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翌日。
熱が下がった私は、まずマルクとエリシア王女を呼んだ。
二人を前にして、私は昨日、リディア嬢から聞いた言葉を話した。
「領地を独立させる、という案ですか」
マルクは、しばらく黙っていた。
「そうだ」
私は頷く。
「神託は、私が王になることを求めている。ならば、父上から王位を奪わず、兄上とも争わずに済む方法があるのなら、考えてみる価値はあると思う」
「……確かに」
マルクは否定しなかった。
だが、すぐに表情を引き締める。
「問題は、国王陛下がそれをお認めになるか、でしょう」
「やはり、そこか」
「はい。殿下が独立されれば、小国は領土を一つ失います。それも、阿片の収益と温泉療養地を持つ、今後さらに価値が高まる土地です」
マルクは静かに続けた。
「陛下にとっては、殿下が王位を奪わないことと、領土を失わないことは別問題です」
その言葉に、私は黙った。
確かに、その通りだった。
父上にとって私は、王位を脅かす息子ではなくなる。
だが、その代わりに、小国から一つの領地を切り離そうとしている。
「では、どうすればいいと思う?」
私はあえて、マルクに尋ねた。
マルクは一瞬、目を見開いた。
「……独立後も、小国に利益を残すことです。交易を維持、必要なら資金や物資を融通する。小国にとって、独立を認める方が得だと思える形にする必要があります」
「なるほど」
私は頷いた。
「では、その取り決めについて草案をまとめてくれ」
マルクは一瞬、目を見開いた。
「……私が?」
「ああ。必要な条件を洗い出して、私に見せてくれ」
「承知しました」
マルクは、すぐに頭を下げた。
私はその姿を見ながら、ふと思った。
以前なら、ここから先も自分で考えていた。 条件を決め、書面を作り、抜けがないか確認する。
だが、今は違う。
マルクに任せられる。
そう思えたことが、以前とは違っていた。
「大国については?」
私は隣に座るエリシア王女へ視線を向けた。
エリシア王女は少し考えてから、口を開いた。
「大国については、私はそれほど心配していません」
「そうなのか?」
「はい。この地は、すでに大国と阿片の繋がりがあります。そして温泉療養地も、大国にとって利益になるでしょう」
私と、同じ考えだった。
「それに、私自身が大国の王女です。レオンハルト殿下がこの地を治め続ける限り、大国との関係を悪化させる理由はありません」
そこまで言って、エリシア王女は少しだけ表情を曇らせた。
「ただ……一つだけ、気になることがあります」
「何だ?」
「小国の、国王陛下です」
私は目を瞬いた。
「父上?」
「はい」
エリシア王女は穏やかに私を見る。
「はい。神託について一度、お父上にお伝えしておいた方がよいと思います」
「神託について?」
「殿下が王位を望んでいないことは、以前にもお伝えしています。ですが、神託によって殿下が悩まれていることまでは、十分に伝わっていないかもしれません」
エリシア王女は、穏やかに続けた。
「お父上ですもの。きっと、ご心配なさるでしょう」
私は黙った。
私は、国王としての父上を見ていた。 エリシア王女は、父親としての父上を見ていた。
同じ人物を見ているのに、見えているものが違う。
「……そうか。父上に、先に伝えるべきなのかもしれないな」
マルクも頷いた。
「その方が、国王陛下にも誠実でしょう」
私は二人を見た。
マルクは、私が抱え込む前に仕事を引き受けてくれた。
エリシア王女は、私が見落としていた人の気持ちを拾ってくれた。
私は一人で考えている時には見えなかったものを、二人から教えられている。
なるほど。人に任せるというのは、単に自分の仕事を減らすことではないのかもしれない。
自分には見えないものを、見てもらうことでもある。
「……まず、教会に聞いてみよう」
私は言った。
「正式な承認を求めるのではなく、この解釈が許されるのかを」
マルクが頷く。
「神託を受けた者が、父君の王位を奪わずに別の国の王となる。それが教会の教義上、認められるのかを確認するわけですね」
「そうだ」
私は答えた。
その日のうちに、マルクは独立後の交易や支援について、具体的な草案をまとめ始めた。
私は、父上への書簡を書く。
以前にも、私は王位を望んでいないと伝えている。
だから、今回はそれを改めて説明する必要はなかった。
神託を受けた以上、いずれ王位を巡る問題が避けられないこと。
その一つの可能性として、この領地を独立させる道を考えていること。
そして、まだ何も決まってはいないこと。
その程度を、率直に記した。
書き終えた書簡を封じる。
それから、もう一通。
教皇庁へ向けて、神託と独立の可能性について「伺い」を立てる書簡を用意した。
正式な承認を求めるのではない。
まず、この考え方そのものが教会の教義に反しないのか。
もし可能であるなら、どのような手続きが必要なのか。
そこを確認するためだ。
書簡を書き終え、私は筆を置いた。
以前なら、必要なことをすべて自分で考え、すべて自分で片付けようとしていただろう。
だが、今は違う。
人に任せることで、自分の手が空くだけではない。
自分一人では見えなかったものまで、見えるようになる。
そのことが、私には少し新鮮だった。
数日後。
王都から、父上の返書が届いた。
私は封を切り、静かに読み始めた。
そこに記されていたのは、短い言葉だった。
――考えは理解した。だが、領地を手放すことと、お前が王位を望まないことは別の問題だ。それでも、こうして自分の考えを私に知らせてくれたことは、嬉しく思う。
私はしばらく、その一文を見つめていた。
拒絶ではないが、認めたわけでもない。
当然だ。父上にとって、これは息子の進退だけの話ではない。
王国の領土そのものに関わる問題なのだから。
私は書簡を机の上に置いた。
「……やはり、簡単にはいかないか」
それでも、不思議と焦りはなかった。
一人で答えを出す必要はない。
マルクがいる。
エリシア王女がいる。
そして、まだ教会の答えも出ていない。
一つずつ、進めればいい。
私は、もう一度父上の返書へ目を落とした。




