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小国の国王視点
神託の噂が王宮へ届いたのは、突然のことだった。
――第三王子レオンハルトを、次代の王とせよ。
建設中の大聖堂で、大国から訪れていた王妃が神託を受けたという。
教会から正式な書簡が届いたわけではない。それでも、王妃自らが神託を受けたとなれば、無視することはできなかった。
第一王子を支持する諸侯は警戒し、第三王子を支持する者たちは期待を膨らませる。
もし本当に神託なら、どうするのか。
第三王子を王位につけるのか。それとも、神託そのものを否定するのか。
どちらを選んでも、国が無傷で済むとは思えなかった。
私は教会からの正式な知らせを待った。
だが、その前に一通の手紙が届いた。
差出人は、レオンハルトだった。
私は側近たちを下がらせ、一人で封を切った。
そこに記されていたのは、予想もしなかった言葉だった。
――自分は、この国の王になろうと思います。
思わず、目を瞠った。
神託が下ったとはいえ、レオンハルト本人が王位を望んでいるとは思っていなかった。
しかし、続く言葉は、さらに私の予想を裏切るものだった。
――ここでいう「この国」とは、父上からお与えいただいた、この土地のことです。神託が自分を王とするものであったとしても、父上から王冠を奪うつもりはありません。できることなら、自らの領地を独立した国とし、その地でこれまで通り領地を治めたいと思います。
私は、しばらくその手紙を見つめていた。
神託を受けてもなお、あの子は王位を望まない。それどころか、私から王冠を奪うことさえ拒んでいる。
私は、ふと考えた。
もしかすると、あの子は私を不安にさせまいとしたのではないだろうか。
教会から正式な知らせが届く前に、自分の意思を伝えておく。
神託の内容だけが先に伝われば、私は王位継承を巡る争いを案じるだろう。
だからこそ、先に自分の考えを知らせた。
自分は兄と争うつもりはない。 王冠を奪うつもりもない。ただ、自分の領地を自分で治めたいのだと。
気が回る王子だとは思っていたが、ここまでとは。
私は、小さく息を吐いた。
神託を受けた本人よりも、父親である私の方が先に安心させられてしまった。
「……まったく」
思わず、苦笑が漏れた。
あの子は、いつの間にここまで先のことを考えるようになったのだろう。
少なくとも、これで私は息子を疑わずに済む。
あとは、教会が神託をどう扱うのか。
それを待てばいい。
私は手紙を持って、第一王子のもとへ向かった。
負傷して以来、療養を続けている息子は、かなり回復していた。それでも医師からは、まだ無理をしないよう念を押されている。
「レオンハルトからの書簡だ」
手紙を渡すと、第一王子は静かに読み進めた。
やがて、苦笑が浮かぶ。
「……レオンハルトらしいですね」
「そう思うか」
「ええ。自分が王になるよう神託が下ったというのに、それでも王位を望まない」
第一王子は手紙を折りたたんだ。
「正直に言えば、複雑です。ですが、本人が本気でそう望んでいるのなら……私から反対する理由もありません」
そして、静かに続けた。
「これで王家が争わずに済むのなら」
私は息子を見つめた。
「お前は、会議には出なくていい」
「分かっています。医師にも同じことを言われていますから」
「ならば、しっかり休め」
「はい」
立ち上がった私を、第一王子が呼び止めた。
「父上」
振り返る。
「……レオンハルトの望みを、聞いてやってください」
私は何も言わず、頷いた。
その後、教皇庁から一通の封書が届いた。封蝋には、教会の紋章が刻まれている。
私は封を切り、書かれていた内容を読み進めた。
そして、思わず、息を止めた。
教会は、神託が事実であると認めていた。
だが、第三王子をこの国の王位につけよと命じているわけではなかった。
教会が示したのは、別の道だった。
第三王子レオンハルトの領地を、現在の王国から分離する。
その地を独立した王国として認め、レオンハルトをその王として推戴する。
つまり、あの子は王になる。
だが、この国の王冠を奪うわけではない。
自らの領地を、新たな王国とすることで王位を得るのだ。
私は長い間、書簡を見つめていた。
……これならば。
第一王子との争いを避けられ、王家が二つに割れることもない。
ただし、失うものも大きい。
あの領地には、阿片の交易による大きな利益がある。温泉地もある。
我が国にとって、決して小さな損失ではない。
それでも、王位継承を巡って内乱になるよりはいい。
しかも教会は、独立後も我が国との交易を維持するよう、レオンハルトに求めるとしていた。
私は書簡を机の上に置いた。
そして、しばらく考えたあと、一冊の文書へ手を伸ばした。
そこに書かれていた内容を確認する。
私は思わず、小さく息を吐いた。
数日後。
御前会議が開かれた。
広間には、諸侯をはじめ、軍務を司る者、財務を預かる者、教会と関わりの深い重臣たちが並んでいる。
皆、緊張した面持ちだった。
私は玉座から、静かに一同を見渡した。
「諸卿も知っての通り、先日、建設中の大聖堂にて、大国の王妃が神託を受けた」
広間にざわめきが走る。
「その内容は、第三王子レオンハルトを王とせよというものだった」
誰も口を挟まない。
「そして先日、教皇庁から正式な書簡が届いた」
ざわめきが消える。
「教会は神託を事実と認めたうえで、第三王子の領地を我が国から分離し、独立した王国とするよう裁定した」
一瞬、広間が静まり返った。
「第三王子は、その国王となる」
「……独立王国に、ですか?」
侯爵の一人が尋ねた。
「そうだ」
私は頷いた。
「ただし、それによって王家を二つに分けるつもりはない。第三王子は、我が国の王位を求めていない」
別の重臣が口を開く。
「しかし陛下、それでは我が国は領土を失うことになります」
「その通りだ」
私は即答した。
「阿片の交易による利益も、温泉地も失うことになる」
財務官が眉を寄せる。
だが、その前に私は続けた。
「だからこそ、独立後の交易について、第三王子と正式に取り決める」
財務官が顔を上げた。
「交易を……維持するのですか?」
「維持する。教会の書簡にも、その旨が記されている。第三王子自身も、我が国との交易を続ける意思を示している」
「しかし、独立した国との交易となれば、関税や通行税の問題が――」
「その点についても協定を結ぶ」
私は答えた。
「国境を新たに設ける以上、通行の規則と税については、双方で定めればよい」
重臣たちが顔を見合わせる。
さらに別の侯爵が尋ねた。
「では、第一王子殿下を支持する諸侯との間に、問題は起こらないのでしょうか」
「起こる可能性はある」
私は認めた。
「だが、第三王子がこの国の王位を求めない以上、王位継承を巡って二人の王子が争う理由はなくなる」
広間が静かになる。
「王家を二つに割るより、一人がこの国を継ぎ、もう一人が新たな国を治める方がよい」
誰も反論しなかった。
しばらくして、教会と関わりの深い重臣が尋ねる。
「教会は、独立後の第三王子の国を正式な王国として認めるのでしょうか」
「認める」
「ならば、教会の庇護を受けることになるのですか?」
「教会との関係については、独立後に改めて協議する。ただし、教会がその成立を認めることは、すでに明記されている」
今度は、財務官が口を開いた。
「冷害の最中です。領地を失うとなれば、食料の問題も……」
「それについても、第三王子は可能な限り我が国への供給を続けるとしている」
「穀物を?」
「そうだ」
私は頷いた。
「独立したからといって、これまでの関係をすべて断つ必要はない」
その言葉に、広間の空気が少しずつ変わっていった。
先ほどまで険しい顔をしていた者たちが、互いに視線を交わしている。
「王位継承争いを避けられる」
「交易も維持できる」
「冷害の中で、食料の供給も期待できる……」
やがて、一人の侯爵が深く息を吐いた。
「……それならば、独立を認める方が得策ではありませんか」
別の者が続く。
「私も賛成いたします」
「異議ありません」
「教会の裁定に従うべきでしょう」
先ほどまで領土を失うことを懸念していた者たちも、次第に頷き始める。
最後まで黙っていた重臣が、ゆっくりと頭を下げた。
「国を危険にさらさずに済むのであれば……私も、異存はありません」
私は、全員を見渡した。
「では、決まりだ」
その一言で、会議は終わった。
誰も反対しなかった。
私は立ち上がり、広間を後にした。
その足で、自室へ戻る。
扉を閉めると、私は机の上に置いてあった一冊の文書を手に取った。
表紙には、簡潔にこう記されている。
『独立案・想定質疑応答』
中身を開く。
神託について問われた場合、第一王子との関係を問われた場合、領土を失うことへの反発。
教会への説明、大国との関係、独立後の交易、冷害の中での食料供給。
諸侯から出されるであろう疑問と、それに対する回答。
今日、広間で出された質問のほとんどが、そこに書かれていた。
いや、質問だけではない。
どの順番で説明すれば反発が少ないか、どの問題を先に処理すべきか。
財務官が何を懸念するか、諸侯が何を恐れるか。
それさえも、あらかじめ記されていた。
私は最後の頁を開いた。
そこには、第三王子の字で一行だけ書かれている。
『国王陛下のご判断を、何よりも優先いたします』
私はしばらく、その文字を見つめていた。
そして、思わず苦笑する。
「……まったく」
私は文書を閉じた。
「自分が王になりたくないと言っておきながら……」
それでも、国がどう動くのかは最後まで考えている。
自分がいなくなった後のことまで。
私は椅子に腰を下ろした。
「……こんなものまで用意して」
王として決断したのは、私だ。
しかし、その決断を迷わず下せるよう、道を整えていた者がいる。
あの子は、最後まで自分で道を作るつもりらしい。
私は誰にも見えないように、文書を静かに机へ戻した。




