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翌日。
私は密かに呼び寄せていた諜報員を執務室へ通した。
扉が閉まると、彼は周囲を一度だけ確認し、静かに口を開いた。
「ご命令どおり、王妃陛下のご滞在中の行動を調べました」
私は頷く。
「報告してくれ」
「王妃陛下は、毎日のようにエリシア王女殿下を伴い、大聖堂へ足を運ばれておりました」
それは知っている。療養と祈りのためだと聞いていた。
だが、諜報員は続けた。
「表向きは、そのとおりです」
彼は一枚の羊皮紙を机へ広げた。
「ですが、王妃陛下は祈りの最中、堂内を非常に注意深く見ておられました。立つ位置を変え、しばらく目を閉じ、また数歩だけ歩いて立ち止まる。その様子を何度も繰り返しておられます」
私は黙って続きを促した。
「……おそらく、一番声が響く場所を調べていたのではないかと」
「声が響く場所?」
「はい。大聖堂は場所によって、声の届き方がかなり違います。王妃陛下は、それを確かめるように立つ位置を変えておられました」
彼は羊皮紙のある部分を指差した。
「エリシア王女殿下は、母君が熱心に祈りを捧げておられるものと信じ、終始ご自身の祈りに集中しておられました」
諜報員は、さらに言葉を続ける。
「そして定刻になると、王妃陛下は告解のため大司教のもとへ向かわれます」
「エリシア王女は?」
「大司教の指示で、別の祭壇にて殿下のご健康を祈るよう勧められていました」
私は目を細めた。
それも、すでに聞いている。王妃が告解へ向かう間、エリシアは別の場所で祈る。その結果、王妃と大司教だけになる時間が生まれる。
「……毎日だったな?」
「はい。毎日にございます」
諜報員は頷いた。
「王妃様が大司教のもとへ向かわれると、エリシア王女殿下は別の祭壇へ。その間、二人の間を取り次ぐ者もおりません」
私は机の上で手を組んだ。
祈り、告解、そして、二人だけの時間。
「……なるほどな」
私が呟くと、諜報員はわずかに感心したような表情を浮かべた。
「これほど大きな事を、水面下で誰にも悟られず進めるとは」
私は答えなかった。
ただ、報告書へ目を落とした。
諜報員は、そこで一度言葉を切った。
「……あと、気になることがひとつ」
「何だ?」
「リディア様と王妃陛下、そしてエリシア王女殿下が、教会で少し会話をしておりました」
私は眉を寄せた。
「……何故、リディア嬢が大聖堂に?」
「大聖堂の建設資材は、クロウフォード領からかなり運ばれております。その管理かと」
「……確かに、そうだったな」
「ほんの一時でした。偶然居合わせたように見受けられます」
「……そうか」
私は、それ以上は追及しなかった。
リディア嬢が二人と何を話したのかは気になる。 だが、今はそれよりも重要なことがある。
大聖堂で起きた神託。
そして、それを巡って始まった教会の審査。
もし、あれが本当に王妃と教会によって仕組まれたものだとすれば。
私は少し考えてから、報告書を閉じた。
「……分かった」
私は諜報員を見据える。
「この件については、こちらから次の指示を出す。今は余計なことをせず、これまでどおり動いてくれ」
「承知しました」
諜報員が一礼し、部屋を出ていく。
扉が閉じる。
私は一人、机の上に残された報告書を見つめていた。
小国の国王視点
大国の王妃が帰国してから数日後、国王のもとへ一つの報せが届いた。
大国の王妃が、神託を受けた。
次代の王にふさわしき者として、第三王子の名が示されたのだという。
国王は報告書を読み終えると、しばらく何も言わなかった。
「……大国の王妃が、か」
嫌な予感しかしない。
第三王子を王位につける。
そんな神託を、大国の王妃が受けた。
偶然と考えるには、あまりにも出来すぎている。
大国が第三王子を担ぎ上げ、その影響力を利用するつもりなのか。あるいは、王家そのものへ介入しようとしているのか。
考えれば考えるほど、不穏なものしか浮かばない。
だが、厄介なのは大国だけではなかった。
ここ最近、国内でも第三王子を王に望む声が少しずつ増えている。
「レオンハルト殿下が王なら、冷害への対策も進むだろう」
「領地をあれほど立て直されたお方だ」
「しかも、ご自身は王位を望んでおられないという。だからこそ、あのお方こそ王にふさわしいのではないか」
そんな声が、街でも貴族の館でも聞かれるようになっていた。
本人が権力を欲しがらない。王位を望まず、領地で静かに暮らすことを願っている。
それがかえって、人々の心を掴んでいるのだろう。
国王は深く息を吐いた。
……本人は、王になどなりたくないというのに。
以前、あの息子ははっきりと言っていた。
領主として生きたい、と。
だからこそ、国王も安心していた。
だが、周囲がそれを許さない。
しかも、これまで第三王子が積み上げてきた実績を思えば、その声を単なる戯言として退けることもできなかった。
……あれほど有能な男を、王位から遠ざけておくことが、本当に国のためなのか。
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
「……いかん」
国王は首を振った。
本人が望まぬものを、父親である自分が押しつけてどうする。
そう思いながらも、別の考えが胸の奥に残ってしまう。
第三王子が王になれば、この国は変わるかもしれない。
それは、父としてではなく、国王としての判断だった。
「……私は、何を考えているのだ」
国王は椅子へ深く身を沈めた。
まだ、教会から正式な報せは届いていない。
神託が真に神の御心であると、教会が認めたわけでもない。
だから、まだ何も決まってはいない。
それでも国王には、予感があった。
この神託を巡る動きは、やがて教会だけでは収まらなくなる。
その時、自分は父として息子を守るのか。
それとも、国王として国の未来を選ぶのか。
国王は、答えの出ない問いを抱えたまま、深く息を吐いた。




