてから、本格的に国の仕組みを整え始めていた。
目指していたのは、私がすべての仕事を抱え込まなくても、国が動く仕組みだった。
財務、徴税、各地から届く報告、王命や文書の管理、権力闘争。
今の私は、それらに一つずつ目を通し、自分で判断している。
これでは、いずれ限界が来る。
私が病気になれば、政務は止まる。戦場に出れば、判断する者がいなくなる。そして何より。私一人がすべてを把握し続けなければならない。
それは、国として健全な状態ではない。
以前の世界で言えば、組織を作り、責任者を置き、仕事を分担する。最終的な判断だけを私が行い、それ以外は信頼できる者に任せる。
それが、一番効率的だと思っていた。
だから私は、エリシア王妃とマルクを呼び、自分の考えを話した。
「まず、仕事を分けたい」
二人を前に、私は言った。
「財務、徴税、文書、各地の報告。それぞれに責任者を置く。誰か一人に仕事が集中しないようにする」
マルクは黙って聞いていた。
エリシア王妃は、表情を強張らせた。
「そして、能力のある者なら、身分に関係なく役職に就けたい」
「……平民も、ですか?」
エリシア王妃が尋ねた。
「そうだ。読み書きと計算ができる者なら、家柄は問わない」
私は当然のこととして答えたが、エリシア王妃とマルクは、揃って難しい顔をした。
「それは……難しいと思います」
「何故だ?」
「小貴族たちは、自分たちの地位を脅かされたと考えるでしょう」
マルクが静かに続けた。
「王が突然、身分の低い者を高い役職へ取り立てれば、それを自分たちへの侮辱と受け取る者が出ます」
「能力があっても、ですか?」
「能力があるからこそ、です」
マルクは淡々と答えた。
「特に、徴税や財務に関わる権限を平民へ渡せば、反発はかなり大きいでしょう」
「……なるほど」
私は腕を組んだ。
能力がある者を登用すれば、効率が上がる。私はそう考えていた。
しかし、この国では役職そのものが身分と結びついている。
誰を登用するかという問題は、単なる人事ではない。誰に権威を与えるのかという問題でもある。
「では、教会から人を借りるのはどうだ?」
「それなら、まだ可能性はあります」
マルクが頷いた。
「聖職者なら、読み書きのできる者も多い。しかも教会の権威があります。貴族たちも、平民を役人にするよりは受け入れやすいでしょう。王家と教会の双方に仕える書記として置けば、反発も抑えられると思います」
エリシア王妃も頷いた。
「なるほど」
私は考え込んだ。
自分の考えていた形とは違うが、この国で実際に動かすなら、こちらのほうが現実的なのだろう。
「もうひとつ。官僚には固定した給与を支払いたい」
私がそう言うと、マルクが苦笑した。
「それ自体は可能でしょう」
「なら、問題はないな」
「ですが――」
マルクは言葉を選ぶように続けた。
「今ある土地や役職に伴う収入を、いきなり金銭による給与へ変えるのは、別の問題です」
「……制度そのものを変えることになるか」
「はい」
マルクは頷いた。
「この国には、王家に仕えることで土地や徴税権を得てきた者もいます。それを突然取り上げて、金で働く役人に変えれば、金銭の問題では済みません。彼らの地位を奪うことになります」
私は黙った。
この国は、金がないわけではない。
阿片の技術による収益もある。温泉療養地からの収入も増えている。大聖堂への寄進も集まっている。
国庫に余裕があるからこそ、私は新しい制度を作れると思っていた。
けれども、金があることと、制度を自由に変えられることは別だった。
今ある仕組みには、それぞれ理由がある。誰かの権利が、別の誰かの収入や地位と結びついている。
そこを一気に壊せば、国そのものが揺らぐ。
「……つまり、給与制そのものが問題なのではない」
私は言った。
「移行の仕方が問題なのだな」
「そうです」
マルクが頷く。
「既存の制度を残しながら、新しい役職から少しずつ金銭による報酬を取り入れる。そのほうが反発は少ないでしょう」
「分かった」
私は頷いた。
最初から、すべてを変える必要はない。
今ある制度を壊すのではなく、その上に新しい仕組みを積み重ねていく。
それなら、この国でも動かせる。
「……急がないことだな」
私は呟いた。
以前の世界なら、もっと簡単にできたこともある。
だが、ここは違う。
この国には、この国の歴史がある。 身分があり、権利があり、慣習がある。
それらを無視して効率だけを追えば、制度を整える前に国を壊してしまう。
私はもう一度、目の前の書類へ視線を落とした。
改稿しました。




