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もし、社畜が異世界の第三王子に転生したら【連載版】  作者: りな


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最近、周囲の反応が、少しずつ変わっていることに私は気づいていた。

「この件は、殿下のご判断で進めてよろしいでしょうか」

以前から聞き慣れた言葉だった。

しかし、最近は、その判断が領地だけに留まらなくなっている。

「隣国との交易についてですが、将来的なことを考えますと――」

「この国全体の税制を見直すのであれば、殿下のお考えを伺いたく」

「もし新しい産業が軌道に乗れば、国庫にも大きな影響が――」

まるで、私がこの領地だけでなく、この国そのものを動かすことが前提であるかのように。もちろん。

「殿下が国王になられるなら」などと、直接言う者はいなかった。

しかし、言葉の端々に、それは滲んでいた。

私が長期的な政策を語れば、皆がそれを国の未来として受け止める。私が他領との関係について意見を述べれば、それは領地間の問題ではなく、国全体の問題として扱われる。

そして何より。

私がこの領地を治め続け、私が新しい産業を育て、 私が国の行く末について考え続けること。それが当然の未来であるかのように、皆は語っていた。

エリシア王女でさえ、ときおり何気なく言う。

「その頃には、国全体で制度を統一したほうがよいでしょうね」

その言葉に、私は一瞬だけ返事を失うことがあった。

皆が、同じ場所を見ている。

けれど、その場所に立つことを望んでいないのは、私だけだった。

だからこそ、夜になると、私はなかなか眠れなかった。

灯りを落とした寝室で目を閉じても、考えることがある。

もし、私が国王になったら。

その時、国王である兄上はどうなる。

諸侯は、私が王となることを受け入れるのか。

王位を継ぐことになれば、この領地はどうなる。

阿片の技術も、これから生み出そうとしている新しい技術も、今まで通り続けられるのか。

私がいなくなっても、誰かが代わりを務められるのか。

考えれば考えるほど、問題が増えていく。

では、王位を拒んだらどうなる。

「遠い先の話だ」と言い続ければ、逃げ切れるのか。

だが、それでは大国の王妃が下した神託に、虚偽の疑いがかかる。

そうなれば、結局はエリシア王女を傷つけることになる。

ならば、他に手立てはあるのか。

私は何度も考えた。

けれど、どの道を選んでも、その先には別の問題が待っている。

どちらを選んでも、誰かが傷つき、何かを失う。

私は、出口の見えない思考の迷路を、夜ごと彷徨っていた。


そんなある日のことだった。

私はいつものように執務室で机に向かっていた。

目の前には、積み上げられた書類。

税収の報告書、商人からの書簡、温泉地の開発計画、そして新しい産業についての試算。

一つずつ確認していた、その時だった。

「……?」

突然、視界が暗くなった。

身体から力が抜ける。

机に手をつこうとしたが、指先に力が入らなかった。

「殿下!」

マルクの声が、遠くから聞こえた。

「殿下!しっかりしてください!」

身体を支えられる感覚があった。

「……酷い熱です」

マルクの声がする。

その声に続いて、エリシア王女の落ち着いた声が聞こえた。

「医師の手配を。それと――」

エリシアは、私の机に積まれた書類へ目を向けた。

「レオンハルト殿下の仕事で、私にできるものは私に回してください」

「しかし、王女殿下まで執務を」

「構いません。今は殿下を休ませることが先です」

その声を聞きながら、私は意識を手放した。


次に目を開けた時、私はベッドの上にいた。

身体が重い、頭もひどく熱い。

「……目が覚めましたか」

傍らにエリシアがいた。

「……ここは?」

「寝室です。熱が出たのです」

エリシアは静かに言った。

「今日はもう休んでください。執務のうち、私にできるものは補助に入ります」

「……助かる」

それだけ言うのが精一杯だった。

エリシアは少しだけ微笑んだ。

「殿下は、もう十分すぎるほど、この国のために働いています」

私は黙って彼女を見た。

「だから、迷わないでください」

「……」

「貴方が王位を望んでいないことは、知っています」

エリシアは、責めるような口調ではなかった。

「それでも、貴方ほど国のことを考え、実際に手を動かしている人を、私は他に知りません」

静かな声だった。

「王になる資格とは、王冠を欲しがることではないのでしょう。必要な時に、自分にできることを引き受けられること……私は、そう思います」

私は返事をしなかった。

できなかった。

その言葉を否定することも、受け入れることも。

ただ、目を閉じた。

そうして、その日はベッドの住人になった。



エリシア王女視点

エリシア王女は、第三王子が眠ったのを確認すると、静かに執務室へ戻った。

机の上には、今日処理されるはずだった書類が積まれている。

税収の報告書、商人からの書簡、温泉地の開発計画、新しい産業についての試算。

エリシア王女は一枚ずつ手に取り、素早く目を通していった。

第三王子が不在の時には、同じように仕事を処理してきた。内容も、おおよその判断基準も把握している。

通常の執務であれば、問題はない。

それよりも今は、第三王子がきちんと休み、身体を戻すことのほうが重要だった。


書類を整理しながら、エリシア王女は小さく息を吐いた。

「……私には、弱音ひとつお見せにならないのですね」

毎夜、第三王子がなかなか眠れずにいることには、気づいていた。

昼間はいつも通りに振る舞っている。 領地のことを考え、書類に目を通し、次々と決断を下していく。

けれど夜になると、長い時間を眠れずにいる。

何に悩んでいるのかまでは、聞かなくても分かっていた。

国王に、という、あの神託。

それが第三王子にとって、どれほど重い問題なのか。

エリシア王女は書類から顔を上げた。

「……私が、お支えするのに」

その声は、誰に聞かせるでもなく消えた。

エリシア王女にとって、第三王子がこの国の王になることは、決して恐ろしい未来ではなかった。

むしろ、ごく自然なことに思えた。

これほど国のことを考え、領民の暮らしを案じ、自ら手を動かしている人が王になる。

それは、誇らしいことだった。

もちろん、今の国王や第一王子のことを考えれば、簡単に済む話ではない。

王位とは、本人の意思だけで決まるものではない。 諸侯の思惑も、王家の事情もある。

それでも、エリシア王女は、自分の立場を思った。

大国の王女であり、第三王子の妻である自分がいる。

もし本当にその時が来たとしても、決して彼を一人にはしない。

必要ならば、自分の持つ力を使えばいい。

だからこそ、エリシア王女には分からなかった。

なぜ彼は、すべてを一人で背負おうとするのだろう。


エリシア王女は手元の書類を静かに揃えた。

「少しでも、お役に立ちたい……」

小さく呟いたエリシア王女の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

自分にも、できることがある。

それが、少し嬉しかった。

エリシア王女は穏やかな表情のまま、再び書類へ目を通していった。


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― 新着の感想 ―
正直、簒奪しなくとも第一王子次第で王位が回ってくる可能性高そうだけどな…。本人にやる気無くても第一王子の体調含め状況が多分許してくれないパターンになる可能性もあるし。そもそも継承権保有者が少なすぎる。
当初に比べるとエリシア王女が随分としおらしくなったなあ、と。 レオンハルト殿下を守るには、彼女が生来持っていた「覇気」も必要になるのでは? そんなことを思ってます。
しょうがないやるしか無い、から始まりジワジワと周りを固められてるのに強く反論できず、しがらみで色々と押し付けられてオーバーフローしていくのが最高に元社畜って感じですね! 立場が強くなっても社畜の呪いは…
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