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大国の使者は、教会の裁定を携えて帰国した。
司教たちの会議。その結論は正式な書状へと認められ、教会の封蝋が施された上で使者へ託される。
使者は護衛騎士とともに街道を進み、いくつもの関所を越え、大国の王都へ帰還した。
玉座の間へ通された使者は、片膝をつき、恭しく書状を差し出す。
「陛下。教会の裁定にございます」
国王は封蝋を確かめ、自ら書状を開いた。
静かに最後まで目を通すと、小さく頷く。
「……よい。下がれ」
「はっ」
使者が一礼して退出すると、広い玉座の間には国王だけが残された。
国王は玉座の肘掛けへ指を軽く打ちつけながら、静かに思案する。
「……あとは、どう事件を起こすか」
その時だった。
侍従が扉を開き、頭を垂れる。
「王妃陛下がお目通りを願っております」
「通せ」
やがて王妃がゆったりとした足取りで玉座の間へ入る。
「あなた」
「どうしたのだ?」
王妃は優雅に一礼してから口を開いた。
「エリシアが婚姻を恙無く終えたと報せを受けました。しかし私は、まだ正式な挨拶すら十分にしておりません。この機会に、あの子を訪ねようと思います」
国王はわずかに眉をひそめる。
「そなたが動くとなると、かなり大規模になるが?」
王妃ほどの身分ともなれば、近衛騎士、侍女、司祭、侍医、荷馬車、補給隊まで伴う大行列となる。道中の宿駅には事前の触れが出され、通過する領主たちは宿舎や警備を整えねばならない。
それは一国の王妃が移動するにふさわしい、一大行事だった。
王妃は穏やかに微笑む。
「その点は問題ございません。私はエリシアの言葉を受け、早くから冷害への備えを命じました。私の直轄領では被害も少なく、十分な蓄えがあります」
王妃は国王とは別に広大な所領を有し、そこから得られる税収によって独自の家政を営んでいる。食糧や馬車の手配も、自らの財で賄うことができた。
「むしろ、穀物や塩漬け肉を積んで参りましょう。嫁いだ娘への祝いにもなります」
そして、少し表情を和らげる。
「それに、建設中の大聖堂への巡礼も兼ねるつもりです。冷害の続く今、神へ豊穣を祈ることは王家の務めでもあります」
冷害に苦しむ民の前で王妃自ら巡礼を行うことは、信仰を重んじる姿勢を示すだけでなく、王家が民とともに神へ祈りを捧げるという政治的な意味も持っていた。
「巡礼の後は、温泉で療養する予定です。長旅の疲れも癒やせますし、医師たちも湯治を勧めております」
温泉は貴族や聖職者にも知られた療養地であり、関節痛や疲労の回復に効くと広く信じられていた。巡礼と湯治を組み合わせる旅は、不自然なものではない。
国王はしばらく何も言わなかった。
王妃の言葉には、どこにも不自然な点がない。
娘への訪問、大聖堂への巡礼、冷害に際しての祈願、そして療養。
いずれも王妃が小国を巡るに足る、十分すぎる名目だった。
国王は静かに王妃を見つめたまま、沈黙した。
やがて、国王は静かに口を開いた。
「私も、あちらの様子は気になる。そなたの一行には、王命監察官を同行させよう。異存はないな」
王命監察官は、王の名において諸侯や役人の実情を視察し、報告する特命官である。王妃の一行に加われば、表向きは道中の警備や各地の行政監察を目的としながらも、第三王子の領地や国情を直接見聞きすることができる。
王妃は穏やかに頷いた。
「もちろんですわ。王の目となる者がおられる方が、かえって余計な憶測も招かずに済みますもの」
そして、ふと思い出したように尋ねる。
「ところで、教会からは何と?」
国王はわずかな間を置いて答えた。
「……協力してくれるそうだ」
その一言を聞いた王妃の表情が明るくなる。
「それは何よりでございます」
安堵の息をつくと、どこか母親らしい柔らかな笑みを浮かべた。
「いかにあの子の夫が優れた人物であろうとも、第三王子であり、一領主にすぎない立場では、エリシアも何かと苦労が絶えません。教会がお力添えくださるのであれば、あの子にとっても心強いことでしょう」
国王はゆっくりと首を横に振る。
「……だが、第三王子を押し立てるとなれば、そう容易い話ではない」
正統な王位継承には、王家の事情だけでなく、有力諸侯の思惑、騎士たちの忠誠、そして教会の権威までもが複雑に絡み合う。一歩誤れば、国を二分する争いにもなりかねない。
王妃はそんな夫を見つめ、くすりと微笑んだ。
「まあ。あなたがそこまで慎重なお顔をなさるなんて、珍しいこと」
「慎重にもなる。相手は一国の王家だ」
「だからこそ、急ぐ必要はありませんわ。時が熟せば、人は自ら最も相応しい者を選ぶものです」
国王はその言葉に小さく頷き、卓上に広げられた地図へ視線を落とした。
その夜、二人は燭台の火が短くなるまで、国々の情勢、教会の動向、そしてエリシアの将来について静かに語り合い続けた。




