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王妃来訪の日。
街道の彼方に、幾筋もの旗が揺れていた。
やがて先頭を行く王室直属の騎士たちが姿を現す。
磨き上げられた鎧が輝き、その後ろには王妃の紋章を掲げた馬車がゆっくりと進んでいた。
さらにその後方には、終わりの見えない行列が続く。
護衛の騎士と重装歩兵。
侍女や侍従たちを乗せた馬車。
司祭、医師、楽師、料理人、衣装係、職人たち。
食糧や寝具、礼拝用品を満載した荷馬車が何十台も連なり、その列は街道を埋め尽くしていた。
総勢、およそ四百名。
まさに「動く宮廷」と呼ぶにふさわしい威容だった。
人々は道の脇へ整列し、その壮大な行列を息を呑んで見つめる。
「これが……大国の王妃様」
誰かが思わず呟いた。
領地の境界では、第三王子とエリシア王女が騎士団、司教たちを従えて待っていた。
王妃の馬車が静かに止まる。
侍従が扉を開き、王妃がゆっくりと姿を現した。
エリシア王女は一歩進み、深く頭を下げる。
「お母様。遠路よりお越しいただき、誠にありがとうございます」
王妃は娘の両手を優しく包み、穏やかに微笑んだ。
「元気そうで安心しました、エリシア」
続いて第三王子が一礼する。
「王妃陛下。本日はようこそお越しくださいました。心より歓迎申し上げます」
「レオンハルト殿。しばらくお世話になります」
互いに儀礼どおりの挨拶を交わすと、行列はそのまま領地へ入った。
向かう先は城ではない。
町の中央に建設が進む大聖堂だった。
鐘が鳴り響き、司祭たちの聖歌が石畳の広場へ流れる。
王妃は祭壇の前へ進み、静かに膝をついた。
旅の無事への感謝、冷害に苦しむ人々への救い、そして両国の平穏。
長い祈りが終わると、王妃は祭壇へ寄進を捧げ、司教から祝福を受ける。
ようやく一行は城へ向かった。
大広間では重臣たちが整列し、正式な歓迎の儀が執り行われる。
祝いの言葉が述べられ、贈り物が披露される中、一人の男が静かに前へ進み出た。
王命監察官だった。
王妃の斜め後ろに立つその姿は華美ではないが、胸元には国王の紋章が刻まれた徽章が光っている。
男は第三王子を真っ直ぐ見据え、感情を表に出さない声で告げた。
「私は国王陛下の命により派遣された王命監察官です。滞在中、この領地の行政、財政、治安について拝見させていただきます」
穏やかな言葉とは裏腹に、その眼差しは鋭かった。
冷害の最中でありながら建設が続く大聖堂、豊かな温泉保養地、整備された街、そのすべてを見逃すまいとする視線だった。
第三王子は落ち着いた表情のまま一礼する。
「どうぞ、ご随意にご覧ください。我が領に隠すべきものはございません」
王命監察官はわずかに頷いた。
そうして挨拶は終わった。
大国の王妃が領地へ到着したその日は、休む間もない一日だった。
儀礼の合間には、各地の有力者が次々と挨拶に訪れ、王妃は一人ひとりに穏やかな笑みを向けて応えていく。
長旅の疲れが残っているはずだったが、王妃は背筋を崩さず、声にも表情にも疲労をにじませることはなかった。
一国の王妃として、最後まで気品を失わない。それは長年宮廷で培われた矜持だった。
ようやくすべての儀礼が終わり、晩餐までわずかな時間ができる。
離宮の控えの間では侍女たちも少し離れ、ようやく母娘だけのひとときが訪れた。
王妃はエリシアへ歩み寄ると、その頬へそっと手を添える。
「エリシア」
その一言には、公の場では決して見せなかった母親の優しさが滲んでいた。
「元気そうで安心しました」
エリシアは嬉しそうに微笑み、小さく頷く。
「はい、お母様。毎日穏やかに過ごしております」
王妃は娘の顔をしばらく見つめ、安堵したように微笑んだ。
「そう……。その顔を見られただけでも、この旅をした甲斐がありました」
ほんの数分の会話だった。
互いに話したいことは山ほどある。
けれど、それはまたの機会。
今夜はまだ王妃としての務めが残されている。
やがて侍女が静かに一礼した。
「王妃陛下。晩餐のお時間にございます」
王妃は母親の表情をそっと胸の内へしまい込み、再び気高い王妃の微笑みを浮かべた。
「参りましょう」
エリシアは王妃の隣へ歩み寄る。
侍女たちは思わず目を奪われた。並び立つ二人の姿はよく似ており、その穏やかな微笑みと凛とした佇まいには、親子としての温かさと、王妃・王女としての風格が自然とにじんでいた。 そうして二人は並んで、歓迎の晩餐が開かれる広間へ向かった。




