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若き国王の戴冠が終わると、今度はエリシア王女の番となった。
エリシア王女は、用意されていた椅子に静かに腰を下ろしていた。
レオンハルト陛下のすぐ隣。
その椅子は、陛下の椅子よりもわずかに小さく、少しだけ後ろに置かれている。
けれど、その距離は遠くなかった。
顔を上げれば、すぐ隣に陛下の姿がある。
第三王子が、国王になる。それも、この領地を独立させて。
その話を初めて聞いた時、エリシア王女は一瞬、言葉を失った。
まさか、そう決断をするとは思っていなかった。
けれど――今になって思えば、分かっていたのかもしれない。
第三王子は、この国の国王に相応しい。
いや、自分の母国の国王でさえ、おそらく堂々と玉座に座ることのできる力を、この人は持っている。
そう思っていた。
何を任せてもやり遂げる。どれほど困難なことでも、冷静に道を見つけ出す。その姿を見ているうちに、いつしかエリシア王女は、彼を「倒れることのない人」のように思っていたのだ。
けれど、第三王子が倒れた時。熱に苦しみ、力なく横たわる彼を目の前にした時。
エリシア王女は、初めて気がついた。
――何を、私は見ていたのだろう。
目の前にいたのは、何でもできる特別な存在などではなかった。
傷つけば痛み、疲れれば倒れ、苦しめば弱さを見せる。自分と同じ、一人の人間だった。
そのことに気づいた時、エリシア王女の胸には、不思議なほど強い思いが生まれた。
この人を支えたい。
国王だからではない、偉大だからでもない。
ただ、レオンハルトという一人の人間の隣にいたい。
そして今、その目の前で王冠を戴いたレオンハルト陛下を見ていると、それでも、あの神託が事実だったのだと実感する。
神は、本当に彼を選んだのだ。
そして、第三王子から言われた言葉を思い出す。
前夜、二人きりの寝室で、第三王子は静かに語った。
この国をどうしたいのか、どんな国にしていきたいのか。
そして、その隣に自分にもいてほしい、と。
「……共に歩いて欲しい」
エリシア王女は息を呑んだ。
真摯な瞳、婚姻の時と同じくらい、心が大きく揺れた。
「エリシア殿下」
大司教の声に、エリシア王女は我に返った。
「はい」
立ち上がる。
静まり返った聖堂の中、エリシア王女は祭壇の前へ進んだ。
大司教が、王妃としての誓いを問いかける。
夫を支えること、民に慈悲を与えること、そして、教会を守ること。
エリシア王女は一つ一つに、静かに頷いた。
「誓います」
その声は、聖堂の奥までよく響いた。
やがて、聖油が額へ施され、祈りが捧げられた。
そして、王妃のために用意された冠が運ばれてくる。
大司教が両手でそれを掲げる。
金細工の冠には、いくつもの宝石が埋め込まれていた。
それは国王の王冠よりも小さい。
けれど、決して見劣りするものではなかった。
エリシア王女が静かに頭を下げる。
大司教が、ゆっくりと冠をその頭上へ置いた。
重みが、頭に伝わる。
同時に、聖堂内から大きな歓声が上がった。
「王妃陛下、万歳!」
その声に、エリシア王妃はゆっくりと顔を上げた。
隣には、王冠を戴いたレオンハルト陛下がいる。
彼は、この国の国王になった。
そして自分もまた、その隣に立つ王妃となった。
エリシア王妃は、静かに微笑んだ。
侍女視点
エリシア王妃の侍女、ベアトリーチェは、少し離れた場所から静かに戴冠式を見つめていた。
祭壇の前では、エリシア王妃が王妃としての冠を戴いている。
領地が独立すると聞いた時、ベアトリーチェは素直には喜べなかった。
本当に大丈夫なのだろうか。国として成り立つのだろうか。何より、自分たちの暮らしはどうなるのだろう。
大国の王女であるエリシア王女に仕えてきたベアトリーチェにとって、それは決して小さな不安ではなかった。
けれど、少しずつ考えは変わっていった。
医療の技術、薬の研究、病を防ぐための知識。
それらは、侍女がこれまで見てきたものとは比べものにならなかった。
大国にも劣らない。いや、それどころか、世界で最も進んでいるのではないか。
そう思うほどだった。
そして、様々なことが落ち着き始めた頃、第三王子は暮らしに目を向け始めた。
「国を作るなら、そこで暮らす者が安心して生きられる場所にしたい」
そう語ったという。
その言葉どおり、少しずつ生活の環境が整えられていった。
侍女の部屋にも床暖房が備えられた。 風呂は常に清潔に保たれ、湯を使うことに何の遠慮もいらない。毎日入浴可能と言われた。食事も、冷害の最中だというのにきちんと用意されている。
気がつけば、私たちは以前の大国での生活よりも、ずっと快適に暮らしていた。
それは、少し不思議なことだった。
大国の庇護を離れたはずなのに。
そして、もう一つ。
侍女は、祭壇の脇へ視線を向けた。
そこには、レオンハルト陛下の側近、マルクの姿がある。
その姿を見つけると、胸がほんの少しだけ温かくなった。
侍女とマルクの婚姻の話も、かなり進んでいる。
侍女は、再びエリシア王妃へ視線を戻した。
エリシア王妃は、幸せそうだった。
その隣には、若き国王がいる。
彼は、エリシア王妃を大切にしている。
王妃だからではない。一人の女性として、妻として、共に歩む相手として見ていると判った。
その姿を、ベアトリーチェはずっと見てきた。
だから、思う。
ここなら、エリシア王妃は幸せになれる。
それが、何よりも喜ばしいことだった。
エリシア王妃は、自分にとって仕えるべき主君であると同時に、大切な人だった。
侍女は、エリシア王妃を見つめ続ける。
王冠を戴いたその姿は、あまりにも自然だった。
まるで、ずっと前からそこに立つことが決まっていたかのように。
――エリシア王女は。
いや。もう、エリシア王妃陛下だ。
この人には、王妃こそが相応しい。
目頭が熱くなった。
頬を、一筋の涙が静かに伝う。
慌てて俯き、目元をそっと拭う。
けれど、涙は止まらなかった。




