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しかし、熱は翌日になっても下がらなかった。
「……まだ熱がありますね」
エリシア王女が額に手を当てる。
「おそらく、疲れているのです。よく休んでください」
エリシア王女はそう言うと、机の上に置かれた書類を手に取った。
「では、行ってきます」
「……頼む」
扉が静かに閉じられる。
私は一人、天井を見つめた。
しばらくして、今度は別の者が訪ねてきた。
「殿下、お見舞いの方がお見えです」
「……誰だ?」
「リディア様です」
私は少しだけ目を開いた。
「……リディア嬢が?」
扉の向こうから、控えめな声が聞こえた。
「レオンハルト殿下。お加減はいかがですか?」
私は、身体を起こそうとした。
けれど、思うように力が入らなかった。
「……余程、神託で悩まれているのですね」
私は答えなかった。
リディア嬢には、隠しきれないのだろう。
「……わかります」
彼女は静かに続けた。
「殿下が、どれほど国王陛下を大切に思っているか。そして、第一王子殿下のことも」
私は、言葉が出なかった。
しばらく沈黙したあと、リディア嬢がふと微笑んだ。
「……そういえば、殿下にお話ししたいことがありました」
「何だ?」
「私の領地のことです」
リディア嬢は、少し嬉しそうに話し始めた。
「殿下からマントを下賜していただいてから、父も母も、とても喜んでいるのです。領民たちも同じで……以前より、私を見る目が変わった気がします」
「そうか」
「はい。以前は、父から領主の地位を受け継いだとはいっても、自分が本当に領主として認められているのか、不安だったのです」
彼女は、少し照れたように笑った。
「でも最近は、周辺の諸侯からも声を掛けていただくことが増えました。会談の席でも、以前より話を聞いていただけるようになって……」
その表情には、以前にはなかった自信があった。
「だから今は、少しだけ、自分が領主であることに自信を持てるようになりました」
「それは良かったな」
「ええ」
リディア嬢は嬉しそうに頷いた。
そして、ふと思い出したように笑う。
「それに、最近では妙なことまで言われるんですよ」
「妙なこと?」
「こんな小娘を『クロウフォードの女王』だの、『建国の母』だの……冗談めかして呼ぶ人までいるんです」
何気ない言葉だった。
けれど、私はそこで動きを止めた。
「……待ってくれ」
「はい?」
「今、何と言った?」
リディア嬢が不思議そうに首を傾げる。
「え?」
「クロウフォードの……何だ?」
「……女王、ですか?」
その瞬間。
頭の中で、何かが繋がった。
女王、王家直轄領、一つのまとまった領地。
それを、一つの国として独立させる。
「……そうか」
思わず声が漏れた。
「殿下?」
私は答えなかった。
神託は、私に「国王になれ」と告げた。
ならば、私が王になる国を、新しく作ればいい。
父上から王位を奪う必要はない。
兄上と争う必要もない。
この領地だけを独立させれば、すべてを守ったまま、神託にも応えられる。
「……なぜ、今まで思いつかなかったんだ」
私は天井を見つめた。
独立。
言葉だけなら、荒唐無稽だ。
しかし、考えてみれば、この地には独立国家としての土台がある。
父上の国と大国との間に位置するため、緩衝地帯としての価値もある。
温泉療養地があり、阿片という収入源もある。
そして、エリシア王女がいる。
隣国の王女である彼女との結びつきは、独立後の外交において大きな意味を持つ。
大国にも、交易や軍事の面で利益を示せる。
もちろん、簡単な話ではない。
父上と兄上の理解、教会の承認、大国の協力。
そして、独立後も国を維持できるだけの財政基盤。
越えなければならない壁はいくつもある。
それでも、今までとは、明らかに違う。
これは、王位から逃げるための方法ではない。
誰かから玉座を奪う必要もない。
私は、自分自身の国を作ればいい。
「……面白い」
思わず、口元が緩んだ。
「殿下……?」
リディア嬢が、不思議そうに私を見る。
「……いや」
私は小さく笑った。
「少し、考えが変わっただけだ」
「それなら、良かったです」
リディア嬢は安心したように微笑んだ。
彼女は、ただ私を元気づけたかったのだろう。
自分の領地が少しずつ良くなっていることを話して、少しでも私の気持ちを軽くしたかっただけだ。
まさか、その何気ない一言が、私の行く先を変えることになるとは、本人は知る由もない。
「お休みのところ、お邪魔してしまいましたね」
リディア嬢は静かに立ち上がった。
「どうか、今は何も考えず、ゆっくりお休みください」
「……ああ」
「それでは、失礼いたします」
リディア嬢は小さく頭を下げ、部屋を出ていった。
扉が閉じる。
私は、しばらくその扉を見つめていた。
人は、一つのことに囚われると、それ以外の可能性が見えなくなる。
けれど、暗闇は、時にほんの一言で切り裂かれる。
私は、思わず小さく笑った。
まったく。
こんな簡単なことに、なぜ今まで気づかなかったのだろう。




