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リディア視点
大聖堂の内陣には、各国から訪れた使節たちが並んでいた。
最前列に近い特等席には、大国から派遣された使節。 その中央に座るのは、大国の王の王命を受けた監察官だった。
その隣には小国の大使。さらに反対側には、皇国の大使が座っている。
いずれも、新たに誕生する王国を見届けるために招かれた者たちだった。
そして、ひな壇の下。
第三王子のすぐ近くには、隣接する領地の領主、私がいる。
外国の使節とは違い、私は決められた席次の中でも、王のすぐそばに立つことを許された。
それは、この新しい国と私の領地が、これから深く結びついていくことを示すものでもある。
大聖堂には、無数の人々が集まっていた。
けれど、不思議なほど騒がしくない。
聖歌が静かに響き、香の煙がゆっくりと天井へ昇っていく。
式は、静かな熱に包まれていた。
やがて、祭壇の前へ第三王子が進み出る。
私は、思わず息を止めた。
白と金を基調とした正装。
その表情には、いつもの冷静さがあった。
けれど――今日は、いつもと違って見える。
これまで何度も見てきたはずの姿なのに、今はなぜか遠く感じた。
第三王子が祭壇の前に立つと、大司教がゆっくりと立ち上がった。
大聖堂にいる者たちも、それに合わせて起立する。
私も立ち上がった。
誰もが、大司教の言葉を待つ。
「ここに集いし者たちよ」
低く、よく響く声が大聖堂に広がった。
「我らは今日、神の御前において、一人の男を王として立てる」
人々の視線が、第三王子へ集まる。
「この者を、神の御加護のもと、この国を治める王として認めるか」
一瞬の沈黙の後、声が上がった。
一人ではない。大聖堂の各所から、次々と声が重なる。
足を踏み鳴らす者もいれば、盾の縁を打ち鳴らす者もいる。
歓声は次第に大きくなり、大聖堂を満たしていった。
私は、その声を聞きながら第三王子を見つめていた。
内陣では、大国の王命監察官がゆっくりと頭を垂れる。
小国の大使も続く。
皇国の大使も、静かに礼を示した。
三つの国が、それぞれの立場から、この新しい王の誕生を認めている。
その光景を見て、胸の奥がざわついた。
第三王子は、もう一人の王子ではない。
ここにいる誰もが、彼を一人の君主として見ている。
私もまた、その一人なのだ。
やがて聖歌が再び始まる。
第三王子が祭壇の前に跪いた。
大司教が聖油を手に取る。額へ、そして手へ。
ゆっくりと聖油が施されていく。
「神の御前において、正しく民を導き、弱き者を守り、与えられた国を守ることを誓いますか」
「誓います」
短い言葉だった。
けれど、その声は大聖堂の奥まで届いた。
私は、ただ黙って彼を見つめていた。
大司教が立ち上がる。
侍祭が、布に包まれた王冠を運んできた。
その瞬間、大聖堂の空気が変わった。
誰もが息を潜める。
王冠が大司教の手に渡る。
そして、ゆっくりと第三王子の頭上へ掲げられた。
「ここに、神の御前において――」
大司教の声が響く。
「レオンハルトを、この国の王と認める」
王冠が、その頭上に置かれた。
一瞬、大聖堂が静まり返る。
次いで、歓声が大聖堂を揺らした。
大国の使節が立ち上がる。
小国の大使も続く。
皇国の大使も、静かに拍手を送った。
私も立ち上がった。
王冠を戴いた若き国王を見つめる。
新しい王、新しい国。
今日、この場所で一つの国が生まれた。
大司教が王笏を差し出す。
レオンハルト陛下は、それを受け取った。
その姿を見ていると、胸の奥に奇妙な感覚が広がっていく。
すぐ近くにいる。
手を伸ばせば届きそうな距離にいる。
それなのに、ひどく遠い。
これから彼の前には、各国の王や大使、そして多くの貴族たちが立つ。
彼らが見るのは、第三王子ではない。
この国を背負う、一人の王だ。
私も、その王のすぐ近くに立っている。
けれど、それは以前のような近さではない。
私は静かに息を吐いた。
歓声の中、レオンハルト陛下は王冠を戴き、王笏を手にしている。
その表情は、いつもと変わらない。
けれど、私には分かっていた。
今日を境に、何かが変わった。
国が変わっただけではない。
私と彼との距離も。
私はもう一度だけ、彼の姿を見つめた。
その姿を見ていると、胸の奥にしまっていた記憶が蘇る。
彼が、隣国の王女と婚姻を結んだ時。私は、深い悲しみに襲われた。
あれから時が経ち、もう気持ちが揺らぐことはないと思っていた。彼が王女を妻に迎えたことも、受け入れたつもりだった。
それなのに。
王冠を戴いた彼を見ているだけで、胸が苦しくなる。
その隣では、エリシア王妃が誇らしげに彼を見つめていた。 幸せそうなその姿を見れば、二人が互いに大切な存在なのだと分かる。
私は静かに視線を伏せる。
……忘れたと思っていた想いは、まだ、終わっていなかったのだ。




